久元 喜造ブログ

2023年1月28日
から 久元喜造

川本三郎『荷風の昭和』


だいぶ前に知り合いからもらった雑誌のコピー『荷風の昭和』を、夜遅くときどき読んでいます。
今回のテーマは「市川左團次との親交」。
親しい友人をつくろうとしなかった永井荷風にとり、数少ない友人が歌舞伎俳優の二世市川左團次でした。
荷風の日記『断腸亭日乗』(2013年12月9日のブログ)には、大正の中頃から左團次の俳号「松莚」の名が頻繁に登場します。
市川左團次は、演劇の改革を志向し、盟友の小山内薫らとともに、自由劇場の立ち上げに奔走しました。
演劇好きの荷風は、帝国劇場での自由劇場の公演に感激し、「われは愛す自由劇場」で始まる詩を創っています。

市川左團次の行動力は、群を抜いていたようです。
1928年(昭和3年)12月、ソ連を訪れて歌舞伎の興行を打ち、大成功させたのです。
訪問団は、松竹の副社長を団長に、左團次などの歌舞伎役者、義太夫、囃子連中、衣裳など総勢約50名。
一行は当初、下関から釜山に渡り、ハルピン経由の予定でしたが、6月に関東軍による張作霖爆殺事件が起き、敦賀からウラジオストクに渡る行程に変更しています。
この難しい時代に、日本とソ連の芸術文化交流に尽力したのが、後藤新平でした。
本号では後藤が、後に宮本顕治の妻となる中條百合子のソ連遊学を助けたことが紹介されています。
後藤はソ連との国交樹立に尽力し、左團次らが訪ソした同じ年の1月、モスクワでスターリンと会談しています。
後藤新平は、翌1929年4月、旅先の京都で死去。
一方、ソ連ではスターリンが独裁体制を確立し、演劇の世界も統制が強められていきます。
左團次らが交友した劇作家のメイエルホリドなど芸術家たちの多くも粛清されていったのでした。


2023年1月15日
から 久元喜造

揖斐高『江戸漢詩の情景』


帯に、「江戸の人びとの感情や思考のあり方を広く掬い上げ、江戸文学の奥深い魅力へと迫る詩話集」とあります。
文学に造詣の深い方には、文学の観点からの発見や気づきがたくさんあることと想像します。
そうでない私にとり、江戸時代を生きたさまざまな身分、職業の人々の日常、経済事情、娯楽などの情景が、それぞれのシーンに込められた想いとともに蘇って来るようで、たいへん興味深かったです。
本書には、たくさんの人物が登場します。
儒者、漢学書生、歌人、幕府の役人、僧侶、遊女、医師など。

「虫めづる殿様」の章に登場する人びとは、大名です。
「大名のなかには和漢・硬軟の学藝に興味を持つディレッタントが少なからず存在」しました。
そのような一人が、伊勢長島藩主・増山雪斎でした。
雪斎が虫を相手にする日は、交友関係を謝絶して独り静かに部屋に籠り、側仕えの子供に庭の蝶や蜂を捕えさせ、それらを写生させたと言います。
雪斎は、写生し終わると、虫の死骸を小箱に収蔵させました。
雪斎の事績を読んだ石碑「蟲塚」は、上野の勧善寺に建てられ、その後寛永寺境内に移されて、今もひっそりと佇んでいるそうです。

漢詩に親しんだのは、主として漢学者などの知識階級でしたが、彼らは庶民と交わり、自由な交友を楽しんだようです。。
江戸の遊里・吉原を素材に七言絶句30首の連作詩集が編まれました。
この「北里歌」を編んだのは、玄味居士という匿名作家ですが、この人物は、幕府の教学を司る林家門下の儒者・市河寛齋であったと言います。
ほかにも林家門下の儒者が「北里歌」に関わったことが分かっています。
江戸の漢詩の世界は、誠に多彩で豊かなものであったことが窺えます。

 


2023年1月3日
から 久元喜造

片山杜秀『音盤考現学』


近年論壇に頻繁に登場する著者は、慶應義塾大学に学び、現在、慶應義塾大学法学部教授。
専攻は政治思想史のようですが、学生時代は三田レコード鑑賞会に所属し、ピアノ調律師で音楽プロデューサーの原田力男が主宰していた「零の会」の同人でもあったようです。
私も家内に誘われて、一度だけ「零の会」に出席したことがありました。
著者のことは音楽評論家と紹介されることも多いようですが、氏の評論は音楽評論のジャンルを遥かに超越しており、本書でも、内外の作曲家と作品、演奏、録音などが縦横無尽に語られます。

たいへん面白かったです。
結構聴きこんできた作品、聴いたことがある程度の作品、そしてまだ知らない作品が次々に登場し、興味が尽きませんでした。
ブーレーズのピアノ・ソナタ第2番はよく聴きますが、「暴力的に驀進する奔流のごとき音楽をめざしていた」と言われると、ストンと落ちます。
戦後我が国を代表する作曲家に捧げられたタイトルは、『武満徹の嘘』。
武満は、言葉で「嘘」をつき、「自分の音楽への相手のイメージをはぐらかし、さまざまなレヴェルで相反する無数の自画像を作り出した」と。
「よって武満を論じる者は、しばしば彼の正体をつかみあぐね、「嘘」の谷間をさまよってきた」のだと。
演奏家も「嘘」に絡めとられ、あるいはそこから外へ飛び出していこうとしたのだと。

本書の特徴は、戦前戦後に活躍した日本の作曲家、演奏家を取り巻く時代背景が、独自の視点を交えながら取り上げられていることです。
山田 耕筰、團伊玖磨、芥川也寸志、黛敏郎、山田一雄、柴田南雄、伊福部昭などの音楽家の生きた時代が、鮮やかに浮かび上がってきました。(文中敬称略)


2022年12月29日
から 久元喜造

田村秀『自治体と大学』


大学は、国策や民間の篤志家などによって設立されたきたという経緯がある一方、地方、すなわち自治体が精力的に国立大学や私立大学を誘致し、自らも積極的に公立大学を設立してきたという側面があります。
本書では、まず、我が国に大学が誕生して以来、地方、とくに自治体が大学とどのように関わり、施策を展開してきたのかについて、時代を区切って説明されます。
そして、自治体と大学がどのような関係を築くことが求められるのかについて、具体的な事例に即して語られます。
本書からは多くの示唆を得ることができましたが、特に印象に残った点を二点挙げておきたいと思います。

一つは、大学生を持つ家庭の年間収入が、時代の変遷の中で大きく変わってきたということです。
1960年代は、私立>公立>国立だったのが、1980年代以降は、私立>公立≒国立となり、21世紀に入ると、国立は公立を引き離し、私立における年間収入に近づいていきました。
今では、国立≒私立>公立という状況になっていると言います。
著者は「地域社会を支えるセーフティネットの役割の一端を、公立大学が一定程度果たしていると評価できるだろう」と指摘されています。

二点目は、地方がいかに大学を待望してきたかということです。
地方圏の自治体が心血を注ぎ、大学を誘致しようとしてきたのかが、具体的な事例に沿って明らかにされます。
域外に転出しようとする私立大学を公立大学化したり、100億を超える公的資金を投じて大学を誘致しようとした事例などが紹介されます。

大学の存在は、地域を豊かにします。
他地域における成功・失敗事例に学びながら、神戸市としての大学関連施策を進めていきたいと思います。


2022年12月24日
から 久元喜造

クリスマスイブに。

クリスマスイブ。
夜更け、Youtube でクリスマスソングを聴いていました。

O HOLY NIGT
ANGELS WE HAVE HEARD ON HIGH
SILENT NIGHT
O COME, ALL YE FAITHFUL
FAIREST LORD JESUS
IT CAME UPON A MIDNIGHT CLEAR
IN THE BLEAK MIDWINTER

それぞれの曲が心に染み入ります。
クリスマスイブ。
子供の頃、両親が元町の不二家や、父が好きだった高架下の鮨屋に連れて行ってくれたことなどを思い起こします。

きょうは、自宅でメールのチェックや返信、ほかの作業に追われ、繁華街に行くことはできませんでしたが、三宮などはきっと賑わっていたことでしょう。
”街にジングルベル 遠くにひびくよ”
加藤登紀子さんの「燃えろジングルベル」の一節を口ずさんだりしていました。

街の賑わいの一方で、ひっそりとクリスマスイブを迎えた方も多くいらっしゃると思います。
独り暮らしの世帯が増えてきました。
ひとり親世帯の中には、クリスマスケーキを口にすることができない子供たちがいるだろうと思います。
この一年、コロナと物価高にどう対応したらよいか、対応を重ねてきました。
所得格差が厳然とある中で、限られた財源のことを考えれば、一律に何千円かを配るような方策が良いとは到底思えません。
神戸には、厳しい状況に置かれている方々を支援するNPO,地域団体、ボランティアのみなさんがたくさんおられます。
これらの方々と連携しながら、必要な支援を必要な方々に届ける施策を行ってきました。
厳しい状況の中で、これからも模索が続きます。


2022年12月5日
から 久元喜造

永濱利廣『日本病』


著者は「日本病」を、「低所得・低物価・低金利・低成長」と定義します。
「日本病」は、今や海外の国々から日本化(Japanification)と呼ばれ、世界の経済学の研究テーマになっているそうです。
その本質は「デフレスパイラル」。
デフレとは、IMF(国際通貨基金)の定義によれば、2年以上にわたって物価が下がり続ける状況ですが、そうなると、人々は必要なぎりぎりまでお金を使わなくなります。
モノやサービスが売れないので、企業は値下げによって対応し、そうなると企業や店舗は売り上げが減り、働く人の給料は下がる。
家計はお金を使わなくなり、モノやサービスはさらに売れなくなる、という悪の循環=デフレスパイラルに陥ります。
そして、日本の「低所得」「低物価」「低金利」「低成長」の状況と背景が分かりやすく語られます。

このようなデフレスパイラルが長く続いている中で、いま世界中で猛威を振るっているのが「スクリューフレーション」です。
「締め付け」(Screwing)と「物価上昇」(Inflation)を合わせた造語で、生活必需品の価格上昇により、中低所得層を締め付けるインフレです。
このような説明は、既知の事実が数字を用いて具体的に語られているという印象です。

どうすれば良いのか。
著者が主張するのは、積極的な財政出動です。
少なくともインフレ率が安定的に2%を上回る程度には、政府債務残高を積極的に増やして効果的な財政政策を実行する必要があると。
「将来世代にツケを残すな」というフレーズは無意味。
それは、「将来世代に民間資産を残している」ことにもなるのだから。
巷に溢れている「処方箋」に到達しただけの読後感でした。


2022年11月13日
から 久元喜造

繁閑の差をなくさないといけない。


霞ヶ関の若手や中堅が次々に辞めていく現状を憂える声が高まっています。
日経新聞は、シリーズでこの問題を取り上げました。
離職の理由は、忙しすぎるということですが、問題は部署によって繁閑に大きな差があり、十分な対応がとられていないことです。
法律改正などを担当する部署は猛烈な忙しさですが、そうでない部署もたくさんあるのです。

自分の経験に照らせば、まさにそのとおりした。
東日本大震災のときは、不眠不休で対応に当たる部署がある一方、そうでない部署がたくさんあったのです。
政府全体の仕事の大半が震災への対応になったのは当然ですが、震災に関係のない部署には上からの指示や関与がなくなり、やることがなくなり、手持ち無沙汰で暇を燃す持て余している部署もありました。
全体としては、後者の方が多かったかもしれません。
私の知る限りでは、未曽有の危機であったにも関わらず、多くの府省では総動員体制はおろか、震災対応に明け暮れる部署への満足な応援体制すら取られなかったのです。
必死に頑張っているのに同じ府省内からの応援すら期待できないようでは、職員は疲弊し、やる気がなくなるのは当然です。

霞ヶ関の組織が硬直化する一方、自治体ではより柔軟な人員配置ができているように感じます。
神戸市では、必ずしも十分ではなかったところはあるかもしれませんが、コロナへの対応が始まった直後から、人事・組織を担当する行財政局の差配で、健康局への応援体制が組まれました。
ワクチン対応にも全部局の職員がローテーションで当たりました。
危機に際していかに最善のチームワークを構築できるかは、職員のみなさんの士気を確保する上でも大事な課題です。


2022年10月10日
から 久元喜造

関口高史『牟田口廉也とインパール作戦』


太平洋戦争中の作戦の中で最も無謀とされ、多数の戦死者、餓死者を出したインパール作戦。
テレビのドキュメンタリーでもときどき取り上げられ、その実像はどのようなものであったのか、以前から関心を持っていたので、「インパール作戦の”常識”を覆す」という帯に引かれ、購入しました。
読み始め、すぐに違和感を覚えました。
「序章 陸軍のメカニズム」で展開されるのは一般的な軍隊組織や戦争論ばかりで、インパール作戦を理解する上で前提となる日本陸軍の組織や指揮命令系統などに関する具体的な説明はほとんどなかったからです。
そして続く章が「牟田口廉也の実人物像」。
生い立ちから亡くなるまでの生涯が軍歴を中心に語られ、「指揮官として数多の重要な作戦で日本軍の勝利に貢献した」「参謀としても若い頃から実践的な活動の場を与えられ、高い評価を受けてきた」と小括されます。

本書の中心を為すのは、もちろんインパール作戦です。
1942年(昭和17年)5月に作戦が着想され、紆余曲折を経て命令として伝達され、実施されるまでの複雑で長い経緯が、東條首相、大本営参謀、南方軍、ビルマ方面軍の間の折衝の模様も含め、語られていきます。
作戦が開始されてからの説明には多くの頁が割かれますが、挿入されている地図と本文との対応関係もわかりにくく、作戦の展開を追うのにてこずりました。
作戦に関係した将校の言動も数多く取り上げられますが、著者の批判が随所に盛り込まれ、客観性に疑問を抱かせる引用のように感じました。

残念ながら、史実に基づき牟田口を擁護したいという著者の意図は、構成や叙述のまずさもあり、説得力を持って伝わっては来ませんでした。


2022年10月1日
から 久元喜造

饗庭 伸『平成都市計画史』


冒頭、著者は、成熟期を迎えた1968年(昭和43年)の都市計画法には「二つの方向への拡大に対する呪い」が仕込まれたと指摘します。
一つは、横方向への呪い―「線引き」と呼ばれる都市と農村の境界線です。
もう一つは、「容積率」で、縦方向への拡大の防御です。
そして「呪い」を解く方法として「広さ」と「設計」が用意され、大きな土地をまとめて、きちんとした開発計画を提出すれば、線引きや容積率という呪いは解くことができるようにしたと。

著者は、この「呪い」の解き方という視点を用いて、ポストバブルの平成期において、4つの仕掛けで、「都市計画の民主化」が進められたと指摘します。
規制緩和、地方分権、特区、コミュニティで、平成期にそれぞれがどのように進化していったかが詳しく説明されます

通読して正直、理解できたかどうかは微妙です。
その一つの理由が、著者が繰り返し使っている「法」と「制度」の意味です。
著者は、ドゥルーズにならい、法を「行為の制限」、制度を「行為の肯定的な規範」と定義します。
都市計画において「法」を「私権を制限するもの」と位置付けるのはわかるのですが、「制度」を「住民や地域社会、市場が内発的につくりだす規範、ローカルルールのようなもの」と説明されると、それが何なのかは私の理解を超えました。

最後に著者は、「人口の減少とあわせて制度がゆっくりと減り、少ない法だけが残っていくという変化、つまり民主主義から「原野」への変化」に言及します。
原野は「都市計画が不要になる世界」です。
象限を使った説明がなされ、「「よりよい原野」のありようが規定されていくのだろう」と結ばれますが、これも理解不能でした。


2022年9月19日
から 久元喜造

伊藤亜聖『デジタル化する新興国』


新興国で急速に進むデジタル化。
「この地殻変動から目をそらすな!」という本書の警告は的を射ており、我が国におけるデジタル化の遅れを改めて痛感する、ほろ苦い読後感が残りました。

本書では、OECDに加盟する38か国以外の国をすべて「新興国」として考察の対象とします。
最初に紹介されるのは、インドの「コネクティド・3輪バイク」、中国の遠隔医療、南アフリカの女性エンジニアです。
2010年代以降「デジタル化の時代」が本格的に到来したという認識に立ち、本論の前半では、新興国がデジタルの力を活用して課題を解決し、新たなサービスを育てている現状と今後の可能性について言及されます。
まず急速に進んでいるのが、プラットフォーム企業の登場によるリスク管理と信用の創出です。
中国やインドのみらず、アフリカでもケニアのM-PESAを筆頭に、銀行口座を持たないが携帯電話を持つ人々が、通信会社の口座内にお金を預ける形でモバイル・マネーが広がっています。
プラットフォームが介在することで、個人レベルで海外に仕事を発注することができるようになり、とりわけ南アジアではフリーランス経済が急速に広がっています。
ベンチャー企業による「下から」の課題解決も進んでいます。
エチオピアの医療産業向けサービス企業、南アフリカで精密農業とスマート漁業を進めるベンチャー企業など社会の課題解決に積極的な役割を果たしている事例が紹介されます。

デジタル化に伴うリスクについても詳しく触れられ、著者はこの点も踏まえながら、今後我が国は、新興国のデジタル社会にアンテナを張り、関わっていくべきだと提言します。
全くそのとおりだと感じました。