久元 喜造ブログ

2015年10月2日
から 久元喜造

ルポ保育崩壊

kobayashi

著者は、毎日新聞記者出身のジャーナリスト。
現場取材と詳しいインタビューで構成されています。

タイトルのとおり、保育現場の実態が赤裸々に描かれます。
保育サービスの劣化、疲弊する保育士たち、そして、保育園の厳しい経営状況ですが、保育園の置かれている状況がバランスよく記述されているかどうかは、よくわかりません。

役所の対応にも矛先が向けられます。
どこの自治体も待機児童の数に神経をとがらせますが、認可外保育所の園児は待機児童としてカウントされるため、ある自治体では待機児童の解消のため、次々に認可外保育所を認可しているそうです。

ひるがえって、神戸市では、とにかく待機児童を減らすために、なりふり構わず対応するというやり方はしていません。
待機児童ゼロという目標が自己目的化すると、さまざまな歪みが生じるからです。
神戸市の今年4月1日現在の待機児童は13人ですが、これをゼロにするために無理をすることがないよう、かねてより申し上げてきました。
保育所や認定こども園などの定員枠を広げることにより、結果的に待機児童がゼロになることを目指しています。

震災を経験した神戸市は、子どもたちには「いのちを大切にする子ども」に育ってほしいと願っています。
神戸の保育現場では、この願いを実現するため、公立、私立が手を携えて、実践的な研修を実施し、保育士の資質の向上を図っています。

保育には、量の拡大とともに、質の確保、向上がきわめて重要です。
限られた財源を有効に活用し、保育現場の実態をしっかりと見極め、関係者が知恵を結集して、現状を少しでも改善していきたいと思います。


2015年9月28日
から 久元喜造

新長田へ県市の行政機能を移転

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きょう、兵庫県庁で、井戸敏三知事と共同記者会見を行い、新長田の再開発地区内に、兵庫県と神戸市が共同で新しい庁舎を設置する方針を発表しました。

震災で大きな被害を受けた新長田南地区では、再開発事業が進められてきました。
住宅建設が進み、居住人口は、震災前をかなり上回っていますが、就業人口は震災前を大幅に下回っており、昼間人口を増やし、賑わいを創出することが課題となってきました。

そこで、今回、アスタくにづか地区の事業用地に、神戸市の責任で新しい庁舎ビルを建設し、兵庫県と神戸市の行政機関を入居させることにしました。(下の写真。この日は、イベントが行われていましたが、空き地です。)
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事業用地の敷地面積は、約3700㎡、建物は、8階か9階建て、延べ床面積は、約1万8000㎡を想定しています。
移転させる組織について、兵庫県は、神戸県民センターを中心に考えておられるようです。
神戸市は、三宮の行政機能の一部を移転し、三宮再開発と連動させて、新長田の活性化を図りたいと考えています。
単にさまざまな組織を混在させるのではなく、同じ建物に入居することにより、相乗効果を発揮させ、県民・市民サービスと能率の向上に資するようにします。

新庁舎に移転する職員の総数は、約1000人を見込みます。
新長田再開発地区内の就業人口は現在3500人ですから、大幅に上積みされます。
新庁舎を訪れる県民・市民、民間事業者など、国道2号線より南への来訪者は飛躍的に増えることになり、地区内商業活動にも好ましい影響を与えるものと見込まれます。

井戸知事のご決断に感謝申し上げますとともに、スピード感を持って事業化を進めていきます。


2015年9月26日
から 久元喜造

シチョウイソツガ兵隊ナラバ・・・

「輜重輸卒(しちょういそつ)ガ兵隊ナラバ 蝶々トンボモ鳥ノウチ」
子供の頃、母親がときどき口ずさんでいました。
もちろん何のことかわからなかったのですが、大学生になってようやくその意味を知りました。

『言論統制』(9月6日のブログ)によれば、輜とは、衣類を載せる車、重とは荷を載せる車の意で、輜重兵科は、部隊の移動に際して、糧食、被服、武器、弾薬など軍需品の輸送を担う兵科でした。
日露戦争時、軍部は、輜重兵科の重要性をよく理解していましたが、次第に軽んじられるようになりました。
後に敏腕情報将校になる鈴木庫三は、士官学校試験に合格し、砲兵、工兵、騎兵の順に兵科の希望を出すのですが、指定されたのは、輜重兵科でした。
このとき鈴木は、計り知れない絶望を味わっています。
鈴木は、この屈辱を胸に、勉強と自己研鑽に邁進していくのです。

輜重輸卒 は、輜重兵の下で運搬作業を行う兵隊ですが、一般兵と違って昇進ができないなどの差別待遇を受けていました。
母親が口ずさんでいた戯れ歌が、庶民の間で膾炙していたことは、兵站に対する軽視と侮蔑が、軍部の指導者層や軍人のみならず、国民の間に広がっていたことを伺わせます。

兵站を顧みない無謀な戦術は、アジア、太平洋の戦場で幾多の悲劇を生みました。
現場感覚の欠如は、戦前の陸海軍指導部の大きな特徴です。
同時に、国民の間にも、地道な兵站部門を蔑む精神構造が形成されていたことも忘れるわけにはいきません。

現場感覚の欠如は、何も過去の話ではなく、現代の役所の中にも広く見られます。
いずれこのことにも触れてみたいと思います。


2015年9月23日
から 久元喜造

北区の農地を歩く。

きょうは、午前中の公務の後、午後から北区山田町の農地を歩き、稲の生育状況と耕作放棄地を含めた水利の模様を見学しました。
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山田町の農村は、稲刈りの季節を迎えています。
白いサギが田圃の上を舞っていました。
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残念ながら耕作放棄地が見られます。
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そんな中にあって、この田圃は、長く耕作放棄地だったのですが、農業委員や地元のみなさんの努力で、若い新規就農者が新たな挑戦を始めています。
すでに草が刈られ、綺麗に整地されていました。
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ここには、すぐに使える用水の水栓もあります。
もともとこの辺りの耕作放棄地では、用水はいつでも使える状況で、新規就農がいつでも可能とのことでした。
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用水は、山中を源流とする川から取られており、池の水は、よほどの渇水のときしか使われないようです。
このためか、池と上流の川とはつながっておらず、水が循環しないため、濁っています。
水質が良くないと米の味にも影響があると言われますが、現状の水利で足りるため、池の水質改善の必要性は高くないようです。
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田圃の畔近くで、ヤマカガシが這っているのを見かけたので、一瞬たじろぎましたが、残念ながら、死んでいました。
ヤマカガシを見たのは、久しぶりです。(8月2日のブログ


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呑吐ダム湖畔から、山中に入って10分ほど登り、さらに下ると、山田池に出ました。
昭和8年に完成した、産業遺産です。
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箱木千年家。
呑吐ダムが完成し、移築されてから初めて訪れました。

さわやかな秋晴れの下、いろいろと考えさせられました。
農政についても、十分に対応できておらず、申し訳ありません。
見学の成果を、仕事に生かしていきたいと思います。


2015年9月20日
から 久元喜造

多数決を疑う。

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複数の候補者の中から一人を選ぶとき、相対的には、ある候補者が有力でも、多数の有権者がこの候補者に否定的な判断をすることがあります。
たとえば、非常に個性的な候補者が、極端な政策の実現を主張し、かなりの支持を集めているが、多数の有権者は、この候補者やその政策に危険を感じ、
「あの候補者だけは通って欲しくない!」
と感じているような場合です。
そのような有権者の意向を反映する方法はないでしょうか。

その答えのひとつが、ボルダルールです。
1位に3点、2位に2点、3位に1点という配点にし、その合計で最大の点数を獲得した候補者を当選者とする方法です。
多くの有権者は、人気が好悪二分する候補者を3位にするでしょうから、ほかの候補者が当選する可能性が高くなります。

坂井豊貴『多数決を疑う』 (岩波新書)では、ボルダルールのほか、さまざまな選挙・投票の方法が紹介されます。
同時に、民意の反映とは何かについて、ルソーの『社会契約論』をはじめとした、さまざまな理論的考察がなされています。

選挙制度については、衆参両院をはじめさまざまな議論がなされますが、最終的にそのルールを決める主体は、選挙で選ばれる国会議員自身です。
このことは、代表民主制である以上、やむを得ないことですが、やはり、選挙制度については、有識者、専門家からなる第三者機関が衆知と見識を結集して提言を行い、その提言を尊重して、国会が最終的な判断を下すことが望ましいと言えます。
そのような検討に当たっては、本書で行われている考察も大いに参考になります。


2015年9月17日
から 久元喜造

成年年齢は18歳に統一を。

安保法制に隠れてあまり報道されませんが、成年年齢のあり方が議論になっています。
選挙権年齢はすでに18歳以上に引き下げられ、来年の参議院選挙では、18歳、19歳の若者も、選挙に参加します。
ところが、民法の成年年齢は20歳のままで、また、少年法の適用年齢が20歳未満になっているため、刑事罰が原則として科されません。

これは極めておかしな話であり、早急に成年年齢は、18歳に統一されるべきだと考えます。
私は、総務省に居たとき、国会の憲法審査会で総務省の方針を問われ、このように答弁し、選挙権年齢の引き下げを先行させるべきだとする法務省民事局長と対立しました。(平成24年2月29日の議事録

これは役所の立場を述べたものですが、考え方としては、今でも全く変わっていません。
選挙権が与えられ、政治参加において大人である若者が、民法や刑法において大人として扱われないというのは、まことにおかしな話です。

国会でも申し上げたのですが、昭和20年に選挙権年齢が25歳から20歳に引き下げられたとき、堀切国務大臣は、満20年に達した青年は、民法上の行為能力を十分に持っており、国政参与の能力と責任観念とにおいて欠けるところがない、という趣旨の答弁をされています。
また、諸外国においても、大部分の国で、選挙権年齢と成人年齢は一致しているという実態もあります。

飲酒、喫煙についても、引き下げられることが適当と感じますが、この点については、民法、刑法の成年年齢と異なり、社会実態を踏まえた政策的判断が入る余地はあるように思います。


2015年9月14日
から 久元喜造

天候激変、引き返す勇気を!

常総市をはじめ、大きな被害を受けた皆様に、お見舞い申し上げます。

家族のことで恐縮ですが、鬼怒川が決壊し、大きな被害が出始めていた9月10日、家内は、山形市内で予定されていたレクチャーコンサートに出演するため、東北に向かいました。
山形新幹線はすでに運休になっており、不安になった家内は、東京駅から主催者に照会の電話をしたところ、
「午前中は運休のようだが、午後になって雨がやめば走るでしょう。とりあえず仙台に行けば仙山線で山形に入れるので、仙台まで行ってください」
と言われ、新幹線で4時頃仙台駅に着いたのだそうです。

すでに大雨で被害が出始めており、山形の主催者に電話して、再考をお願いしたそうですが、
「仙山線は、山形への運転は休止しているが、途中の作並温泉までは運転しているので、そこまで来て欲しい、山形から車で迎えにいくので大丈夫」
というお返事。
仙山線に乗り、かなり遅れたものの何とか作並まで到着したのですが、担当の方は、雨による渋滞で、5時間かかって作並駅に到着されたそうです。
すでに夜の8時を回っていました。

山間部を通る道路で山形まで向かいましたが、バケツをひっくり返したような雨が降り続き、道路は冠水して、先に進めません。
山形に向かうことを諦め、Uターンして、仙台に向かいました。

栃木県、茨城県に大雨を降らせた雨雲は、このとき、宮城県の山間部にもかかっていました。
車は、夜中、濁流が流れる道路を、土砂崩れに怯えながら進みます。
仙台に到着したのは、夜中の3時だったそうです。

行事を担当されておられる方が、予定どおり進めたいと思うお気持ちはわかります。
しかし、天候が激変したときは、気象情報に最新の注意を払い、引き返す勇気を持つべきではないでしょうか。


2015年9月12日
から 久元喜造

優れた音楽は体に良い?

先日、 朝日ホール で開催された国立音楽大学兵庫県同調会のコンサートに行きました。
国立音楽大学のほか、京都市立芸術大学、大阪音楽大学など、ほかの大学のOBのみなさんも出演されていました。
モーツァルトのリート、アリアとスメタナのピアノ・トリオ以外は初めて聴く作品でしたが、いずれもたいへん素晴らしい演奏で、感動しました。
武田忠善国立音楽大学学長の、自在で見事なクラリネットの演奏で締めくくられました。

帰宅して入浴後に体重計に乗り、驚きました。
3つの指標が著しく変化しているのです。
それも、良い方に。

基礎代謝量(kcal/日)は、1400台前半から多くても 1450 くらいなのですが、初めて、1500を超えていました。
体脂肪率は、22-23%くらいなのですが、初めて20%を切っていました。
内臓脂肪レベルは、11.5 か 12.0 のどちらかなのですが、11.0 に改善されていました。

こんなに数字が大きく変化したのは、初めてです。
なぜこのようなことが起きたのか、不思議だったのですが、思い当たるのは、この日に聴いたコンサートくらいしか考えられませんでした。
素晴らしい演奏を聴いた体が、何らかの反応をしたのでしょうか。
優れた音楽は、体に良いのかもしれません。

残念ながら、2日後には、いずれの数値も、もとの水準に戻っていました。


2015年9月9日
から 久元喜造

入場人数にふさわしい会場選択を。

さまざまな式典やイベントに出席して、会場がガラガラというのは、さびしいものです。
主催者にとっても、来場者の方にとっても、また、その式典やイベントのために出演したり、協力していただいたみなさんにとっても、残念な結果となってしまいます。

あるイベントで、小学校、中学校、高校のコーラス、ブラスバンドのみなさんが出演してくれていたのですが、会場は、4分の1も埋まっていませんでした。
「しあわせ運べるように」を歌うために来てくれた、ひとりの小学生が、舞台裏で
「お客さん少ないわ。ガラガラや」
と、がっかりした表情でつぶやくのを聞いて、主催者として申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

もし、十分な来場者が見込めないのであれば、会場は来場者に見合った、より規模の小さなところを選ぶべきです。
式典やイベントを主催する担当者が、もし、座席数よりもたくさんの来場者があって座れないようなことになると、苦情を言われる可能性があり、それが嫌だから、余裕を見て大きな会場を選んでいるとすれば、そのような感覚や対応は疑問です。
ましてや、とにかく来場者を収容できる会場で空いているところを選びました、というような仕事の仕方は、論外だと思います。

来場者を見込むのは難しい場合も多いとは思いますが、主催者本位、つまり、役所本位の発想ではなく、来場者、出場者のみなさんが、来てよかったと思っていただけるような会場選択をすべきではないでしょうか。


2015年9月6日
から 久元喜造

『風にそよぐ葦』の神話

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三宮のジュンク堂でふと目に止まったのが、 石川達三『風にそよぐ葦 上・下』 でした。
かつて映画にもなった有名な小説です。
まだ読んだことがないこの小説が気になったのは、だいぶ前に読んだ、 佐藤卓己『言論統制』 (中公新書)の強烈な印象があるからです。
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本書の序章には、「『風にそよぐ葦』の神話」という題が付けられています。
『風にそよぐ葦』は、中央公論社に対する軍部の言論弾圧がモデルになっていますが、この序章では、小説の内容が、いかに不正確で誇張に満ちているかが、詳細に明らかにされていきます。

小説の中で、軍部の情報将校、佐々木少佐は、こう言い放って恫喝します。

「一番大事なのは、・・・国家の立場だ。国家の立場を無視して自分の雑誌の立場ばかりを考えて居るからこそ、こういう自由主義の雑誌をつくるんだ。君のような雑誌社は片っぱしからぶっ潰(つぶ)すぞ」

この一節は、文庫本の帯にも記されています。(上の写真)
粗野で無教養な軍人が、良心的な文化人を罵倒し、恫喝するさまは、戦後、広く受け入れられてきた光景でした。
この小説は、そのような期待に応えたと思われます。

この佐々木少佐のモデルとなったのが、陸軍の情報将校、 鈴木庫三 でした。
『言論統制』では、鈴木庫三が、小説のイメージとは全く異なり、知的で学者のような人物であったことが描かれます。
そして、彼の言動を通じて、戦時下における言論統制の実態が、見事に再現されていきます。
それは、一方的な恫喝ではなく、陸軍、海軍、出版社、新聞社、大学、民間右翼、無産政党、文化人などさまざまな組織、人々の思惑、正義感、打算、懐柔、迎合が入り乱れる、複雑極まりない世界でした。(文中敬称略)