久元 喜造ブログ

2019年11月12日
から 久元喜造

朝日新聞社説「強行」処分批判に答える。⑨


前回
朝日社説は、「新設した規定の内容にはあいまいさが残り、乱用への懸念もある」と指摘します。
条例に追加した休職事由「起訴されるおそれ」「引き続き職務に従事することにより、公務の円滑な遂行に重大な支障が生じるおそれ」という表現を問題にしていると思われます。

分限処分の対象となる事実は千差万別で、分限処分の種類に応じた事由については、分限処分が任命権者の責任と判断で行われることを前提とした条文として規定されます。
地方公務員法においても、降任・免職の事由として「前二号に規定する場合のほか、その職に必要な適格性を欠く場合」(28条1項3号)が掲げられており、今回の追加事由の文言が、法律の規定と比べてあいまいであるとは思いません。
今後の運用については、今回の事件に匹敵するような事案に限定して適用する方針を表明しており、議会での審議においてもこうした考え方を明らかにしています。
将来における運用は、これら改正時の議論を踏まえ、慎重に行われます。

民間労働者の解雇などの不利益措置については、使用者の権利としつつ、判例の蓄積による解雇権濫用の法理などによって制約が課されてきました。
これに対し、公務員の免職などの不利益処分については、法律または条例に定める場合に限定するとともに、任命権者の責任と判断で行うこととされてきました。
朝日社説が主張するような任命権者の責任と判断を著しく制約する制度や運用は、民間労働者と比べて公務員の利益を過度に擁護することになり、均衡を失します。
おぞましい行為を行った公務員が、「身分保障」の美名の下に、民間労働者と比べて優遇されるような対応は許されません。(つづく


2019年11月11日
から 久元喜造

朝日新聞社説「強行」処分批判に答える。⑧

前回
今回のおぞましい事件を受け、神戸市の学校教育への信頼を回復していくために行わなければならないことはたくさんあります。
10月17日には、総合教育会議 を開催し、教育長、教育委員の先生方と今後の対応を協議しました。
そして、
・調査委員会による事実解明を早期に、できれば年内に明らかにするが、明白な事実は速やかにその都度公表を行い、説明責任を果たすこと。
・その上で、関係職員に対し厳正な処分を行うこと。
・被害教員に対するケアを適切に実施するとともに、当該小学校の児童・保護者に寄り添った対応を行うこと。
・今回の事案は教育委員会のガバナンス欠如によるものと考えられ、教育委員会と学校現場が密に連携することを主眼として、外部人材の 登用及び連署内申方式の見直しを含め、早急に抜本的な改革を行うこと。
・学校現場における状況、教育行政の積極的な情報発信を行うこと。
以上のような方針のもと、神戸市教育行政の信頼回復に向けて、 教育委員会と市長が連携して全力で取り組む ことを確認しました。
これを受け、教育委員会の独立性を尊重しながら神戸市教育委員会の改革を支援するため、市長部局を含め組織体制を強化しました。

このように、神戸市の教育行政は、信頼回復とガバナンス強化を目指し、具体的な行動を起こしていかなければなりません。
教育の現場の再生を図っていかなければなりません。
加害教員の分限休職すらできなければ、この点に市民の批判が殺到し、これらの方針を貫徹する上で大きな支障が生じたことでしょう。
条例改正などの一連の措置は、神戸市の教育行政が前に進んでいくうえで、避けて通れない道だったと考えます。(つづく


2019年11月10日
から 久元喜造

朝日新聞社説「強行」処分批判に答える。⑦


前回
朝日社説は、神戸市の分限懲戒審査会の見解、すなわち「職員に重大な不利益を及ぼすだけに、正確な事実認定と厳格な判断・解釈が必要。そうした判断は懲戒処分として行うべきだ」の部分を引用し、「まっとうな指摘」と共感を示します。

もちろん加害職員に対する懲戒処分は、必ず行われる必要があります。
そして懲戒処分は、職員個人に対する責任追求であるだけに、朝日社説が指摘するとおり、一人ひとりの職員に関する「事実認定」が必要です。
懲戒処分に当たっては、処分対象となる事実、動機、態様、故意・過失の度合い、職員の職責と非違行為との関係、社会的影響、反省の態度などを勘案すべきであるとされており、処分を行うまでには一定の期間が必要とされるのが通常です。
とくに今回の事案については、事案の特異性、社会的影響の大きさなどを勘案し、外部の有識者から成る調査委員会を設置し、その調査を踏まえて処分を行うこととしました。
調査委員会には、年内を目途に調査結果を明らかにしていただきたいと願っています。

問題は、懲戒処分が行われるまでの間、加害教員が職務に従事し、あるいは従事しうる状態に置かれ、給与を支給し続けることが適切なのかということです。
このような事態を回避するためには、分限処分である休職にすることが不可欠でした。
分限処分懲戒処分 は目的を異にしており、 同じ事実に対して両方の処分を行うことは法律上可能 です。
朝日社説の「懲戒処分として行うべきだ」という主張は、分限処分を排除する理由にはなりません。
将来懲戒処分が行われることを理由にして現状を放置することは、とうてい許されない事態でした。(つづく


2019年11月9日
から 久元喜造

朝日新聞社説「強行」処分批判に答える。⑥


前回
朝日社説は、今回の条例改正を「急ごしらえの規定」で、「1週間で手続きが進んだ」ことを批判します。
教育行政の現場が大混乱に陥り、行政運営にも支障が出かねない事態を前にして、自治体関係者には迅速な対応が求められたのは当然のことではないでしょうか。
腰をすえて」という朝日社説の主張は、自治体現場の窮状に思いを致さない机上の空論です。
また、今回の条例改正は、確かに短期間に実現しましたが、ずさんな内容であるとは思いません。
私も連日朝4時に起きて地方公務員法の規定や解説書を読み込み、議会の審議に耐えられるかどうかを十分吟味して立案し、条例改正案として議会に提出しました。

特に気を配ったのは、地方公務員法との関係です。
分限休職の事由は条例で追加することができ(法27条2項)、その要件は規定されていませんが、分限処分が身分保障の例外であることを考えれば、条例で追加することができる事由は無限定ではなく、自ずから制約があると考えるべきです。
法律では、分限休職の事由として「刑事事件として起訴された場合」(法28条2項2号)が規定されており、条例で許容されるのはこれに近接する場合であると考えられることから「起訴されるおそれ」を要件としました。
そして、分限処分が公務能率の確保を図ることを目的としていることから「引き続き職務に従事することにより公務の円滑な遂行に重大な支障が生じるおそれがある場合」と限定的に規定しました。
このように、今回の条例改正規定は、明白な立法事実を根拠とし、職員の身分保障の重要性にも十分配慮しており、法律との関係においても問題のないものであったと考えます。(つづく


2019年11月8日
から 久元喜造

朝日新聞社説「強行」処分批判に答える。⑤


前回
分限・懲戒処分は、事前審査手続きを経ることなく、任命権者の判断と責任で行うというのが、地方公務員法の立法趣旨です。
分限懲戒審査会を任意で設けるにしても、その意見はあくまでも参考です。
しかも、今回の審査会の見解は、条例の規定を適切に解釈したものとは言えず、法律論としても説得力を持ちません。
私がそのように考える根拠については、神戸市のウェブサイト で公表しています。
神戸市教育委員会における分限処分決定に関する市長コメント

朝日社説は、審査会の見解は「まっとうな指摘」とし、私がこの声明を出したこと自体を批判しますが、市長が見解を表明することは許されるのではないかと思います。
上記コメントがおかしいのであれば、ご教示いただきたいと思います。

加害教員は、神戸市の職員です。
もし仮に、審査会の意見を尊重し、今回の処分を行わなかったとしたら、その理由を問われた関係職員は「審査会が決めたことです」と答えたでしょう。
そんな答えに市民は納得したでしょうか。
処分については、これを行った任命権者、神戸市教育委員会がその理由をしっかりと説明しなければなりません。
それが行政としての説明責任です。

かつて地方公務員法案の審議で、鈴木俊一政府委員は「事前審査の制度は、・・・責任を委員会に転嫁いたしまして、真に利益を保障するゆえんでない」と答弁しています。
職員の不祥事の責任を他人のせいにしてはいけない ― そんな思いで先人は地方公務員法案を立案したのだと思います。
今回は、そのような無責任な事態を回避し、教育行政の混乱を防ぐ上で最低限の対応をすることができました。
私は、これで良かったと考えています。(つづく


2019年11月7日
から 久元喜造

朝日新聞社説「強行」処分批判に答える。④


前回
1950年11月、地方公務員法案は国会に提出され、審議が行われました。
分限・懲戒処分を行う手続きとして、事前・事後のいずれかを採るべきかについて、鈴木俊一政府委員は、次のように答弁しています。(1950年11月27日)

「事前審査の制度は、・・・責任を委員会に転嫁いたしまして、真に利益を保障するゆえんでない。むしろ事後において人事委員会なり公平委員会というような機関がこれを取り上げて、さらに審査し、あるいはこれを取消すというようなことがあり得るというような事後審査の制度にいたしました方が、さらに身分保障の趣旨も徹底するように思うのであります」

この答弁からは、地方公務員法の立案者は、戦前の分限委員会のような機関による事前審査を経ることなく、任命権者が自らの責任と判断において分限・懲戒処分を行う方が身分保障の観点からは優れていると考えていたことがわかります。
このような立法意図から言えば、審査会のような第三者機関を設けて処分の可否、内容を審議し、この結果に拘束力を持たせ、あるいはこれに従うこととする慣行を形成することは、運用としては不適当であると言えます。
神戸市の分限懲戒審査会の設置根拠は、地方自治法202条の3第1項に基づき附属機関を設置する条例であり、地方公務員法28条3項、29条4項に基づき分限・懲戒の手続き・効果を定める条例ではありません。
これは上記の立法趣旨を踏まえたものと考えられます。

分限・懲戒処分は、審査会の意見を参考にしながらも、任命権者の責任と判断で行われるべき です。
神戸市教育委員会は、このような観点から、今回の処分を行ったものと考えられます。(つづく


2019年11月6日
から 久元喜造

朝日新聞社説「強行」処分批判に答える。③


前回
分限処分と懲戒処分は、職員に対する不利益処分ですから、身分保障の観点から公正に行われなければなりません。
公正な処分を担保するための手続きとしては、従来から二つの方法があると考えられてきました。
一つは、処分権者とは別に審査会などの組織を設け、この意見を尊重して、処分の可否、その内容を決める 事前審査手続き です。
もう一つは、処分は任命権者が行い、事後に独立性の高い機関が処分の当否を判断する 事後審査手続き です。

話は戦前に遡ります。
大正から昭和にかけて、政党の官僚人事への介入に対して批判が高まり、官僚の身分保障のあり方が問題になりました。
もともと文官分限令6条4号には「官庁事務ノ都合ニ依リ必要ナルトキ」に休職にすることができるとの規定があり、4号休職などと呼ばれていました。
政党はこの4号休職の規定を活用して、意に沿わぬ官僚を次々に休職に追いやったのです。
このため、1932年(昭和7年)に文官分限令が改正され、4号休職については、分限委員会への諮問を要することとなりました。
分限委員会は議決機関ではなく、諮問機関でしたが、その後の運用を見ると、事実上の拘束力を有していたと考えられています。

1950年(昭和25年)に地方公務員法が制定されたとき、分限・懲戒処分を行うにあたり、分限委員会のような事前審査手続きをとるのか、第三者機関に不服申し立てできるとする事後審査手続きをとるのかが議論になりました。
地方公務員については、人事委員会・公平委員会が設けられ、後者の方法をとることとされました。
法案が提出された国会では、この点についてどんな議論があったのでしょうか。(つづく

 


2019年11月5日
から 久元喜造

朝日新聞社説「強行」処分批判に答える。②


前回
今回の条例改正は、加害教員が職務に従事できないようにし、給与の支給を停止するもので、職員に対する 不利益処分 に当たります。
不利益処分は、職員の身分保障の観点を踏まえ、公正に行われなければなりません。
職員が理由もなく首になったり、格下げされたりするようでは、安心して仕事をすることができず、結局は行政サービスが低下するおそれがあるからです。
このような観点から、地方公務員法は、職員の不利益処分として、分限処分と懲戒処分を定めています。

分限処分は、職員に非違行為など一定の事由がある場合に身分上の変動をもたらす処分であり、公務能率の維持を目的にしています。
これに対し、懲戒処分は、非違行為などを行った職員の責任追求です。
懲戒処分が広い意味での懲罰であるのに対し、分限処分の目的は、問題のある職員が職務に従事することにより公務の遂行に支障が生じるのを防ぐことにあります。
職員の意に反する不利益処分は、法が定める分限処分と懲戒処分以外にはありません。(同法27条2項、3項)。

これに対し、朝日社説は「緊急に職員の出勤を差し止める必要が生じた際の制度について、腰をすえて検討」すべきだとします。
職員の意に反して出勤を差し止め、給与を支給しなければ、それはまさに不利益処分です。
朝日新聞は、分限処分と懲戒処分以外の不利益処分を、自治体が条例で自由に創設できると考えているのでしょうか。
いくら地方分権の時代でも、そのような条例は違法であり、職員の身分保障を著しく損ないます。
今回の事案に対する対応としては、法律の委任による条例に基づく休職処分事由の追加が最も適切な措置であったと考えます。(つづく


2019年11月4日
から 久元喜造

朝日新聞社説「強行」処分批判に答える。①


きょう11月4日朝日新聞社説 は、神戸市の「教員間暴力」を取り上げ、「有識者審査会の反対を押し切った処分は危うく、公正の原則を揺るがしかねない」と批判します。
そして、「処分と条例改正について再考するべきだ」と結論付けます。
批判は批判として受け止めたいと思いますが、「再考」の意味が、条例の再改正と加害教員の職務復帰、給与支給再開を意味するとすれば、それはあり得ません。

なぜ、条例改正を急いだのか。
それは、加害教員のおぞましい行為に対する市民の怒りが頂点に達し、給与支給に対する批判が殺到して、とくに教育行政の現場が大混乱に陥ったからです。
教育委員会には抗議の電話が殺到し、通常業務にも大きな支障が出ていました。
市教委の電話がつながらないので、抗議電話は市長部局にもかかってきていました。
このような市民の批判は、理由があるものであったと考えます。

朝日社説は「緊急に職員の出勤を差し止める必要が生じた際の制度について、腰をすえて検討する」ことが「市や議会の役割である」とします。
腰を据えて」じっくり検討し、もしも今回の措置を取っていなければ、現場の混乱は続き、行政サービスの提供に支障が生じる事態に立ち至ったことでしょう。
自治体は、現実と格闘しているのです。

同時に、とにかく事態を乗り切るため、なりふり構わず手続きを進めたわけではありません。
また、Yahooニュース が指摘するように「世論に流され、冷静さを失った」わけでもありません。
公務員の身分保障に関する地方公務員法の規定を読み込み、制定当時の国会審議も調べ、法律と条例の関係も吟味したうえで、条例改正案を立案したつもりです。(つづく


2019年11月1日
から 久元喜造

審査会の判断は受け入れがたい。


昨日、教育委員会は、職員の分限及び懲戒に関する条例の改正規定に基づき、東須磨小学校の加害教員4人に対する分限休職処分を行いました。
これについて、分限懲戒審査会は「本件について、改正条例を適用することは不相当である」と判断しましたが、条例の解釈・運用上極めて疑問であり、到底受け入れがたいものです。

審査会は「起訴される蓋然性が高いとは言えない」あるいは「その蓋然性が非常に低い」ので、「本件について、改正条例を適用することは不相当」としています。
しかしながら、改正条例は「起訴されるおそれがある」ことを分限休職の事由としており、「起訴される蓋然性が高い」ことまで求めてはいません。
本件事案においては、すでに被害者から被害届が警察に提出されており、4人のおぞましい加害行為が被害者の意思に反し、著しい苦痛を与え、被害者に重大な損害を生じさせたことは明らかです。
これらの行為は刑事罰の対象になると考えられ、少なくとも「起訴されるおそれがある」と判断されます。

また審査会は、本件の場合には「懲戒処分として停職や免職を命ずるべき」としますが、分限処分と懲戒処分はその目的、内容、効果を異にしており、同一の事実に対して両方の処分を行うことができるというのは確定した法律解釈です。
今後正確な事実認定に基づき、懲戒処分が行われることを前提として、分限休職処分事由を追加したものであり、懲戒処分を行うべきであるから分限処分を行うことができないものではありません。

加害教員を職務に従事させ、給与を支払うことは、極めて不適当 です。
分限休職処分は、法律論としても間違っておらず、教育委員会の判断を支持します。