久元 喜造ブログ

2016年2月5日
から 久元喜造

杉原千畝「命のビザ」と神戸

先日、現在上映中の映画『杉原千畝』を観ました。
リトアニア領事代理の杉原千畝氏が、ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ難民に対して、日本政府の指示に反し日本通過ビザを発給し続け、約6,000人もの命を救ったことが描かれています。
ユダヤ難民は、この「命のビザ」を携え、欧州からシベリア鉄道でウラジオストクに向い、福井県の敦賀にたどり着いたのでした。
映画には出てきませんが、このときのユダヤ難民と神戸との関わりについて、昨年、朝日新聞が報じていました。

「ユダヤ難民の多くは敦賀から神戸をめざした。・・・北野地区に拠点を構えていた神戸猶太(ユダヤ)協会が宿舎や滞在費を提供。戦前からユダヤ人コミュニティーがあった神戸で市民も協力した」(平成27年9月25日)
「福井・敦賀にたどり着いたユダヤ難民のうち、米国などへ渡航前に約4,600人が神戸に滞在し、今の神戸市長田区にあった教会の牧師らがリンゴを配るなどの支援をしたとされる」(同11月21日)

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上の写真は、当時リンゴを配られた牧師さんのお孫さんの斉藤真人さんから提供いただいたものです。
神戸新聞(2月1日夕刊)にも報じられていました。

当時の記録はほとんど残されておらず、神戸市が発行している「神戸市史」にも記載がありません。
私は、神戸が当時ユダヤ難民とどのように関わり、どう支援をしたのかを調べ、記録として残すべきではないかと考え、情報の提供を呼び掛けています(神戸市ホームページ)。
どのような資料・情報でも結構ですので、お知らせいただきますようお願いいたします。
すでに何件かの情報提供をいただいています。
ご協力に感謝申し上げます。


2016年2月2日
から 久元喜造

「まちなか防災空地」

少し前のことになりますが、1月13日の神戸新聞夕刊に、神戸市が取り組んでいる「まちなか防災空地」が取り上げられていました。
「まちなか防災空地」は、従来からある空地を活用したり、古い建物を取り壊して整備する空地です。
ふだんは、花壇や住民の憩いの場として利用されますが、災害時には、火災の延焼を防いだり、一時避難場所や避難経路として使われます。

「まちづくり協議会」など地域の団体、土地所有者、神戸市の三者で協定を締結し、土地所有者は無償で神戸市に土地を貸与する一方、固定資産税は非課税になります。
日頃の管理は、地域団体が行います。

この事業は、平成24年度に始まり、これまで27か所が整備されてきました。
私も、何カ所か見に行きましたが、地元のみなさんの手によって大切に管理されていました。

神戸市内には、古い木造家屋が密集している地域があり、また、老朽空家が増えています。
「まちなか防災空地」は、災害対策の面からも、また、市街地における居住環境を向上させる上からも、有効な事業です。
これからも住民のみなさんの協力を得て、増やしていきたいと思います。


2016年1月31日
から 久元喜造

苦楽堂刊『次の本へ』

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だいぶ前に、神戸の海岸通りにある 書肆スウィートヒアアフター (2015年4月14日のブログ)に行ったときに買った本です。
残念ながら、店主によれば、あの場所での営業は終了されたようです。
ネット販売とイベント販売は続けられるようですので、今後に期待したいと思います。

さて本書の 出版社は、苦楽堂
神戸を本拠にする出版社が頑張っていただいていて、良書を出しておられることはありがたいことです。
本書は、長い積読の後、ようやく紐解いてみたのですが、とても面白く、すぐに読破しました。

この本の使い方について、冒頭こう指南されます。
「「1冊は読んだ。でも、次にどんな本を読むといいのか、わからない」・・・この本は、そんな皆さんのためにつくりました」

余計なお世話という気もしないではありませんが、ある本からどのように別の本を探り当てる、あるいは、おのずから関連性がある本を紹介するという試みは、面白いものでした。
高村薫、鎌田慧、山田太一、加護野忠夫、柏木博の各氏をはじめとする84人の筆者の想像力や認識関心が伺え、共感するシーンも、そうでないシーンもありましたが、興味がそそられる本のタイトルを拾い読みするのではなく、知らない本が紹介されているタイトルも含め、まずは通読することにしました。

2冊目以前に、1冊目をまず読んでみたいという本たちにも巡り合えることができた、幸福な時間でした。


2016年1月27日
から 久元喜造

水素プロジェクト、神戸で始動

一昨年の3月6日、市長に就任して間もない私は、総理大臣官邸で開催された経協インフラ会議に招かれ、都市インフラ輸出に関する神戸の取り組みについてプレゼンしました。
麻生副総理、菅官房長官ほか関係閣僚が出席されました。
提案したプロジェクトの一つが「水素エネルギーを活用したスマートコミュニティ構想」で、この時点では、「将来的にはオーストラリアの褐炭由来のCO2フリー水素を利用した事業を展開」するとだけ説明しました。

この構想が現実のものになろうとしています。
昨日、川崎重工業、岩谷産業などによる水素の輸入基地が神戸で整備されることが決定し、私からも記者発表しました。
場所は、神戸空港のある空港島北東部の市有地です。
オーストラリアの褐炭から製造された液体水素を高性能の運搬船で搬入し、貯蔵、出荷する国内初の実証プラントが建設されます。
2020年度をめどに本格稼働し、工場や水素ステーションなどに供給することを目指します。

この決定は、1月25日の日経新聞の一面で報じられましたが、国内の有力都市がしのぎを削り、各方面から注目されてきました。
地球環境に貢献する国策として推進されている水素エネルギーの利活用について、環境貢献都市・神戸が先導役を果たせることは、たいへん名誉なことと感じています。

神戸市は、タンカーが振動を抑えて接岸できるよう岸壁の整備を行い、このプロジェクトを全面支援します。
この夢のあるプロジェクトは、長期的な神戸の産業政策に新しい地平を開くという意味でも大きな意味があります。
しっかりと進めていきます。


2016年1月26日
から 久元喜造

こんな仕事の仕方はやめたい。


予算の説明などを聴いていますと、市役所改革もまだ道半ばですが、市役所のみなさんには改革に向けて努力していただいており、仕事の仕方も少しずつ変化しているような手ごたえを感じています。
もともと、私が変えたいと思ってきた仕事の仕方とは、おおむね以下のようなものでした。

まず、空疎で抽象的な計画、ビジョンなどの作成に精力を傾ける「作文行政」(2014年9月4日のブログ)。
ふだんから、ことあるごとに指摘してきましたので、このような計画の類はかなり減ってきていますが、無意味な文書の削減をさらに進める必要があります。

次に、もっともらしいことを述べ立てているが、結局何をやるかといえば、「啓発」用印刷物を配るだけの「パンフレット行政」。
ある政策目的を本気で達成しようとするのであれば、単なる啓発では不十分です。
また広報をする場合にも、ターゲットを明確にし、最も費用対効果に優れる広報手段を練り上げる必要があります。
漫然と印刷物を作成して、ラックに置いたり、配布したりするやり方が横行しており、改善が必要です。

最後に、地域全体において、あるいは、一定の属性を有する集団において、幅広い、あるいは普遍的な行政ニーズが存在しているのに、ごく限られた場所で、またごくわずかな人数分だけの事業を行ってお茶を濁そうとする「アリバイ行政」。
自分の限られた経験から言えば、「モデル事業」が広がっていった験しはありません。
確かに、すべての市民、企業からのニーズに対応できない場合が多いのですが、そこがプロとしての手腕が問われるところです。


2016年1月23日
から 久元喜造

『アズミ・ハルコは行方不明』映画化へ

昨年暮れ、三宮のジュンク堂に本を漁りに行ったとき、山内マリコさんの小説『アズミ・ハルコは行方不明』 (2015年11月16日のブログ) が映画化されるという帯を見つけました。
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公開時期は未定のようですが、楽しみです。
(もっとも、残念ながら映画を見ることができる可能性は少ないのですが・・・・)

行方不明になった主人公のOLは、蒼井優さんが演じるようです。
蒼井優さんについては、山田洋二監督の映画『東京家族』での演技が印象に残っています。
微妙に揺れ動く女性心理を巧みに演じてくれることでしょう。

もちろん、男ばかりを狙って襲う女子高生ギャング団が現れ、忽然と消えてしまう地方都市が、どのように描かれるのかも楽しみです。

山内マリコさんの小説からは、いつも豊かな時間と元気をもらっているので、小説の世界を忠実に表現してくれるような映画に仕上がってほしいと願っています。


2016年1月20日
から 久元喜造

長田シューズ 復活の足音

1月12日の朝日新聞夕刊に、「神戸・長田シューズ、復活の足音 阪神大震災乗り越え」という見出しで、長田シューズの最近の状況が取り上げられていました。

もともと長田は、ケミカルシューズの一大生産拠点でしたが、震災で壊滅的な被害を受けました。
記事では、独自のブランドの立ち上げや後継者の育成により、活気が戻ってきていることが取り上げられていました。
最近相次ぐ神戸港復活の報道とともに、とても元気が出る記事でした。

長田シューズの生産量は、今でも震災前の半分以下にとどまっており、もちろんまだまだ課題は多いのですが、このように活気が出てきていることはとてもありがたいことです。
記事では、「職人技生かし独自色・高級化」という見出しも出ていました。
このような動きが出てきたひとつの契機は、平成26年3月に、「神戸シューズ」として地域団体商標登録が行われたことだったと思います。

最近では、業界団体と大丸松坂屋百貨店、くつのまちながた神戸㈱とのコラボによる「神戸シューズ」の販売が進められています。
また、昨年秋には、銀座ファッションウィークの一環として、プランタン銀座で「神戸シューズ」の販売催事も開催されました。
ワールド記念ホールで開催されている国内最大規模のファッションショー「神戸コレクション」へは、平成26年、平成27年と連続して出展されています。

神戸市としても、「神戸シューズ」を全力で応援していきます。


2016年1月17日
から 久元喜造

震災21年の「1.17のつどい」

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今朝、東遊園地で開催された「阪神・淡路大震災1,17のつどい」に参加しました。

5時46分、黙祷。
竹灯籠の前には、今年もたくさんのみなさんが集っておられます。
歳月が流れても、癒えることのない悲しみが、今年も会場を覆います。
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「慰霊と復興のモニュメント」前のステージで、式典が開始されました。
ご遺族を代表し、震災でお母さまを亡くされた山本広美さんが追悼の言葉を述べられた後、私からも追悼の誠を捧げました。
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21年が経過し、当時、想像を絶する事態と格闘された方々が一線を退き、世代が交代していくことも時代の流れです。
あのときの記憶、教訓と想いを、震災を経験しなかった世代がどのようにして受け継いでいくのか、覚悟が問われます。

市役所の2階市民ギャラリーで、Twitterでメッセージを入力した後、幹部職員に挨拶を申し上げました。
これから、人と未来防災センターで開催される兵庫県主催「1.17のつどい」に参列します。


2016年1月13日
から 久元喜造

教員の多忙化は何とかしなければ。

昨日の総合教育会議で、教育委員の先生方と教育大綱について議論をしましたが、私がこだわった項目の一つのが、教員の多忙化対策でした。

教員の多忙化の原因は、多岐にわたり、相互に関連し、複合的です。
その原因をたどることが必要で、現場の先生方からアンケートをとったり、現状を匿名で報告できるようなホットラインを設けることが考えられてもよいでしょう。

その上での話ですが、教育委員会だけでなく、市長部局からも、膨大な資料の配布を学校現場にお願いしているという実態があるようで、これらの資料配布を最小限にすることが必要です。
また、神戸市教育委員会から調査、照会、協力依頼等のために出されるメールの量も膨大な数に上っているようで、このような実態も改める必要があります。
神戸市教育委員会から学校への連絡事務窓口は、事務局の中で一元化すべきではないでしょうか。
また、兵庫県教育委員会に対しても、同様の措置をとるよう要請する必要があります。

こう書きますと、必ず、
「そんな枝葉末節のことより、先生の数を増やすことが先決だ」
といった批判がすぐに予想されますが、できることからとりかかることが重要だと思います。

総合教育会議では、教頭の補助体制の強化、そして給与を含む処遇の改善についても議論しました。
文案についていろいろなご意見をいただきましたので、修正案をお示しし、できるだけ早く教育大綱を策定して、速やかに実施していきたいと考えています。


2016年1月9日
から 久元喜造

岡義武『独逸デモクラシーの悲劇』

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世界史的に見て最も民主的な憲法を持ったワイマール共和国がなぜ短期間に終焉し、しかも、ナチスドイツという忌まわしい政体にとって代わられたのか。
この重いテーマについて、20世紀を代表する政治史学者、岡義武(1902 – 1990)が、戦後間もない1949年に著した論文です。
戦後民主主義の熱気、騒然とした時代の空気が影響したのか、論文は高揚した文章で閉じられます。

「ワイマール共和国の短い歴史、それは不幸の中に生れ落ち、不幸の中に生き、そして夭折した一人の薄幸なるものの生涯に似ている。・・・ここに疑もなく明白なことは、自由は与えられるものではなくて、常にそのために闘うことによってのみ、確保され又獲得されるものであるということである。そして、そのために闘うということは、聡明と勇気とを伴わずしては、何らの意味をもち得ぬということである」

三谷太一郎先生の解説が掲載されていますが、たいへん分かりやすい内容でした。
とりわけ、「議会およびそれを動かす政党が権力の主体として十分に機能せず、したがって体制の求心力がきわめて弱かった。そのことは、ドイツ帝国の「外見的立憲制」の下での帝国議会から受け継いだ政治的遺産が貧しかったことを意味する」との指摘が印象的でした。。
この点こそが、岡のこの論文、そして、本書において初めて収録された処女論文「環境に關連して観たる十九世紀末独逸の民主主義運動」(1928年刊)の核心であるように思われました。(文中一部敬称略)