久元 喜造ブログ

2013年10月12日
から 久元喜造

野犬の群れに遭遇

明日は、神戸市長選挙の告示。きょうもいろいろなことがありました。
大丸前、三宮センター街での街頭演説。そして、ReKobe 投票率向上プロジェクト 主催の公開討論会・・・・

そんな時間の中で、少年時代の記憶が蘇ってきました。遠い昔の、懐かしく、怖かった光景です。

あれは、確か、鈴蘭台に引っ越したばかりの、昭和39年の秋のことでした。小学校5年生で、神戸電鉄に乗り、湊川の川池小学校に通っていました。

当時、私たち家族は、山を切り開いて造成された小さな団地に住んでいました。
すぐ近くに、団地を見下ろす小高い山があり、その山によく登っていました。弟や友だちと、山の中に秘密の基地をつくったり、カブトムシやクワガタを捕って遊んだものでした。

その山の頂上には、小さな祠があり、祠の横には、大きなアカマツの木がそびえていました。私は、ときどきひとりでこの山の頂上に登って、祠の横に腰を下ろし、自分が住む小さな街を見下ろしたり、空を雲が流れているのを眺めたり、さらに遠くに広がる山々を望んだりするのが好きでした。

ある日、いつものように、祠の横でぼんやりとした時間を過ごしていると、何か不気味な気配がしてきたのです。
祠とアカマツがある、1メートルほど下には、左右に獣道が走り、祠の少し左側で直角に曲がって、麓に下っていました。
不気味な気配は、獣道の右手から漂ってきていました。そして、やがて、何かが、枝や草木を揺らしたり、落ち葉を踏みしめて動いているような音となって近づいてきました。
音が聞こえてくる、獣道の右手の方を見遣ると、それは野犬の群れでした。
野犬の群れが、一列になって近づいて来るのです。
吠えるのでもなく、唸り声を上げるのでもなく、ひたすら、黙々と近づいて来るのです。それが却って恐ろしく、何とも言えない殺気を周囲にまき散らしていました。
もし、見つかったら、かみ殺される、そう思った私は、アカマツの木によじ登ろうとしました。しかし、アカマツには、手の届くところに、登っていけるような枝はありませんでした。
逆方向に逃げると、枯れ草などで音がすることは確実です。ひたすら息を潜め、野犬が通りすぎるのを待つしかありませんでした。

最後の一匹が通り過ぎ、もう戻ってくる気配がなくなるまで、どれだけ長く感じられたことでしょう。
野犬の群れは、10匹どころではなく、20匹以上は確実にいたように思います。ほとんどの野犬が、黒か濃い茶色で、隙間を全くあけることなく、うなり声を上げるでもなく、ひたすら黙々と進んでいくさまは、本当に不気味でした。

助かった、と思って我に返った瞬間、体から力が抜けたように感じたのを覚えています。
私は、長い間、祠の横に寝そべり、雲が流れていくのを見ていました。


2013年10月11日
から 久元喜造

総連合選対総決起集会

神戸市長選挙に向けての、総連合選対総決起集会が、国際会館  で開催されました。
私は、中央区の集いがありましたので、遅れて会場に着いたのですが、ちょうど、海江田民主党代表が挨拶をされていました。

海江田民主党代表には、総決起集会に先立ち、わざわざ私の事務所を訪問いただき、温かい激励のお言葉を頂戴いたしました。
心より、感謝申し上げます。

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国際会館  には、2000名を越えるみなさんにお越しいただきました。3階までほぼ満席になり、力強いエールをいただきました。
私は、
「神戸が、元気で、にぎわいのある都市になるためには、空港、神戸港、都心の再開発、産業振興などはもちろん大事だが、そこで、働く人たちが、医療、健康、福祉、子育て支援、教育などの分野で、ほかの都市と遜色のない行政サービスが受けられるかどうかが大変大事なのではないか」
「このことは、今、神戸市民である皆さんに対する行政サービスを確保するという観点のみならず、神戸に、外から企業やビジネスを展開したいと思っておられる人材に来ていただくという面でも、大事な視点なのではないか」
「そして、このような市民の暮らしの面でも、都市間競争の時代に入っており、神戸は、市民の暮らしの面でも、他都市と遜色のない水準を追い求めていかなければならないのではないか」
といったことを述べさせていただきました。
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たくさんの働くみなさんから、元気をいただくことができた時間でした。
ありがとうございました。

 


2013年10月10日
から 久元喜造

未来都市創造プロジェクトについて

久元きぞうの政策 ― 神戸は「安定した成長軌道」へ ― 」の中で、「神戸未来都市創造プロジェクト」を提案しています。
この「神戸未来都市創造プロジェクト」は、新神戸駅からフラワーロードを南下し、三宮駅周辺を取り込み、元町、旧居留地、元町商店街、さらにはハーバーランドまでをエリアとして、にぎわいづくりを進めるものです。

まず、先導的な取り組みとして、三宮駅周辺の再整備を進めます。三宮駅周辺は、神戸の玄関口にふさわしい風格のある都市空間の形成が必要です。
業務、商業、文化、観光などの機能集積と都心居住をうまく調和させながら、新たな魅力施設を加え、多彩な個性を磨くことにより、都市空間の質を向上させます。
三宮駅は、「神戸の玄関口としてのシンボル性」があり、「賑わいや活力を生み出す空間を形成」することを目指します。また、災害時や非常時における「一時避難可能な滞留機能」も重視します。

また、現在は、阪急からポートライナーへの乗換えが、経路が長いだけでなく、途中に階段があり、バリアフリー化されていないといった課題もあります。そこで、ホーム上空に「共同コンコース」を整備して、JRと阪急、ポートライナーが、上下移動することなく、同じレベルでスムースに乗換えができるようにします。これにより、乗降客が分散し、混雑の解消も図られます。
また、この「共同コンコース」から南北を望めば、海や山を借景とした神戸らしい美しい街なみが眺望できるようになります。

駅周辺はバス停が多く分散しており、わかりにくいです。バス停を駅周辺に集約して、わかりやすく、便利なバスターミナルにします。
駅北側の駅前広場は、現在とても狭いので、再開発事業などを用いて街区を大型化して、新たな駅前広場空間を創出するとともに、歩行者空間も充実させます。

居留地などにおいては、国際色豊かなオープンカフェやバル等を配した通りをつくったり、歴史的建造物やランドマークとなる公共施設などで夜間景観を演出するなどの魅力づくりにも取り組みます。

ウォーターフロントも含めた街なかの移動支援策として、人と環境にやさしいLRT(次世代型路面電車)の検討や、超小型モビリティ(電気自動車)の導入もすすめます。

このように、「神戸未来都市創造プロジェクト」の推進により、自然とまちが一体感を持った神戸らしい都市環境に磨きをかけ、「人が主人公の都市空間」を構築していきたいと思います。


2013年10月9日
から 久元喜造

神戸・福祉のつどい

昨日の10月8日、神戸文化ホールで、「神戸の福祉を進める会」の主催による集いが開催されました。

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神戸の福祉を担っておられる各分野のリーダーのみなさまによる集いでした。
2000名を越えるみなさまにご出席いただき、身に余る光栄でした。

最初に、「神戸の福祉を進める会」の会長で、神戸市私立保育園連盟会長の黒川恭眞先生が、挨拶されました。
その後、矢田立郎神戸市長、大澤和士神戸市会議長、井戸敏三兵庫県知事、盛山正仁衆議院議員より、励ましのお言葉をいただきました。
矢田市長は、若い頃から、福祉に取り組んでこられた想いを、率直に披瀝されました。私は、副市長をしておりましたとき、矢田市長から、ご自身の経験を踏まえた福祉への考え方をお聞きしていましたので、感慨をもって聞かせていただきました。

私は、矢田市長が、いかに神戸の福祉について心を砕いてこられたこと、そして、財政再建に全力を傾注されながら、福祉の分野で進展が見られたことをご紹介し、これまで築かれてきた神戸の福祉を受け継ぎ、さらに発展させていく決意を申し上げました。

会場の 神戸文化ホール には、若い世代にみなさんもたくさん来ていただき、声援を送っていただいたことはありがたかったです。

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たくさんの元気と勇気をいただいた、「神戸の福祉を進める会」による集いでした。


2013年10月8日
から 久元喜造

久元きぞう の政策 ― 神戸は「安定した成長軌道」へ。

10月3日、市役所の記者クラブで、「久元きぞうの政策 ― 神戸は「安定した成長軌道」へ ― 」を発表させていただきました。
このほど、私のウェブサイト に、その全体をアップしましたので、ごらんいただければ幸いです。

項目は、大項目が5項目、中項目が30項目、小項目が85項目、個別施策が372項目です。
かなりボリュームのあるものとなっており、冊子も29ページと大部なものとなりました。
この、「久元きぞう の政策」に対しては、応援をしていただいているみなさまの中からも、個別の内容以前に、「こんな膨大なものをつくって、誰が読むのか?」「こんなものをつくる暇があったら、街頭に立つとか、挨拶回りをすべきではないのか?」といった声が寄せられているのは事実です。

それでも、私は、どうしても、「久元きぞう の政策」をつくりたいと思ってきました。そして、立候補を決意した時期から、さまざまな市民のみなさん、それぞれの分野に通じておられるみなさんのご意見をお聞きし、また、課題や対応策のアイデアを教えていただきながら、この政策を準備してきました。

久元きぞうの政策 ― 神戸は「安定した成長軌道」へ ― 」は、神戸市が担当している行政分野を、できるだけひろくカバーし、網羅することを目標にして作成しました。もちろん、抜けている部分はあるかもしれませんが、神戸市が行っている幅広い行政分野の大部分について、おおむね触れることはできたのではないかと思います。

我が国の地方自治体は、諸外国と比べてみても、ひじょうに幅広い仕事をしています。そして、そのような地方自治体のトップを目指す者は、誰でも、幅広い自治体の仕事全体について、出来る限り、漏れがないように、政策の方向性を示すことが求められていると思います。
得意分野についてだけ、自分の考えを示すのでは不十分です。

是非、「久元きぞう の政策」の政策をお読みいただき、判断の材料にしていただければ幸いです。


2013年10月7日
から 久元喜造

谷垣禎一法務大臣・来神

昨日、10月6日 に続いて、きょうは、谷垣禎一法務大臣が来神され、そごう神戸店、神戸大丸前で、自民党街頭演説会が行われました。
二日も続いて、安倍内閣の要の閣僚が、神戸に来ていただき、私のために、街宣車に乗って応援演説をしていただけるのは、本当にありがたいことです。

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私が、谷垣大臣に初めてお会いしたのは、1987年(昭和62年)秋のことでした。京都府の地方課長に赴任してすぐの頃、丹後の現職の町長さんがお亡くなりになり、お通夜の席で、初めて、谷垣先生にご挨拶させていただきました。
あれから、四半世紀の歳月が流れましたが、谷垣大臣には、これまで、いろいろとご指導をいただいて来ました。

きょうの街頭演説では、私は、梅田をはじめ大阪が大きく変貌していることに触れ、神戸も変わっていかなければ、大阪などとの都市間競争に埋没してしまう、と訴えました。私は、「久元きぞう の政策 ― 神戸は「安定した成長軌道」へ ― 」の中で、三宮駅周辺再開発をはじめとする「未来都市創造プロジェクト」を提案しています。

谷垣大臣は、都市間競争の中における、神戸の都心再生の必要性をお認めになりつつ、東京一極集中を打破していくためには、京都、大阪、神戸の三大都市が、従来以上に連携して、関西が一体となった対応を行っていく必要性を強調されました。

私は、神戸は、神戸のためにのみ存在するのではなく、阪神・淡路大震災を踏まえた災害支援、医療産業都市における最先端医療技術を活用した国際貢献、優れた環境技術を活用した「環境貢献都市」など、ほかの地域に貢献する都市としての神戸をイメージしてきましたが、単に、都市間競争に勝ち抜く、といった視点だけでは不十分であることを、谷垣大臣のお話で、改めて痛感しました。

都市間競争を勝ち抜くことだけを目標にするのは、確かに、狭い視点です。
神戸は、大阪や京都と競い合いながらも、互いに連携・協力し、東京一極集中の弊害に対して、建設的なアプローチができるように対応していかなければなりません。

街宣車の上で、谷垣大臣から、とても大切なものをご教示いただいた想いがいたしました。
本当に、ありがとうございました。

 


2013年10月6日
から 久元喜造

麻生太郎副総理・来神

麻生太郎副総理・財務大臣が来神され、そごう神戸店、神戸大丸前で、自民党街頭演説が行われました。
原吉三県連幹事長・県議が開会の挨拶をされ、関芳弘代議士(兵庫3区)、盛山正仁代議士(兵庫1区)が挨拶をされました。そして、麻生太郎副総理が、約15分、国政の動向についてお話された後、私のことに触れてくださいました。
神戸大丸前では、藤井ひさゆき代議士(兵庫4区)も参加されました。
司会は、橋本健市議が担当されました。
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麻生太郎副総理は、小泉内閣で、2003年(平成15年)9月から2005年(平成17年)10月まで、総務大臣をされました。私は、総務省自治行政局行政課長、大臣官房審議官(地方行政・地方公務員制度、選挙担当)として、麻生総務大臣にお仕えしました。
地方自治制度や住民基本台帳制度について、改革が求められており、法案の準備に追われました。
麻生大臣のお人柄もあり、総務省が一丸となって大臣をお支えしようという雰囲気に満ちていたのを覚えています。

きょうは、安倍内閣の経済政策、とくにデフレ脱却の必要性と対応を中心にお話しされていました。
たいへんな人出で、遠くから手を振っておられるみなさんもたくさんおられました。

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公務、たいへんなご多忙の中、街頭で演説していただきました、麻生副総理に、心より感謝申し上げます。
また、街頭で、お聞きくださいましたみなさまに、御礼を申し上げます。


2013年10月5日
から 久元喜造

女性職員の登用のために

神戸市の女性職員の登用は遅れています。
現在、本庁の局長、また、各区の区長には、女性はひとりもいません。かなり驚くべきことです。
もっと問題だと思うのは、係長試験を受けない女性職員がたくさんいることです。
係長になる女性が少なければ、課長になる女性が少なく、さらに、上の部長、そして、職員にとって最高ポストである局長や区長になる女性が限られてくることは自明です。

どうして、女性職員が係長試験をなかなか受けようとしないのでしょうか。
その原因として考えられるのは、係長という職責と家庭生活の両立を図ることが困難になっていることです。
係長が、部下の一般職員を指導し、監督する一方、自分でこなさなければならない仕事が増えているという話もよく聞きます。係長の仕事が、かなり激務になっていることが考えられます。

係長試験を受験する時期は、女性職員にとり、ちょうど、子育ての時期にあたることが多いと思われます。係長になって妊娠して休業すると、果たして自分の穴が埋められるのかどうか、もし、埋めてもらえないなら、周りにかける迷惑を考えるとたまらない、と悩んでいる職員もいるという話も聞きました。

職員を大幅に削減してきた中では、なかなかたいへんかとは思いますが、子育てをしながら、係長試験に挑戦したり、また、子育てをしながら、係長としての仕事を全うすることが出来るよう、組織全体で支えていくことが大切だと思います。

そのような努力を行った上で、係長と育児などの両立がどうしてもできない事情がある場合には、一時的に担当者に降任し、一定年数後にまた、もとの職位に復帰できる「一時的降任制度」を創設することが考えられないでしょうか。

私が、10月3日に発表した「久元きぞう の政策 ― 神戸は「安定した成長軌道」へ ― 」では、この制度の創出を提案させていただきました。
職員のみなさんと対話しながら、女性のみなさんが、子育てと両立できる働き方をすることができるよう、取り組んでいきます。

 


2013年10月4日
から 久元喜造

役所文書にはカタカナが多すぎる。

やや、個人的な趣味が入るのかもしれませんが、役所の文書には、カタカナが多すぎのではないかと思います。
とくに、国の府省は、カタカナがかなり好きです。カタカナがあふれている文書に出会うことがよくあります。

このような傾向を嫌ったのが、小泉純一郎総理でした。
小泉内閣では、経済財政諮問会議が改革のエンジンと位置づけられ、侃々諤々の議論が行われたのですが、経済財政諮問会議でお墨付きをもらうと、その後の政策展開や予算にも有利になるので、各府省とも、競って、大臣が新規施策の説明をしていました。

あるとき、某省の大臣が、新規の構想を説明したのですが、その資料に、やたらカタカナが多かったのだそうです。
説明が終わって口を開いた小泉総理は、資料の中のカタカナを順番に取り上げ、「これはどういう意味だ?」「日本語で何と言うんだ?」と質問を始めたのだそす。そして、「どうして日本語で言わないんだ」、「どうして、こんなにカタカナばかりを使うんだ?」と、ひどくご機嫌が悪く、結局、時間が来てしまって、中身の議論に入れなかったという話を聞きました。

もっとも、最高権力者からこのように言われても、霞ヶ関の文書は、相変わらずカタカナだらけで、体質の改善には、相当な努力、あるいは、荒療治がいるのかもしれません。

神戸市役所の文書は、どうでしょうか?
別に、カタカナを使っていけないということはありませんが、そのカタカナの意味するところが、市民のみなさんに、すっと理解してもらえる必要があります。少なくとも、改めて説明する必要があるのであれば、そんな言葉を使う必要はないし、むしろ、適当ではないかも知れません。

たとえば、ファシリティマネジメントは、どうでしょうか?
神戸市のホームページ を見ると、「最適な日常管理」「最適な保全整備」「最適な資産管理」から成り、それなりに、内容のある言葉のようですが、市民のみなさんにとってわかりやすいかどうかは疑問です。
「施設をしっかりと点検し、維持・補修して、神戸市の資産を最適の状態に保ちます」と説明してはいけないのでしょうか。

デザインクリエイティブセンター という名称も、あまり市民の間に定着しているとは言えません。
いったんつけた名前は、そう簡単に変更する必要もないと思いますが(2013年7月12日のブログ)、最初に、施設の名称をつけるときは、ふつうに口に出せるような言葉にしたいものです。


2013年10月3日
から 久元喜造

政党と地方自治

きょう、市役所の記者クラブで、「久元きぞうの政策 ― 神戸は「安定した成長軌道」へ ― 」を発表させていただきました。
記者のみなさんからの質問の中で、相乗り批判に関することがありました。
私が、自民党、民主党、公明党の推薦をいただいていることに対する批判のようです。

市長を目指す候補予定者が、複数の政党の推薦を受けることは、悪いことなのでしょうか。
私は、そうは思いません。なぜなら、地方自治の世界においても、政党は、積極的な役割を果たしていくことが期待されているからです。

政党は、その組織を通じて、また、所属する議員を通じて、さまざまな民意を汲み取ります。そして、国民・住民の声を、国政や地方政治に反映させます。
また、政党は、吸収した民意をもとにさまざまな政策を立案し、体系化し、政党としての理念に基づき、国民・住民に提示して、民意に基づく政策をつくりあげるという役割を期待されています。
さらに、政党は、政治に関わる人材をリクルートし、国政や地方政治を担う人材を育成することが期待されています。日本の政治を引っ張っていくリーダーを養成することは、政党の大きな役割です。

地方自治は、民主主義を不可欠の内容として含みますが、民主主義を支える政党が、地方自治の世界においても、大きな役割を期待されることは、当然のことです。

ときどき、「市民党」とか「県民党」とかを標榜し、政党から距離を置くことが、あたかも地方自治に即しているかのような主張をされる候補者がおられます。
私は、このような主張は無内容であり、民主主義を正しく体現しているとは言えないと思います。
政党を超越したところに地方自治が成立すると考えるのは、一種の超然主義であり、現代の地方自治とは相容れません。

選挙で勝利するためには、一定の支持勢力の存在を必要としますが、政党を遠ざけ、政党の外に形成された支持勢力のみに支えられた候補が当選すると、一種の取り巻き勢力が生まれ、一部の人々が牛耳る、不明朗な自治体運営に傾くおそれがあります。現に、私は、そのような例を、これまで見てきました。

地方自治のリーダーは、やはり、幅広い住民のみなさんの支持を得て、その支持を基盤として、安定した政治行動を行うことが期待されていると思います。