久元 喜造ブログ

2015年3月15日
から 久元喜造

大学生のみなさんとの円卓会議

昨日、「第3回 大学生と神戸市長との円卓会議」が開催されました。
きょうの神戸新聞でも紹介されていますように、「安全・安心な市民生活」をテーマに、活発な議論が行われました。
防災への関心が高く、具体的な提案も出されました。
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また、神戸親和女子大学のお二人が、「震災20年記憶のフラット化プロジェクト」に参加して作成した 「大学生のための防災訓練マニュアル」 の紹介も行ってくれました。

その一方で、犯罪防止や治安の向上についてもたくさんの意見が出されました。
多かったのは、やはり、地域の中でつながりをつくっていくことの重要性です。そのようなつながりをどうつくっていくかについても、多彩なアイデアが出されました。

プレ会議も含めて、4回の円卓会議は、昨日で終了しました。
参加されたみなさんは、円卓会議から何かを得てくれたようですし、私自身、学生のみなさんから、また4回の会議を通じて、たくさんの元気をいただきました。

円卓会議で出された提案は、市政にどんどん反映させていきます。
平成27年度予算では、(仮称) KOBE学生まちパス を発行します。
これは、 公募抽選した500名の市内在住あるいは市内大学の学生のみなさんに発行するパスです。
ビエンナーレ会場、水族園、動物園、美術館、公園、博物館など17施設(予定)に年間、無料で入場でき、各自のFacebookで、施設の感想や見どころ、楽しみ方などを発信してもらう取り組みです。
円卓会議で出された提案を、ほとんどそのまま具体化しました。

最後になりましたが円卓会議のファシリテーターをおつとめいただきました、島田智明、清水信年、加納郁也、賀屋光晴、船木伸江 の各先生に、心より感謝申し上げます。


2015年3月12日
から 久元喜造

職員採用試験区分の見直し

神戸市の大卒職員採用試験の試験区分は、次の10区分になっています。

一般行政、福祉、土木、建築、電気、機械、化学、農業、造園、衛生監視

さらに、一般行政は、法律、経済、経営、国際関係が選択科目となり、衛生監視は、獣医、畜産、水産、農芸化学、薬学が選択科目となります。

この試験区分は、長く変更されていませんが、神戸市を取り巻く環境や市政の重点課題の変化に応じて、その変化に対応した試験区分になるよう見直しが求められます。
そこで、来年度は、次のような観点に着目して見直しを行っていただくよう、人事委員会にお願いしてきました。

まず、神戸市が重点プロジェクトとして推進を図っている神戸医療産業都市構想を進めるうえでは、ライフサイエンスなどの分野で、基礎的な専門知識を有する人材が必要です。
また、環境政策は、これからさらに力を入れていかなければならない分野であり、生態系や地球環境、自然エネルギーの分野について基礎的な専門知識を有する人材が必要です。

人事委員会では、このような私からの要請を真剣に検討していただき、以下のような試験区分の見直しを行っていただけることになりました。
まず、試験区分として、 「生物」 「環境」 の区分が新設されます。
また、 「衛生監視」 の区分と  「農芸化学」  の選択科目を廃止するとともに、 「生命科学」 の区分が新設されます。
これにより、神戸市採用試験の試験区分は、新設の3区分を含め、16となります。
人事委員会のスピーディーで適切な対応に感謝しております。


2015年3月10日
から 久元喜造

貝原俊民さん「人間サイズのまちづくり」

神戸新聞連載の故 貝原俊民さん 「わが心の自叙伝」第32回(3月7日掲載)は、「人間サイズのまちづくり」でした。
「阪神・淡路大震災からの教訓に学び、「巨大サイズ」「経済サイズ」「画一サイズ」によるまちづくりから脱皮して、「人間サイズ」による都市づくり」を提唱されたことが記されています。
貝原さんによれば、神戸市の創造的復興の中で、新しい都市機能の整備をめざしたプロジェクトが二つありました。

ひとつは、「HAT神戸」です。
神戸製鋼所発祥の地に、世界保健機関(WHO)を誘致し、国際協力機構(JICA)関西国際センター、神戸赤十字病院、ひょうご震災記念21世紀研究機構、人と防災未来センター、兵庫県こころのケアセンター、県立美術館などを整備し、「人の安全や安心についての研究、国際協力を、神戸市の新しい都市機能として位置付けることとした」とあります。

二つは、医療産業都市構想です。
テーマパーク構想もあったようですが、神戸市はこれを採用しませんでした。
今日、さまざまな研究機関や大学などの施設、医療機関、民間の研究所などが集まり、日本でも有数の医療産業の集積地となりつつあります。

貝原さんは、「この二つの新しい都市機能は、神戸市を経済サイズの単なる港湾都市から、人間サイズのまちへ進化させるものである」と結んでおられます。

「単なる港湾都市」という表現には、多少の違和感を覚えますが、HAT神戸と医療産業都市を、「人間サイズのまちづくり」として位置付けておられた貝原さんの視点は、改めて新鮮に感じました。
人間サイズという視点を忘れることなく、前に進んでいきたいと思います。


2015年3月7日
から 久元喜造

中谷美紀さん主演『繕い裁つ人』

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『繕い裁つ人』
秀作です。
神戸の坂の上に佇む古い洋館で、ひらすらミシンを踏み続ける主人公、南市江。
洋館には、「南洋裁店」の古い看板が掛かっています。
偉大な仕立て人であった祖母を超えられず、自分なりの服を創りたいという願いを押し殺し、祖母が仕立てた服の繕いにいそしむ日々。
そこへ、大丸神戸店の藤井が市江の技に着目し、ブランド化の話を携えてやってくるところから、ドラマが始まります。

眼下に望む神戸の街、港、そして光る海。
主人公の靴音、教会の鐘、阪急電車が走り去る音・・・
神戸の光景、そして音風景が、この穏やかで奥行きの深い映画の大事な舞台装置です。

祖母が仕立て、そして、市江が繕い続けてきた服を大事に着ながら、永く寄り添って生きてきた人々。
そんな人々の密かな楽しみは、年に1回開かれる「夜会」です。 30歳以上で、南洋服店で仕立てた服を着続けてきた人だけが参加することができるのです。
美しく咲き誇る花々に囲まれ、人々が弦楽四重奏の生演奏に合わせてダンスを踊り、グラスを傾けるシーンは、観る者を美しいメルヘンの世界に誘います。

中谷美紀さんは、凛とした美しさを湛え、誇り高く、優しい主人公を演じます。
そして、この映画のもう一人の主役は、「洋服」です。神戸が誇る洋服業界のみなさんが、制作に貢献されました。
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振り返れば、監督の三島有紀子さん、中谷美紀さんが市役所にお越しになったのは、1月14日のことで、すっかり日が経ってしまいました。
久しぶりに観た映画が、このように素晴らしい作品であったことは、本当に幸せでした。


2015年3月4日
から 久元喜造

ラグビーの次は、神戸サミット。

ラグビーの次は、サミットです。
3月2日 、2019年ラグビーワールドカップの神戸開催が決定しましたが、間髪を入れず、神戸サミットの実現に向け、行動に移すことにしました。
きょう、井戸敏三知事とともに、外務省を訪問し、中山泰秀外務副大臣にお会いして、2016年サミットの神戸開催を要請しました。
国会からは、渡海紀三朗衆議院議員、盛山正仁衆議院議員、関芳弘衆議院議員、末松信介参議院議員が同席されました。心強い限りです。
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大阪ご出身の中山副大臣は、兵庫県と関わりも深く、神戸のこともよくご存知でしたが、私から改めて、神戸サミットの意義、充実した施設内容、アクセスや警備面での優位性などについてご説明申し上げました。

その後、井戸知事と、斎木昭隆外務事務次官を訪ね、同様の要請を行いました。

開催都市決定の時期は未定ですが、機は熟しつつあります。
仙台、新潟、軽井沢、浜松、名古屋、広島に加え、三重県(伊勢志摩地区)も立候補しました。
8か所からサミット開催都市に選ばれるのは、1か所のみ。
ラグビーに比べ、はるかに狭き門ですが、実現すれば、神戸の存在を世界に向けて大きく発信することができます。
最後の最後まで手を緩めることなく、実現に向け、全力で取り組みます。


2015年3月2日
から 久元喜造

祝・ラグビーワールドカップ神戸開催決定

つい先ほど、うれしいニュースが入ってきました。
アイルランドのダブリンで開催されていた、ラグビーワールドカップの運営団体RWCL(ラグビーワールドカップリミテッド)の理事会で、神戸を含む12都市が、2019年に開催されるラグビーワールドカップ開催都市に選ばれました。

これまで、兵庫県、神戸経済界など神戸全体でスクラムを組み、誘致活動を行ってきました。
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三宮や元町の商店街、百貨店をはじめ、たくさんのみなさんの応援をいただき、横断幕をつくり、市民、県民の皆さんに呼びかけてきました。「ぜひ神戸で開催したい」と願う多くの方々の強い思いが、実を結んだものと考えています。
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神戸は、2002年サッカーワールドカップを開催した球技専用のスタジアムがあり、大規模スポーツイベントの経験が豊富です。
また、ラグビートップリーグ「神戸製鋼コベルコスティーラーズ」のホームタウンで、多くの市民がラグビーを楽しんでいます。
昨年11月のラグビー日本代表対マオリ・オールブラックス(ニュージーランド)の国際親善試合は、私もノエビアスタジアム神戸に応援に行きましたが、21,234人と、日本代表戦で最多観客数を記録しました。

世界最高峰のプレーを神戸で観戦できることが、今から楽しみです。


2015年2月27日
から 久元喜造

幻の神戸市公会堂

少し前の読売新聞に、牧原出東大教授の書評が掲載されていました。
取り上げられているのは、 新藤浩伸『公会堂と民衆の近代』 (東京大学出版会)。
「日比谷公会堂に代表される、全国の都市「公会堂」への本格的研究書」です。

神戸には、日比谷公会堂に匹敵するような公会堂はありませんが、戦前には、少なくとも二度、建設が構想されたことがありました。
神戸が国際港湾都市として急速に成長を遂げ、財力も蓄えられた1921年、神戸市会は、公会堂建設議案を決定。
大倉山に、1800人以上収容できる大集会室や、600人規模の大食堂、レセプションホールを備えた公会堂を建設する計画を立て、コンペを実施しました。
下の写真は、1等に輝いた作品です。
堂々たる威容を誇っていますが、1923年に関東大震災が発生。構想は日の目を見ませんでした。
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昭和に入ると、六大都市で公会堂がないのは神戸市だけということになり、再び公会堂の建設計画が浮上します。
やはり大倉山での建設を想定し、設計図を公募しますが、戦時色が濃くなり、計画は断念を余儀なくされました。

日比谷公会堂をはじめ各都市の公会堂では、政治集会にとどまらず、文化講演や娯楽演目も提供されました。
時局関係の催事では人々が集まらないので、政治公演とあわせて、漫談や映画などの娯楽が加えられたようです。
牧原教授は、「公会堂の持つ教育的機能と、集い・楽しみを求める人々の欲求との間には「ずれ」があった。国策としたかかな庶民がせめぎあう舞台装置。強靭な市民社会はそこから生まれるのだろうか」と、希望の光を見ておられます。
本格的な公会堂を持つことがなかった神戸市でも、似たような「せめぎあい」はあったことでしょう。
「せめぎあい」の舞台装置が、別の形でどのように存在したのか、興味が持たれます。


2015年2月21日
から 久元喜造

職員採用試験問題・試作品

国も自治体も、職員採用試験をどのように行うのかは、たいへん重要です。
近年は、筆記試験や面接のほかに、グループ討議なども行われ、特別枠も設けられるなど、試験方法にも多様化が見られますが、それでも筆記試験のウェイトは小さくはありません。

私は、筆記試験については、次のような能力や資質を確認するような内容であることが大切ではないかと考えています。

まず、自治体や国では文書で仕事の方針や内容が示されることが多く、文書を読んで正しく理解する能力が不可欠です。
また、試験区分に応じて、事務系の場合には、法律学、経済学、経営学、政治学などの専門領域において基礎的な知識を持っているか、誠実に勉強してきたかどうかを見る必要があります。
そして、公務員の場合には、とくに、社会の動き、時事問題に関心を持っていることが求められると思います。政府や与党と同じ考え方でなくてもよいから、社会を変えていこうという意欲を持っていてほしいと思います。
さらに、とくに国際都市・神戸市の職員には、英語の基礎的な読解力を持っていることも必要です。

このような問題意識で、これまでの出題を見ると、個別分野の専門家が作成した問題を寄せ集めたようなところがあり、上記の観点からの能力・資質を確認する上からは、改善が求められるように感じてきました。
そこで、よりトータルな視点に立った採用問題の試作品をつくってみましたので、ご笑覧いただければ幸いです。

職員採用試験問題試作品(2015年2月作成)

これは、同じ問題意識を共有する長年の友人に原案をつくってもらい、私が手を加えたものです。
職員採用試験に関わり、あるいは、関心を持っておられるみなさんにとり、何かの参考になれば幸いです。


2015年2月18日
から 久元喜造

「厳しい」の連発ではなく・・・

会議などで挨拶するとき、事前に、庁内の各局が原稿をつくってくれます。
ありがたいことですが、ふだんから少し気になっていることがあります。

それは、ほとんどの原稿に、「○○を取り巻く状況は誠に厳しく」とか、「昨今の○○情勢には誠に厳しいものがありますが」とか、とにかく「厳しい」ことが強調されていることです。
もしも、私が原稿のとおり話していたら、あっちでも「厳しい」、こっちでも「厳しい」と触れ回ることになります。
副市長、局長など幹部のみなさんが、もしも原稿にあるように、厳しい、厳しい、と言っているとしたら、市役所全体として、市民に対して、ずいぶん元気が出ないメッセージを発し続けていることになっているのではないでしょうか。

行政に携わる者には、根拠のない楽観論を戒め、状況を冷静に見極めることが求められます。
しかし、このことは、あちこちで「厳しい」を連発することで果たされるものではないはずです。
それぞれの分野において生起している事象を客観的に観察し、その事象の背後にある要因を冷静に分析することが大事ではないかと思います。

たとえば、人口減少時代における将来の都市像をつくる前提として、人口トレンドの要因を分析するため、有識者会議を設置して議論を進めてきましたが、たいへん有意義な分析結果が提示されています。

また、昨年暮れには、神戸市の小中学生の学力の現状について、雪村新之助教育長をはじめ教育委員会幹部のみなさんから説明を受けましたが、実証的な分析を含むたいへん説得力がある内容でした。

市役所のみなさんには、行政のプロの目で冷徹に現実を見つめ、その背後のある課題を摘出し、実効性のある政策の選択肢を提示していただくことを期待しています。

 


2015年2月15日
から 久元喜造

『カスバの女』 ― 私の好きな曲⑧ 

アルジェリアの首都アルジェ。
入り組んだ路地-カスバの酒場が舞台です。

昨晩、同窓会で、カスバに行ったことがある旧友の話を聞き、改めて、この歌を想い出しました。

1950年代から60年代にかけて、アルジェリアは、壮絶な独立戦争のまっただ中にありました。
この時代を舞台に、フランス軍に雇われた傭兵と、パリから流れてきた「酒場の女」の、つかの間の恋情が歌われています。

女は、いろいろな事情があって、植民地アルジェリアに行き着いたのでしょう。
華やかだったパリでの昔話を、傭兵に語ります。

 セーヌのたそがれ 瞼の都
 花はマロニエ シャンゼリゼ
 赤い風車の 踊り子の
 いまさらかえらぬ 身の上を

しかし、傭兵も、「酒場の女」も、所詮は「買われた命」。
「恋してみたとて 一夜の花火」です。
傭兵は、もう次の日には、アルジェを出て行き、次の戦場へと向かいます。

 明日はチェニスか モロッコか
 泣いて手をふる うしろ影
 外人部隊の 白い服

『カスバの女』がつくられたのは、1955年のようですが、ヒットしたのは、10年以上経った1967年だそうで、 私がこの曲を知ったのは、その後のことだったと思います。
なぜか忘れがたい曲になっているのは、この歌の謎めいた雰囲気が子供心にも印象的だったのと、小学生の頃、よくテレビでアルジェリアの動乱が報じられていたせいかもしれません。
アルジェリアは、1962年に独立してからも、混乱が続いたようです。ベンヘッダとか、ベンベラといった政治家の名前が繰り返し出ていたように記憶しています。