『陰翳礼讃』は、谷崎潤一郎が1933年に発表した随筆です。
独自の視点で日本文化の価値を再発見した名著とされています。
パイインターナショナルから刊行された本書には、大川裕弘氏の写真が掲載されています。
そして、写真の横には、見開きで『陰翳礼讃』の文章の一部が引用されています。
たとえば、お椀の料理の写真の横には、次の一文がありました。
かく考え来ると、われわれの料理が
常に陰影を基調とし、
闇と云うものと切っても切れない関係に
あることを知るのである。
写真が加わることによって、文章を読んで飛翔する想像力に制約が加えられるおそれもあるのですが、私には、大川氏の写真のお陰で、名文が語っている意味がより鮮明になり、しみじみとしたひとときを味わうことができました。
谷崎の考察の対象は、座敷、そして座敷の中の床の間、明り、障子、屏風、料理など多岐にわたりますが、厠に関する記述は興味深いものでした。
谷崎は、「京都や奈良の寺院に行って、昔風の、うすぐらい、そうしてしかも掃除の行き届いた厠へ案内される毎に、つくづく
日本建築の有難みを感じる」と記します。
「日本の厠は実に精神が安まるように出来ている」。
「そのうすぐらい光線の中にうずくまって、ほんのり明るい障子の反射を受けながら瞑想に耽り、または窓外の庭のけしきを眺める気持は何とも云えない」と。
もう半世紀以上も前に、旧家の農家にお邪魔したとき、廊下を伝って行くと、奥には趣きのある、薄暗い厠が現れたことがありました。
その厠は、「青葉の匂や苔の匂がして来るような植込みの陰に設けてあり」、繁華街で生まれ育った私にとっては、まったく未知の、そして異次元の世界でした。