久元 喜造ブログ

2024年3月27日
から 久元喜造

高校生通学定期無償化予算が議決されました。


3月25日、神戸市会で、高校生通学定期無償化の経費を盛り込んだ令和6年度神戸市当初予算案が、原案どおり賛成多数で可決されました。
市内に住む高校生が市内の高校に通学する定期代の全額を神戸市が負担し、高校生の通学費を無償化します。
実施は、今年の9月を予定しています。
令和6年度予算には、12億3千万円の経費を計上しており、平年度化される令和7年度以降は、約20億円の経費が必要となります。

神戸市がこのような巨額の予算を投じて高校生の通学費を無償化する背景は、大阪府の高校授業料無償化です。
大阪府では、令和6年度に高校3年生から無償化を開始し、令和8年度には全学年が対象となります。
この結果、高校生世帯の経済的負担は、大阪府内と兵庫県内で大きな格差が生じます。
神戸市内の高校生世帯が大阪府へ流出することを食い止めたいという思いから、今回の措置を講じることにしました。

大阪府の高校授業料無償化の影響を受けるのは、神戸市を含む阪神間、通学圏である東播、北摂など兵庫県内の幅広い地域に及びます。
これらの地域の子育て世帯が大阪府内に流出するようになると、兵庫県内の高校志願者の減少を招き、教育水準が低下し、さらなる志願者の減少、子育て世帯の流出・・・という悪循環が広範に起きる可能性があります。
このような事態を招くことがないよう、基礎自治体である神戸市としてギリギリの対応をした上で、兵庫県の対応をお願いしたいという趣旨です。
兵庫県のリーダーシップで、県、阪神間など関係する市町、私立高校などの学校関係者が意見交換を行い、兵庫県内の歴史ある高校教育環境を守っていくための議論を開始していただきたいと切望します。


2024年3月23日
から 久元喜造

佐藤卓己『池崎忠孝の明暗』


池崎忠孝(1891 – 1949)は、文芸評論家、新聞記者、軍事評論家、実業家、衆議院議員、文部省参与官など多彩な経歴を持ち、幅広い世界で活躍しました。
池崎の生涯を克明に描いた本書を通読し、日本の近代史をより立体的に見ることができたように感じました。

若き日、「赤木桁平」のペンネームで夏目漱石の弟子となり、「漱門十弟子」の一人となります。
「教養主義者の大衆政治」の副題にあるように、池崎は教養人でした。
東京帝大独法科卒業後、新聞社に入社した彼は、赤木桁平名で、第1次大戦参戦国の戦力を比較し、ドイツ戦後の工業窮乏を予見しています。
1929年、本名「池崎忠孝」による最初の単著『米国怖るるに足らず』が発売され、大ベストセラーとなりました。
軍事評論を本格展開し、日米未来戦争を描いた小説でも人気を博した池崎が次に目指したのは、政治家への転身でした。
最初の選挙は落選でしたが、1936年の総選挙で当選します。
この選挙では、新聞、出版社、映画会社出身の「メディア議員」が多数当選しました。
著者は、この時期、池崎忠孝と同じメディア議員、すなわち「言論と文章とによって一世を風靡しようとする政治家」が3分の1以上の議席を占めていたことを指摘します。
院内小会派を渡り歩いた池崎代議士の活動は多彩で、戦後に活躍する多くの政治家と人脈をつくりました。
戦時下、文教議員として大日本育英会の設立に尽力する一方、戦争末期、政府が提出した戦時緊急措置法案に反対の論陣を張りました。
終戦後、戦争を煽ったA級戦犯として巣鴨プリズンに収監され、釈放されますが、失意のうちに逝去。
亡くなる直前には、岸信介が訪れています。(敬称略)


2024年3月15日
から 久元喜造

マンション管理と地方自治制度


昨年に読んだ雑誌『世界』の8月号に、マンション管理に関する興味深い論稿がありました。
法政大学の五十嵐敬喜名誉教授『マンションは生き延びられるか?』です。

著者は、マンションの管理に関する厳しい現実に触れた上で、「マンション管理組合が機能せず、計画や資金管理計画がうまくいかず廃墟となれば、それは地域にとっても迷惑なだけでなく、ひいては自治体の莫大な負担になる」と指摘します。
解決策として提言されているのが、地方自治法に規定されている「地域自治区」の活用です。
マンション管理組合が総会の議決を得て、地域自治区に加入し、コミュニティを発展させていく方向性が提示されています。

「地域自治区」は、平成の大合併に終止符が打たれたとき、市町村を区域に分け、その区域の住民の意見を市町村行政に反映させるために設けられた制度で、私も制度創設に関わりました。
校区などを単位として設置されることが想定されており、事務所が置かれてその長に自治体職員が任命されます。
事務所長のもとに「地域協議会」が置かれ、市町村長などに意見を述べることができます。

マンションの管理組合が「地域自治区」に参加する方法は、地域協議会の構成員になることだけなので、マンション管理に関する課題を解決する手段にはならないと思います。
しかし、マンション管理に地方自治制度を活用するという著者の提言は新鮮です。
現在のマンション管理組合の制度だけでは、タワマンのような多数の区分所有者の合意を形成することは困難だと考えられるからです。
将来的には、大規模なマンションの管理組合を特別地方公共団体として地方自治法に位置づけることなどが考えられます。


2024年3月9日
から 久元喜造

水谷竹秀『国際ロマンス詐欺』

SNSやマッチングアプリで恋愛感情を抱かせ、金銭を騙し取る「国際ロマンス詐欺」。
被害の急増が報じられています。
本書は、その赤裸々なルポルタージュです。
2023年9月号のWedge で、紹介記事を読みました。

日本や米国などの被害者は、会ったこともない犯人にどうして騙されてしまうのか。
被害者それぞれの経験が語られ、それらからは孤独な心理に付け込む詐欺犯の「手口」が見えてきます。
国際ロマンス詐欺犯は、西アフリカを中心に世界中にいます。
YouTubeには、ロマンス詐欺に成功した長者「ヤフーボーイ」が踊り歌う動画も掲載されています。

著者は、被害者からの聞き取りの後、ロマンス詐欺の「発祥の地」ナイジェリアに飛びます。
ギニア湾に面した港町ラゴスは、人口約1500万人の巨大都市です。
活気と喧騒に溢れていました。
旧知の大学教授、アダム氏にヤフーボーイを紹介してもらい、試みたインタビューがとても興味深いものでした。
ほとんどが大学に通う現役の学生たち。
大学での学業とロマンス詐欺による小遣い稼ぎという「二足のわらじ」を履いています。
逮捕されれば、ナイジェリアのサイバー犯罪取締法によって禁錮5年以内、もしくは罰金1000万ナイラ(約170万円)を科される可能性があります。
それでも、大学生たちにとっては手軽にカネを稼げる収入源です。
つつましいナイジェリアの学生たちの日常が紹介され、動画で豪遊しているヤフーボーイとはまた異なる現実が描かれます。

孤独の中でロマンスを夢見る日本の人々、そしてしたかたかにネットで違法に金を稼ぐグローバルサウスの若者たち。
いま進行している現実が、鮮やかに描かれていました。


2024年3月4日
から 久元喜造

キューバリブレを飲みました。


昨年読み終えた小説『未必のマクベス』には、キューバリブレがよく出てきます。
小説の冒頭、バンコクから香港に向かう機内。
主人公の中井優一は客室乗務員を呼び、ダイエット・コークとラムのロックを注文し、氷の先を指で押さえてステアしてキューバリブレをつくります。

ホーチミンのバーでキューバリブレを頼むのですが、バーには置いてありません。
アメリカ軍がハバナに傀儡政権をつくったとき、”viva Cuba Libre(キューバの自由に万歳)” と叫んだのが由来だと告げられ、ベトナム人店員の対応に納得するのでした。

香港で暮らし始めた中井は、同僚の伴が滞在するホテルに招かれます。
インターコンチネンタルの名前の入ったバースプーンで、やはりキューバリブレをステアするのでした。
別の日、中井は伴と食事をした後、ペニンシュラホテルに行き、本館一階の「ザ・バー」という古いバーに落ち着きます。
50代とおぼしきバーテンダーは、古びたラベルのバカルディのボトルを使い、「文句のつけようのないキューバリブレ」を出してくれました。

日本に戻った中井は、妻の由記子と青山通りを歩き、渋谷駅を通り過ぎて、懐かしいバー『ラジオ・デイズ』に入ります。
ハートランドビールで乾杯した後、やはり注文したのも、キューバリブレ。
中井が香港で大事な女性と最後の食事を取ったときも、ワインの後の締めは、キューバリブレでした。

キューバリブレとは、何なのか。
私は飲んだことがなかったのですが、たまたま年末に旅をした機中のメニューにその名前を発見し、初めて味わいました。
正直、中井がどうしてこの酒にあれほどまでにこだわり続けたのか、わかりませんでした。


2024年2月27日
から 久元喜造

なぜ高校生通学定期無償化なのか。


神戸市では、市内高校生が通学する高校が市内か市外かを問わず、月額12,000円を超える定期代の2分の1を補助しています。
高校生世帯の通学費は多額に上っており、少しでも経済的負担を軽減するためです。
令和6年度予算では、この助成措置を充実させる予定でした。

状況が大きく変わったのは、大阪府の高校授業料の無償化 です。
大阪府では、令和6年度に高校3年生から無償化を開始し、令和8年度には全学年が対象となります。
この結果、高校生世帯の経済的負担は、大阪府内と兵庫県内で大きな格差が生じることになります。
神戸を含む兵庫県内の子育て世帯が、小中学校の段階から大阪府に流出する可能性が出てきます。
賃貸住宅に住んでいる子育て世帯が持ち家を取得するとき、大阪府内に住む選択を視野に入れるでしょう。
そうすると、兵庫県内の高校志願者の減少を招きます。
教育水準を低下させ、これがさらなる志願者の減少、子育て世帯の流出・・・という悪循環も?!
悪夢です。
このような事態は、何としても食い止めなければなりません。

神戸には、公立・私立のたくさんの高校があり、神戸の大きな財産となっています。
教育機会だけではなく、街の魅力や活力の源泉ともなっています。
神戸の多様な高校教育環境を守ることは、神戸市の使命です。

そこで、市内在住の高校生世帯の経済的負担を軽減するとともに、多様な高校教育環境を守るため、市内の高校生が市内の高校に通学する場合に、所得制限を設けることなく全額通学費を公費で負担することとしました。
必要な予算案を神戸市会に提出しました。
現在審議が行われています。
可決されれば、9月の2学期のスタートを予定しています。


2024年2月21日
から 久元喜造

早瀬耕『未必のマクベス』


少し久しぶりに、昨年暮れに読んだ読書の感想を書きます。
600頁を超える大作です。

タイトルにあるように、シェークスピアの戯曲「マクベス」に沿ってストーリーは展開します。
IT企業の敏腕社員である主人公の中井優一、同僚の伴浩輔は、高校の同級生です。
高校の入学式の日、女性教師と交わしたマクベスを巡るやりとりがすべての出発点でした。
このとき、中井と伴の間の机に座っていたのが鍋島冬香。
彼女は、中井が知ることなく二人の会社に入社し、暗号化技術を開発します。
そして、会社上層部から恐喝されて行方をくらまします。
ITや数学に関するやり取りも重要な役割を果たします。
登場人物の意図に関わりなく、マクベスの筋書きが進行していき、衝撃の結末を迎えます。

物語は、中井が伴とともにバンコクから香港に戻る機中から始まります。
管制の都合で澳門に泊まった二人は、カジノを楽しみます。
そして中井は、ホテルで黒髪の娼婦からこう告げられるのです。
「あなたは、王になって、旅に出なくてはならない」。
香港に戻った中井と伴は、底知れぬ陰謀に巻き込まれていきました。

国際ビジネス・サスペンスのジャンルに収まりきらない、多彩な魅力を持った作品です。
香港、澳門、ホーチミン、バンコク、東京、沖縄と、中井の旅は続きます。
それぞれの街の表情、佇まい、香りまでもが季節感を伴って生き生きと描かれます。
伴の好物である雲吞麵、マカオ名物のアフリカンチキン、ポルトガル料理など食の魅力もふんだんに登場します。

ラストシーンは、渋谷のバー。
中井が守りたかった二人の女性が遭遇します。
この小説は、成就することがなかった、切ない初恋の物語だったのかも知れません。


2024年2月12日
から 久元喜造

珠洲市・泉谷市長インタビュー


全国市長会発行「市政」に掲載されていた、珠洲市の泉谷満寿裕市長のインタビューを拝読しました。
昨年(2023年)9月に行われた取材に基づき、取材当時の原文のまま掲載されています。

珠洲市は、昨年の5月5日、「令和5年奥能登地震」に見舞われ、最大震度6強を記録しました。
珠洲市の全世帯数6000弱の半分、3000件近くが何らかの住宅被害を受けたそうです。
3年毎に開催される《奥能登奥能登国際芸術祭》の開催が迫っていました。
コロナの影響で前回1年延期された芸術祭を、地震で大きな被害を受けた中で開催するのかどうか、賛否両論が沸き起こり、泉谷市長はずいぶん悩まれたそうです。
そして「復興の光」としての《奥能登国際芸術祭2023》は、9月23日から11月12日まで、51日間にわたって開催されました。
ご苦労も多かったと拝察しますが、芸術祭の開催は大成功でした。

珠洲市生まれの泉谷市長は、大学を卒業後、大手証券会社勤務を経て、1995年(平成7年)、31歳でUターンし、江戸時代創業の家業(菓子舗)を継承されます。
2006年(平成18年)6月の珠洲市長選挙で当選され、現在5期目です。
インタビューからは、過疎化・高齢化が進む中、創意工夫を凝らした地域活性化の取組みが行われていることがよくわかりました。

今年元日に発生した大地震によって、これまでの努力はまた一から出直しということになります。
泉谷市長の胸中は、察するに余り有ものがあります。
珠洲市の現状と今後の見通しは、珠洲市に派遣され、帰還した職員から報告を受けています。
記事を拝読し、神戸市として息の長い支援を全力で続けていく決意を新たにいたします。


2024年2月4日
から 久元喜造

地震への備え・教訓は生かされたか。


能登半島地震は大震災の様相を呈してきています。
地震発生から1か月以上が経っても被害の全容が不明というのは、異常な事態です。
過疎地で地形などの地理的条件があるのせよ、大地震への備えが十分であったのかどうかが問われていくことになるでしょう。

これまで国を挙げて、南海トラフ巨大地震とこれに伴う津波への対応が進められてきました。
神戸市でも、防潮堤の整備や水門、陸閘の遠隔操作システムの導入を進め、100年に一度、1000年に一度の津波への対策はすでに完了しています。
津波の危険は、広く市民の間に共有されているように感じます。
飲食店などでも、浸水の危険を指摘されることがあります。

南海トラフ巨大地震への対応はもちろん必要ですが、これまでの国の対応を見ると、将来大地震が起きるとすれば、それは南海トラフ巨大地震だというメッセージを与えてきたように感じます。
それは裏を返せば、東京直下型地震は別として、他の地域で大地震が起きる可能性が少ないという印象を与えてきたということではないかと思われます。
能登半島周辺では近年大きな地震が発生してきたにも関わらず、国として十分な対応ができてきたのかどうかについては、今後の検証が待たれます。

想い起こされるのは、半世紀近く前から国が唱導してきた東海地震への対応です。
国は特別の法律までつくり、東海地震への対策を講じてきましたが、実際に起きたのは、阪神・淡路大震災であり、東日本大震災でした。
私は、若い頃から国の東海地震への対応に疑問を感じてきました。(2014年10月4日ブログ
地震はどこで起きてもおかしくないという前提に立って、十分な備えをすることが求められます。

 


2024年1月28日
から 久元喜造

灘校・震災とのたたかい。


灘中学校・灘高等学校の前校長、和田孫博先生のご著書を読みました。
胸に突き刺さるのは、あの震災のときの記録です。
1995年1月17日に朝、大阪市福島区のご自宅は、激しく揺れ、和田先生はすぐにお父上とともにタクシーで灘校に向かいます。
移動は困難を極め、辿り着いたのは、午後2時半でした。
そこから、壮絶な日々が始まりました。
地震発生の夜、灘校の避難者は最大300人余り、体育館の遺体は200体を越えました。
混乱の中で迎えた翌日、警官が来校し、御影のガスタンクからガスが漏れていて、大爆発の危険があるので避難せよと告げます。
「ガスタンクが爆発するかもしれないという騒ぎの際、川辺の途を南の方からリュックを背負い、子供の手を引いて避難する人の列を見て、戦争映画の空襲から逃げ惑うシーンのように思われました」。

震災の混乱の中、大学受験が目前に迫っていました。
灘高の先生方は、余震が続く中、資料を掘り出し、2次試験の調査書の作成に当たったと記されています。

灘校は、被災者への支援拠点にもなり、5日目には、自衛隊の給食が始まりました。
2月に入ると、自衛隊の「お風呂部隊」がやってきました。
北海道の部隊は「ちとせ温泉」、石川の部隊は「かが温泉」の看板をかけて被災者を温めてくれたそうです。
地震後の初めての授業は、2月13日に行われました。
GWは文化祭も開かれ、避難者も参加されて、ともに楽しむ会となりました。
最後の避難者が灘校を退去されたのは、7月19日でした。
当時の灘校の経験が、後輩のみなさんに受け継がれていることは、私も承知しています。
ご著書を拝読し、和田先生や当時の先生方の想いを、改めて深く胸に刻みます。