久元 喜造ブログ

2023年12月10日
から 久元喜造

『街とその不確かな壁』


村上春樹さんの作品を久しぶりに読みました。
読み始めて思い起こしたのが、チェコの作家、アイヴァスの『もうひとつの街』でした。(2019年11月24日のブログ
いま住んでいる街とは別の街が存在しており、図書館が重要な役割を果たすという点で共通しています。
しかし『もうひとつの街』では、色彩的、幻惑的な世界が繰り広げられるのに対し、『街とその不確かな壁』に登場する「もうひとつの街」は、ひたすらモノクロームの世界です。
煉瓦で高く作られた壁で囲まれた街。
そこには「川柳の茂った美しい中州があり、いくつかの小高い丘があり、単角を持つ獣たちがいたるところにいる」。
「獣たちは雪の積もる長い冬にはその多くが、寒さと飢えのために命を落とすことになる」。
「人々は古い共同住宅に住み、簡素だが不自由のない生活を送っている」。

この街をことを教えてくれとき「僕」が17歳、「君」はひとつ年下でした。
彼女は、その街の図書館に勤めています。
仕事の時間は、夕方の5時頃から夜の10時頃まで。

彼女は、長文の手紙を残して姿を消します。
そして僕の物語が始まります。
上京し、大学に入り、彼女へ手紙を書き続けます。
返事はありません。
僕の人生に大きな転機が訪れるのは、10年以上暮らし続けた東京のアパートを引き払い、Z**町に引っ越してからでした。
この町も、周りを高い山に囲まれた盆地にありました。
図書館に勤め始め、館長と語り合い、イエローサブマリンのパーカーを着た少年が現れ、物語は静かに進行していきます。

650頁を超える大著。
「あとがき」の中で作者は、コロナ禍の中「日々この小説をこつこつと書き続けていた」と記しています。


2023年12月2日
から 久元喜造

モーツァルト・協奏曲「ジュナミ」私が好きな曲⑫

モーツァルトのピアノ協奏曲は、好きなジャンルです。
珠玉の名曲群の中でも、20歳のときに創られた第9番 変ホ長調 K271 《ジュナミ》は、燦然と輝く名曲です。
高校生のときから、この曲が大好きでした。

当時の協奏曲の様式としては、かなり独創的な箇所が随所に見られます。
冒頭では、オーケストラがテーマの前半を奏すると、意表を突き、後半部分をピアノが受け継ぎます。
このときオーケストラは沈黙し、ソロのピアノが際立ちます。
見事な対比です。
そしてオーケストラが提示部を奏し、ピアノが入るとき、通常はオーケストラのテーマをなぞることが多いのですが、この曲では、オーケストラがまだ提示部を奏している間にピアノがトリルで侵入し、華やかな雰囲気が広がります。
その後の流れの中でも、ピアノはオーケストラには出てこないモティーフを弾き、緊張感をはらみながら、変化に富んだ、生き生きとした音楽が流れていきます。

ハ短調の第2楽章は、バイオリンが低音で悲しみを湛えたテーマを奏で、やはりピアノはこのテーマをなぞるのではなく、異なる旋律を歌います。
対立の構図なのですが、このテーマの原型は実はオーケストラのテーマの中にあり、見事な対立と融合を醸し出しています。
第3楽章は自在な運動性をはらんだロンドで、かなり大規模に創られており、二つのカデンツァを挟んで、中間部にはメヌエットが挿入されています。
後年の名曲、変ホ長調 K482を想起させます。

家内の久元祐子が、エンリコ・オノフリ指揮ハイドン・フィルハーモニーと協演したコンサート(2023年7月2日 紀尾井ホール)の動画がアップされていますので、お聴きいただければ幸いです。


2023年11月23日
から 久元喜造

『生誕150周年記念 後藤新平 展図録』


2007年に開催された 東京都江戸東京博物館 の企画展の展示録です。
以前にも読んでいましたが、関東大震災100年の今年、震災復興の陣頭指揮を執った後藤新平(1857 – 1929)の事績に改めて触れたいと思いました。
編集は、当時の財団法人東京市政調査会です。
冒頭に、理事長を務められた故西尾勝先生の「ごあいさつ」が掲載されています。

1920年(大正9年)に東京市長に就任した後藤新平は、米国のニューヨーク市政調査会を範とする東京市政調査会の設立構想を発表しました。
後藤が目指していたのは、「行政の科学化」でした。
安田財閥の総帥、初代安田善次郎はこの構想に深く共感し、多額の寄付を約束、この寄付金を基に、1922年(大正11年)、後藤新平を初代会長とする財団法人東京市政調査会が創設されました。
そして東京市によって市政会館の建設計画が立てられ、関東大震災後の1929年(昭和4年)、日比谷公園内に、市政会館・日比谷公会堂が完成しました。
全国20の指定都市の市長で構成する 指定都市市長会 は、市政会館 の中にあります。

後藤新平は、台湾総督府民政長官、南満州鉄道株式会社総裁、内務・外務大臣などを歴任した後、東京市長となり、関東大震災直後に内務大臣・復興院総裁として帝都の復興計画を立案しました。(越澤明『後藤新平ー大震災と帝都復興』
本展示録では、後藤新平ゆかりの品々や、近年発見された復興計画図など最先端の研究成果を交えて後藤新平の生涯が回顧されます。
東京市政調査会は、2012年、公益財団法人 後藤・安田記念東京都市研究所 に移行し、設立理念を継承しつつ、調査研究活動が行われています。


2023年11月11日
から 久元喜造

書評『暗闇の効用』


10月14日(土)の朝日新聞書評欄を開くと、文字と背景の色が入れ替わった欄に目が行きました。
背景が黒で、文字が白なので、当然ながらとても目立ちます。
取り上げられていたのは、ヨハン・エクレフ著『暗闇の効用』。
評者は、神戸ゆかりの美術家、横尾忠則さんです。
書評の見出しは、「光害を批判  21世紀の陰翳礼讃」。

横尾さんは、ご自身の子供の頃の体験をこう振り返ります。
「子供時代の夜を回想する時、家の中の明かりは60ワットで物の存在は朦朧としていた」
「一歩外に出ると吸いこまれそうな深い闇の底」
「頭上では固唾を吞む満天の星が、ミルクを流したような天の川から滴る」
そしてこう呟きます。
「あの光の滝は今はない」と。
「今は地上の光害が、あの昔の夜空から星の光を奪ってしまった」から。

横尾さんによれば、本書で著者は、暗闇という「自然の偉大な宝を、私たちは失いつつある」と哀惜を込めて語り、「人工の光が、生物の体内時計をいかに乱しているかを明らかに」します。
横尾さんの書評は「本書は文明批評とも読めるが、21世紀のもうひとつの「陰翳礼讃」の書でもあると思えた」と閉じられます。

夜の闇の存在は、とても大事なのではないかと、以前から感じてきました。
睡眠と休息には、暗がりが必要です。
夜の闇の価値について」(2020年9月30日のブログ)で記したように、夜は、瞑想の時間を与えてくれます。
夜の闇は、魂を孤独しますが、昼の世界では見出しがたい何かに、自分が繋留されていることを感じさせてくれます。
夜の闇の価値と尊厳を尊重しながら、公共空間における危険と不安を減らし、夜も美しい神戸の街づくりを模索していきたいと思います。


2023年11月5日
から 久元喜造

新幹線・ワゴン販売の終了


つい先日の10月31日、東京での用務を終え、夕方の新幹線に乗りました。
ちょうど夕食どきで、「駅弁屋 祭」で弁当を買い込み、車内でワゴン販売を利用しました。
車内放送は、ワゴン販売がきょうで終了すると案内していました。
一抹の寂しさを覚えますが、これも時代の流れで致し方ありません。
最近の人手不足も影響していることでしょう。

思い起こせば、新幹線の中での食事のとり方は、変遷を重ねてきたように記憶します。
だいぶ前は、東京での弁当のメニューがあまり充実しておらず、それぞれの駅で個性ある弁当が売られていました。
浜松駅のホームでは、うなぎ弁当が売られていて、たぶん停車時間が今よりも長く、急いで購入し、発車に間に合いました。

新幹線には、食堂車もありました。
1987年か88年のことだったと思いますが、当時、京都府庁に勤務していて、東京出張のとき、東京駅を発車するとすぐに食堂車に並びました。
発車して食堂が開くと、テーブルに座り、ビールとアテを注文、次に日本酒の熱燗を頼んで、一人飲みを楽しみました。
向かいの席には、会社勤めらしい男性がやはり熱燗をチビチビ飲っていました。
30分ほどお互いに無言で飲んでいたのですが、どちらともなく話が始まり、熱燗はどんどん進み、すっかり意気投合してしまいました。
お互いの仕事のこと、京都の街のことなどが話題になりました。
お嬢さんは、京都工芸繊維大学で学んでいるとのことで、大学の様子なども聞くことができました。
気が付くと、京都駅到着の予告アナウンスが流れました。
こんな客がいるから、食堂車の採算は上手く取れず、しばらくして廃止になってしまったのかと、改めて反省します。


2023年10月29日
から 久元喜造

久元祐子 ベートーヴェン・リサイタル

家内の久元祐子は、これまでピアノに打ち込んできました。
昨年は、モーツァルトのピアノ・ソナタ全曲演奏会を完結。
今年からは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会をスタートします。
初回は、11月7日(火)19:00 開演。
サントリーホール(ブルーローズ)です。

使用楽器は、ベーゼンドルファー280VC ピラミッド・マホガニー を搬入します。
モーツァルト、ベートーヴェン時代の息遣いと繊細さを残しながら、現代の音楽シーンにおいても埋もれないパワーをも併せ持つウィーンの名器です。
ご来場いただきベートーヴェンの音楽、そしてウィーンの音から生まれる波動を共有いただければ幸いです。


2023年10月27日
から 久元喜造

最初の選挙から10年が経ちました。


10年前の今日、2013年(平成25年)10月27日、神戸市長選挙が行われました。
私にとり、最初の選挙でした。

もともと私は、公務員として職業生活を全うするつもりだったので、選挙に出ることは考えていませんでした。
選挙への出馬は、人生を大きく変えます。
迷うところもありましたが、生まれ故郷の神戸のためにお役に立つことができればと思い、2012年(平成24年)秋、神戸市副市長への就任をお受けしました。
40年ぶりの神戸の日々が始まりました。
自分なりの実感として、市長選挙は極めて厳しいものになることはわかっていました。
2013年6月、副市長を辞職し、6月7日に立候補の記者会見を行いました。
神戸新聞は「久元氏、全区でリード」の見出しで選挙情勢を報じましたが、私にはそのような実感は全くありませんでした。

選挙当日、自宅に居た私に、知り合いの報道関係者から、相手候補にリードされているとの情報が寄せられました。
夕方から市内で待機しましたが、出口調査の情報も同様の状況でした。
開票が始まり、相手候補のリードが報じられました。
敗北を覚悟し、頭の中で敗戦の弁を考えました。
11時が過ぎ、携帯に私の当確が知らされ、頭の中が真っ白になりました。
全速力で選挙事務所の会場に駆け付け、しどろもどろになりながら、挨拶を申しあげました。
夜中の事務所は、歓声に包まれました。
遅くまで待機していただき、祝福していただいたみなさまのお顔が今でも浮かびます。

あれから10年。
私は、少しでも神戸ために仕事が出来ていることに、日々大きな幸せを感じています。
初心を忘れることなく、引き続き神戸市民の幸せと神戸の発展のために全力を尽くします。


2023年10月22日
から 久元喜造

「朝日地球会議」に出席


10月9日(月・祝)に、東京・有楽町朝日ホールで開催された「朝日地球会議」に参加しました。
テーマは「里山~自然と文化の交差点 持続可能なくらしとは」です。
俳優の財前直見さん、NPO法人よこはま里山研究所(NORA)理事長の松村正治さん、東京都立大学国際センター准教授の佐々木リディアさんとディスカッションを行いました。
コーディネーターは、朝日新聞GLOBE+創刊編集長/ソーシャルソリューション部長の堀内隆さんでした。
小中学生の頃から、里山に親しみ、その価値を大切に感じていたことを申し上げ、里山の保全・活用についての神戸の取組みを紹介しました。

里山は、長い時間をかけて築き上げられてきた我が国の貴重な財産です。
神戸でも古くから里山の暮らしが維持されてきましたが、小著『ひょうたん池物語』で描いたように、ちょうど東京オリンピックの頃から都市化が進み、急速に変貌していきました。
手入れが行き届かず、暗い森となり、竹藪の繁茂が広がり、ため池の水質も悪化していきました。
外来生物が侵入・繁殖したことも影響して、生物多様性も失われています。

いま神戸では、市街地に近い特性を生かし、里山の再生が始まっています。
そのような取組みのひとつが「こうべ再生リン」です。
神戸市の下水処理場では下水からリンを効率的に回収し、「こうべハーベスト肥料」として加工しています。
この肥料を使った野菜や米が栽培され、それを市民が食し、下水道に排出され、リンの資源循環を実現しています。
かつては農村集落単位で存在していた循環型社会を、都市と農村がつながることによって、より大きな形で実現し、里山地域の再生にもつなげていく試みです。


2023年10月14日
から 久元喜造

自治体も経験者採用に軸足。


神戸市では、今年度の採用試験から経験者の採用を大幅に増やすことにしました。
背景にあるのは、転職によるスキルアップ志向です。
若い世代の間に、成長できる環境を求める傾向が強まっています。
また「社会貢献度の高さ」が重要視されるようになり、民間企業に就職したものの社会貢献への姿勢に失望し、自治体で働くことに目を向ける傾向も見られます。
そこで、今年度の経験者採用の割合を、全体の3割程度から5割程度に拡大することにしました。

対象年齢も拡大しました。
25~27歳のいわゆる第二新卒と呼ばれる方は、これまでは新卒者と同じ枠での採用でした。
専門知識などを問う筆記試験のための準備が必要で、転職を考えている方の負担が大きいという意見がありました。
そこで、経験者採用の年齢要件を、28~39歳から25~39歳に拡大しました。
加えて、これまでは経験者採用は春と秋の年2回の試験実施でしたが、通年での募集に変更しました。

試験方法も、筆記試験から面接中心にシフトさせ、面接の時間を25分から60分に拡大しました。
試験区分も「総合行政」として一つの試験区分にまとめ、本人のスキル・経験・専門性・配属の希望と、職場が求める人材とを試験区分にとらわれることなくマッチングすることにより、より柔軟に配属先を決定します。

東京圏から優秀な人材の受験を促すために、6月24日には東京国際フォーラムで開催されたマイナビ転職フェアにブースの出展を行いました。
7月23日には神戸市主催の経験者採用説明会を東京の渋谷スクランブルスクエアで開催し、私からもプレゼンを行いました。
優秀な人材に、神戸市役所を選んでいただくことを期待しています。


2023年10月9日
から 久元喜造

『「池の水」抜くのは誰のため?』


著者は、本書の刊行当時、東京本社科学医療部に所属する朝日新聞記者です。
タイトルは、テレビ東京の「緊急SOS!池の水をぜんぶ抜く大作戦」から取られています。
最近はテレビ大阪であまり放映されていませんが、私もよくこの番組を見ていました。
放送内容は、池から水とヘドロを排出し、出演者が泥の中を格闘して魚やカメなどを捕まえ、外来種と「在来種」をより分け、外来種は駆除、「在来種」は池に戻し、池を綺麗にするというものです。
一種の「かいぼり」です。
タレントが泥まみれになりながら格闘し、カミツキガメなどを捕獲するシーンが出てきます。
センセーショナルな字幕が頻繁に現れ、大音量の効果音が使われています。

著者は、番組が「かいぼり」の認知度を高めた点を評価しつつ、いくつかの疑問を呈します。
まず番組が外来種を一律に「悪者」扱いしている点です。
「生態系や人の社会にリスクがあるか」という観点が重要だと。
また、番組の池を抜く作業は1回限りですが、「かいぼり」は、地域が主体的に、継続的に取り組む必要があると指摘します。
そして、外来種を宿敵扱いする番組制作の姿勢を批判します。

この番組を扱っている箇所は、全体の中のわずか10ページ足らずで、生き物に関して近年起きている事象が幅広く紹介されています。
特にネット空間での生き物の売買の実体には、改めて驚きを禁じえませんでした。
神戸市は「里山SDGs戦略」を策定し、この中で、市民との協働による外来生物対策や「かいぼり」の実施、在来生物の保全などを掲げています。
生き物との距離も大事です。
本書で紹介されている豊富な事例や課題は、この戦略を推進していく上で参考になりました。