久元 喜造ブログ

2023年10月3日
から 久元喜造

國分功一郎『スピノザ』


スピノザ(1632-77)の哲学の一端に触れたいと思い、本書を紐解きました。
著者は独特のアプローチでスピノザの哲学を読者に提示していきます。
副題は「読む人の肖像」。
先人の著作を読み、悩み、考えながら、自らの哲学を形成していった過程が語られます。

若きスピノザは、デカルトの『哲学原理』(1644年刊行)を読み、『デカルトの哲学原理』を執筆しました。
スピノザによれば、デカルトは自分が考え得るものをすべて疑い、「疑ったり考えたりする限りでの」自分を発見し、次の言葉を発します。
「私は疑う、私は考える。故に私は存在する」。
「私は考える、故に私は存在する Cogito,ego sum」。
「コギト命題」として知られるこの命題こそ、一切のものがその上に構築されるべき第一の真理です。
スピノザは、第一命題がいかなる命題も前提としていないはずであるにも関わらず、大前提が存在している矛盾を指摘し、「私は考えつつ存在する」という単一命題を得ます。

続いて「準備の問題」の章が置かれ、スピノザの代表作『エチカ』について語られるのですが、その内容は、著者渾身の努力にも関わらず、かなり難解でした。
また改めて読み返してみたいと思います。

『エチカ』の執筆は中断され、執筆されたのが『神学・政治論』でした。
冒頭「哲学する自由を認めなければ道徳心や国の平和が損なわれる」と強く主張し、宗教を肯定した上で、迷信がどこから生まれるのかなどの考察が行われます。
スピノザの論理は明快で、政治のありようなどを含め、新鮮な視点を提示してくれているように感じました。
現代に生起する現象を考える上でも、有益な示唆を得ることができました。


2023年9月24日
から 久元喜造

規制・手続きの見直し


神戸市ホームページ上に専用の窓口を設置し、「規制・行政手続き見直し提案」の受付を行っています。
神戸市が定める規制や行政手続きについて、市民や民間事業者のみなさんが感じている疑問や問題点を直接出していただき、改善につなげようとする試みです。

自治体行政には、法令に基づく規制、独自の規制など数多くの規制が存在しています。
特に神戸市のような指定都市は所掌する事務が幅広く、規制の種類は市民生活や民間事業者の活動のすみずみにまで及びます。
また、規制に関する許可、協議、報告、届出のほか、行政サービスを受けるための申込み、応募などさまざまな手続きがあります。

これらの規制は必要なものではありますが、規制の内容が目的と手段との関係において合理的なものであるか、時代の変化に適合しているかなどの視点から、不断に見直していく必要があります。
手続きについても、市民目線に沿ったものになっているか、不必要な負担を市民や民間事業者にかけていないか、DXが適切に活用されているかなどの視点から、点検を行うことが必要です。

今回の見直しにあたっては、利便性を第一に考え、誰もが目にしやすい場所に一元化窓口を設置し、シンプルなフォーマットで、スマートフォンから入力できるようにしました。

受け付けた意見・提案は、行政書士、司法書士、社労士などの専門家と職員で結成した「規制・行政手続き見直しチーム」で整理し、所管部局において見直しを検討して、市長・副市長が入った場で改善方針を決定します。
改善方針は、随時ホームページ上に公表していきます。

募集期間は、来年の3月31日までです。
みなさんからの提案をお待ちしています。


2023年9月16日
から 久元喜造

前田啓介『昭和の参謀』


著者は執筆当時、読売新聞東京本社文化部の現役記者。
本書も記者らしい取材記から始まります。
2019年に行われた取材の相手は、東部ニューギニア戦線を戦った元第18軍参謀、堀江正夫でした。
当時104歳の堀江は、2時間以上、矍鑠とした態度を崩さずに語り続けます。
堀江の瀬島龍三、辻政信に対する評価はかなり異なったものでした。

本書では、瀬島、辻など7人の参謀が取り上げられます。
著者は、実子がいなかった石原莞爾を除き、ほかの6人の参謀のご子息、ご息女に会うことができたそうです。
こうして、戦争遂行の中枢を担った参謀たちの戦後と人生模様が浮き彫りになっていきます。

石原莞爾、辻政信、瀬島龍三はよく知られた人物ですが、本書ではあまり知られていない戦後の言動も明らかにされます。
服部卓四郎、池田純久、堀栄三、八原博通のことは全く知りませんでした。
参謀としての任務遂行、そしてそれぞれの戦後が語られます。
服部は、参謀本部中枢のポストを歴任し、戦後は再軍備に関わり、軍人に自衛官登用の途を開きました。
「統制派」の理論的支柱であった池田は、戦後歌舞伎座サービスの社長などを務め、エチオピア顧問団長として国づくりに貢献しました。
印象に残ったのは、情報参謀出身の堀栄三です。
堀は晩年、故郷の奈良県吉野郡西吉野村(現・五條市西吉野町)の村長を務めました。
1991年(平成3年)、当時77歳の堀栄三は、村長選挙に出馬して当選。
村の職員にはワープロを使うよう指導し、パソコンを導入。
村おこしや情報発信においても斬新なアイデアを編み出し、実績を挙げていきました。
戦後沈黙を守った八原博通の生きざまにも感銘を覚えました。(敬称略)


2023年9月4日
から 久元喜造

『明石の野鳥』


9月1日、神戸市と明石市は「生物多様性を守り育てるための連携・協力に関する協定」を締結しました。
これに先立つ8月18日、丸谷聡子明石市長がご挨拶にお越しになり、明石市立文化博物館発行の『明石の野鳥』をいただきました。
著者は、丸谷市長ご夫妻です。
2006年(平成18年)の刊行で、昨年に改訂されています。
丸谷市長の素敵なサイン入りです。

本書では、明石で見られる主な野鳥80種が、写真入りで紹介されています。
このうち半数の40種が、カイツブリ、ゴイサギ、マガモ、バン、タシギ、カワセミなど水辺で見られる野鳥です。
明石川が流れ、たくさんのため池がある明石の自然の特徴が、野鳥の種類にも現れているようです。
野鳥の種類毎に、生息地、見分け方、餌の取り方などの行動特性が、美しい写真とともに記されています。
たとえば、カワセミは、「コバルトブルーに輝く背中と、おなかのオレンジがとてもきれいな鳥です」。
「大きさ7㎝ぐらいまでの小魚をエサにし」、「とった魚は木に何度もうちつけた後、頭からまるのみします」とあります。

野鳥図鑑のような鳥の紹介にとどまらず、鳥が空を飛ぶ仕組みが分かりやすく解説されていたり、野鳥が森を育てる上で大きな役割を果たしていることが説明されていたり、とても充実した内容になっています。
増えた野鳥、減った野鳥に関する考察もあります。
カワウが激増していることは知っていましたが、かつて珍しい鳥だったカワセミが増えていることを知り、うれしかったです。
一方で、ヨシ原の減少で数が減ったオオヨシキリなどの鳥もあります。
野鳥を通して、人間と生き物との関係について考える機会をいただきました。


2023年8月28日
から 久元喜造

市川嘉一『交通崩壊』


単行本や雑誌の論文で目にする過激なタイトルは、著者よりも編集者の意向でつけられることが多いと聞きますが、本書では、それが著者自身の意向であることが「あとがき」に出てきます。
著者が抱くのは、危機感です。
「長期的なスパンに立った抜本的な議論を活発にしていかなければ、地域の公共交通全般がより一層衰退したり、歩道環境のカオス化が深刻になったりするなど・・・取り返しのつかない状況になってしまわないのか」と。
驚いたのは「交通崩壊」という言葉が、国の公式文書の中で既に使われていることでした。
国土交通省が2021年に策定した第2次交通政策基本計画では、次のように指摘されています。
「地域公共交通は、人口減少等の影響により、輸送需要の縮小、運転者不足等の厳しい経営環境に置かれている。・・・このままでは、あらゆる地域において、路線の廃止・撤退が雪崩を打つ『交通崩壊』が起きかねない」。

国土交通省鉄道局は、その後財源確保に動きます。
2023年度政府予算において、道路や河川などの事業に使われてきた社会資本総合整備交付金の対象に「存続を前提にした線路や車両などのローカル線のインフラ強化策」が追加されました。
著者はこれでは不十分だとし、より抜本的な財政支援策の必要性を指摘します。
フランス、ドイツ、米国における税財源に関する制度が紹介されます。
イタリアでも近年、EUの復興基金を財源として、トラムを復活するプロジェクトの計画が相次いで立案されています。

著者の危機感はよく伝わってきましたし、豊富な各地域の事例紹介、海外の状況も参考になりました。
自治体が取り組むべき具体的な政策提言があれば、なおありがたかったです。


2023年8月20日
から 久元喜造

『再考 ファスト風土化する日本』


三浦展氏が『ファスト風土化する日本 郊外化とその病理』(洋泉社新書y)を出版されたのは、2004年9月のことでした。
本書の冒頭では、改めてファスト風土化の問題点が以下のように指摘されます。
・世界の均質化による地域固有の文化の喪失
・環境・エネルギーへの負荷
・繰り返される破壊による街の使い捨て
・大量浪費空間の突如出現による現実感覚の変容
・手軽な大量消費による意欲の低下
・生活空間の閉鎖化による子どもの発達の阻害

この20年の間に、日本の各地でファスト風土化が進みました。
著者は「今や日本の原風景になったとすら言えるファスト風土を、今改めて考えることは意味がある」という問題意識で本書を編んだと記しています。
第Ⅰ部では、この間に進行してきたファスト風土化に新たな視点が当てられ、山内マリコさんの回想も登場します。
第Ⅱ部では、ファスト風土化に抗する実験が、第Ⅲ部では、脱ファスト風土的な開発・まちづくりの事例が紹介されます。
とりわけ興味を引いたのは、立川の GREEN SPRINGS でした。
複合再開発ではしばしば高層ビルが建つだけのひと気のない「まち」ができますが、GREEN SPRINGS はまったく異なっています。
ほとんどの建物は3階建て。
容積率が500%の敷地なのに、150%台しか使われていません。
緑がふんだんに植え込まれ、植物の種類は350種類以上。
ビオトープには、たくさんの生き物が生息しています。

立川は郊外の街として発展してきました。
三浦氏は、「郊外化」した都心から、「都市化」した郊外に都市的な文化・娯楽、猥雑さを求めて人々が集まってくると分析します。
とても興味深い視点です。


2023年8月11日
から 久元喜造

占領期の都市空間を考える


大手前大学メディア交流文化研究所主催のシンポジウムをもとに、論集として再構成されました。
「太平洋戦争終結直後の米軍を主体とした連合国軍の占領という特殊な時期に着目し、住宅接収を始め、占領下日本の都市空間で生起したさまざまな出来事について、その記憶をいかに検証し、また継承していくか」という問題意識の下に研究は行われました。

村上しほり氏の「神戸・阪神間における占領と都市空間」では、神戸と芦屋・西宮における占領と接収の状況が詳しく記されています。
終戦から1か月余りが過ぎた1945年9月25日、米軍の和歌山港への上陸によって関西地方への進駐が始まりました。
2週間で、1万1000人の兵員が、神戸をはじめとする兵庫県下に展開しました。
現在の東灘区岡本、住吉・御影山手、長峰山などの高級住宅が次々に接収されました。
現在の中央区では、三宮から元町を中心に焼け残った近代建築が接収され、神港ビルディングに神戸基地司令部が置かれました。
三宮南には、複数部隊が駐留したイースト・キャンプが置かれ、百貨店、山手のホテル(旧トアホテル、富士ホテルなど)や個人住宅、公共施設などの接収物件が集中しました。
兵庫区東部の新開地では、黒人兵が駐留したキャンプ・カーバーが設営され、繁華街の象徴であった聚楽館も接収されました。
神戸市の中心市街地の二つのキャンプ設置による接収は、最長1956年2月まで続き、村上氏は、神戸市民の生活再建を妨げたと指摘されます。
垂水区のジェームス山建築群の状況については、玉田浩之氏が「神戸ジェームス山外国人住宅地の接収事情」として報告されています。
当時の写真も多数掲載されています。


2023年7月31日
から 久元喜造

ミヒャエル・エンデ『自由の牢獄』


だいぶ前のことです。
JR須磨海浜公園駅から須磨海岸に向かって歩いていると、小さな書店がありました。
自由港書店」です。
中に入ってみると、個性的な本が揃えられていました。
本書が目に入り、購入しました。
しばらく自宅の本棚のどこかに隠れていて、最近改めて頁を開きました。

文庫版の本書は、ミヒャエル・エンデ(1929 – 95)晩年の短編集です。
表題の「自由の牢獄」をはじめ8編が収められています。
ミヒャエル・エンデは、読む者を常人が想像もつかない遠い世界に連れて行ってくれます。
幻想の世界でありながら、どの作品にも、驚くほど現実世界の矛盾、理不尽、絶望が溢れていて、考えさせられることがたくさんありました。

最も印象に残ったのは、「ミスライムのカタコンベ」です。
閉ざされた地下の世界で生きる「影の民」。
支配者ベヒモートの下でひたすら働き、眠り、死んでゆく彼らの中で、主人公のイヴリィは他のみんなと違っていることに気づき、偶然、「外の世界」の存在を知ります。
モーツァルト『魔笛』の「夜の女王」を思わせるレヴィオタン女史から、ベヒモート打倒を持ちかけられます。
女史一味の実体もおぞましいものでした。
イヴリィは、影の民を外の世界に連れ出そうとします。
物語の結末は、衝撃的でした。

もう一編を挙げるなら、「道しるべの伝説」です。
富裕な商家に生まれた少年は、不思議な感性の持ち主でした。
財産と名誉を捨て、次々に名前も仕事も変えながら旅を続ける主人公が最後に辿り着いた場所とは。

郊外の家」の舞台は、ミュンヘン郊外の牧歌的な土地です。
ナチスの高官が出入りし、兄弟は不思議な現象に遭遇し続けます。
不気味な回想の物語です。


2023年7月23日
から 久元喜造

「神戸登山プロジェクト」始動!


7月22日、新幹線の新神戸駅に神戸登山支援拠点「トレイルステーション神戸」(愛称:トレコ)がオープンしました。
神戸登山プロジェクト」の第1弾です。
新神戸駅のすぐ近くには「布引の滝」があります。
山道を西に向かうと再度公園、東に向かうと摩耶山というロケーションです。
今回開設した「トレコ」では、登山用品レンタル、荷物預かりサービスのほか、登山情報の発信、ガイドツアーなどを行います。

神戸は港町であると同時に、六甲山系をはじめとした魅力的な「山」が数多くある大都市です。
もっと市民のみなさんに神戸の山に親しんでほしい、国内からも海外からも神戸を訪れ、神戸の山の魅力を楽しんでほしい ― そんな願いを込め、「神戸登山プロジェクト」をスタートさせました。

明治の開港後、神戸に住むようになった外国人が六甲山で登山を楽しむようになり、これが近代登山の発祥とも言われています。
そして登山の習慣は、神戸市民にも広がっていきました。
神戸の登山文化の象徴が、早朝登山を日課とする「毎日登山」です。
しかし、登山の愛好家は高齢者が主体で、若い世代、とくに若い女性の山への関心は近年とくに低くなっています。
また、実際に山に入ると、大雨によって登山道が通れなくなって荒廃したり、茶屋や保養所などが朽ち果て、案内板などが老朽化して放置されたりしている状況も見受けられます。
これらを改善し、多くの世代のみなさんに安心して登山を楽しんでもらえるよう、登山道の再生に取り組みます。

今回の「トレコ」の設置を皮切りに、登山者が一休みできる休憩スポットの整備、気軽にトイレ利用や休憩ができる「登山サポート店」の募集なども進めます。


2023年7月12日
から 久元喜造

上田早百合『上海灯蛾』


この小説を読み始めてすぐ、だいぶ前に読んだ 佐野眞一『阿片王・満州の夜と霧』 を思い起こしました。
主人公は、満州を舞台にアヘン密売を取り仕切り、関東軍など軍部に巨額の資金を提供した謎の人物、里見甫(1896 – 1965)です。
上海でも暗躍した里見は、『上海灯蛾』の中でも実名で登場します。
その里見ですら手を出すことができなかったのが、上海に君臨する青幇でした。

『阿片王』にも登場する青幇は、上海の裏世界を支配する組織で、その大きな収入源はアヘンでした。
『上海灯蛾』の主人公、吾郷次郎は神戸からジャズバンドとともに上海に渡り、雑貨店を営み始めます。
ある日、原田ユキヱと名乗る女性から極上の阿片が持ち込まれたことを契機に、青幇との接触が生まれます。
次郎は、青幇の楊直と義兄弟の契りを結び、中国人として生きていくことを決意します。
そして、アヘン栽培、取引にのめり込んでいきます。
上海のアヘンの商いは、すべて青幇が牛耳っていました。
素人の野心家が入り込める余地はなく、青幇に無断で何かを取引しようとすれば、即、死体となって黄浦江に浮くだけでした。
最高級のアヘン「最」を巡る戦いが始まり、次郎は重要な役割を演じます。
物語は1934年から始まり、盧溝橋事件、上海事変と、時代は戦争へと突き進んでいきました。
関東軍の将校も登場します。
日本の軍部も上海を支配する上で青幇の協力を得ることが不可欠で、虚々実々の駆け引き、凄まじい殺戮が繰り返されていきます。
1945年、日本の敗戦によって次郎の戦いも終焉を迎えます。
そして、終末に近づくにつれ、この小説が、壮大な愛の物語であったことを感じることができました。