久元 喜造ブログ

2024年11月9日
から 久元喜造

山内マリコ『マリリン・トールド・ミー』


神戸の中心街・栄町通りを一本南に入った通りのビルの5階に、書店「1003 -センサン-」があります。
明るい雰囲気のこじんまりした書店です。
古書のほかに新刊もあり、店主の独自の視点で書籍が選択されていることが分かります。
平積みになっている新刊書の中に本書を見つけました。
帯にはこうあります。
「友達なし、恋人なし、お金なし。
コロナ禍で家から出られない一人暮らしの大学生・瀬戸杏奈。
ある晩、彼女に伝説のハリウッドスターから電話がかかってきて――!?。」

自分には向いていないような気もしましたが、これまで読んだ山内マリコさんの小説はどれも面白かったので、買って読み始めました。
シングルマザーに育てられた瀬戸杏奈が主人公。
お互いを思い遣る親子の会話には、じんと来ます。
コロナ禍の中での孤独と不安。
3年生になってやっと教室での授業が始まり、彼女は、ジェンダー社会論Ⅳ・松島ゼミに参加します。
マリリンとの電話で彼女の素顔の一端に触れた瀬戸杏奈は、ゼミ生たちと次第に自信を持って議論を交わすようになります。
松島ゼミでのやり取りは、いろいろな意味で興味深かったです。
そして卒業論文「セックス・シンボルからフェミニスト・アイコンへ マリリン・モンローの闘い」を書き上げます。

就活全滅の彼女が着目したのは、ワーキングホリデーでした。
ワーホリ発信型YouTuberを貪り見た彼女は、ママから背中を押してもらい、オーストラリアへと旅立ちます。
2024年・春、瀬戸杏奈は、豪州の農場にいました。
豪州で苦労する日本の若者の情報に接していたこともあり(2024年8月16日のブログ)、豪州での彼女の平安を祈りながら読了しました。


2024年11月1日
から 久元喜造

神戸市広報紙「都心・三宮再整備」


振り返れば、2013年10月、私にとり最初の神戸市長選挙で、都心の再生と三宮再整備を公約に掲げました。
市長に就任してすぐに作業に着手し、市民のみなさんと対話フォーラムを開催するとともに、神戸の都心の「未来の姿」検討委員会で議論を開始しました。
このような経過を経て、2015年9月、「神戸の都心の未来の姿・将来ビジョン」三宮周辺地区の「再整備基本構想」を策定しました。
神戸の玄関口である三宮を見違えるような駅前にしたい、そして三宮、ウォーターフロントを含む都心を、神戸の歴史を大切にしながら活性化したいという思いからでした。
三宮の駅前には、大阪の梅田周辺のような広大な未利用地はなく、一つひとつの施設を動かしながら再開発する手法を取る必要があり、初めから時間がかかることは覚悟の上でのスタートでした。

9年余りの歳月が流れ、今月号の神戸市広報紙では都心・三宮再整備の特集が組まれています。
かなり再整備の姿が見えてきました。
2021年月には、神戸三宮阪急ビルとサンキタ広場が開業し、サンキタ通りも昭和レトロの雰囲気を残しながらリニューアルされました。
2022年には、ビジネス街にある磯上公園内に磯上体育館がオープン、2023年には、東遊園地も見違えるように再整備されました。
今後も再整備の工事が続きます。
2027年には、西日本最大級のバスターミナル、大ホール、三宮図書館などが入る雲井通5丁目開発事業が完成する予定で、翌2028年には、神戸市役所本庁舎2号館再整備事業、さらに翌2029年には、JR三ノ宮新駅ビルの完成と続きます。
ほぼ予定どおり進んでおり、関係者のみなさんに感謝申し上げます。


2024年10月24日
から 久元喜造

岩尾俊平『世界は経営でできている』


よく売れている新書だそうです。
目次を開くと、「〇〇は経営からできている」の〇〇に、日常、貧乏、家庭、恋愛、勉強、虚栄、心労、就活、仕事、憤怒、健康、孤独、 老後、芸術、科学、歴史、人生の17の文字が入ります。
要するに、どんなことでも「経営」という言葉で説明できるということなのでしょう。
それでは著者が言う「経営」とは、何なのか。
冒頭、「ここでいう経営はいわゆる企業経営やお金儲けを指していない」と断りを入れ、「この本は経営概念そのものを変化させる書であり、日常に潜む経営がもたらす悲喜劇の博物誌でもある」と宣言されます。
「経営」をキーワードに、「不条理と不合理」から抜け出すヒントを読者に与えてくれる本なのだと、勝手に理解して読み始めました。

よく引用されているのは、「組織の上層部は無能だらけになる」理由です。
現代の官僚制組織においては、「複数の職階において求められる能力はそれぞれ異な」ります。
すると、「特定の職階では優秀だったが次の職階では優秀でない人」が多数いることになり、「さらに上位の職階に進まずに適性のない職階にとどまることにな」るのです。

日はまた暮れる:すべての人が、知らず知らずのうちに無意味な仕事を作る」も面白かったです。
激安品を血眼になって探す時間分の給料の方が、激安品によって節約される経費よりも高いと。
確かに。
私も、ある自治体で予算査定に関わったとき、年末の日曜日に、報酬単価の庁内バランスについて延々と議論が行われていたことがありました。
その議論の結果、査定によって削減されたのは、72万円。
全員の給料と時間外勤務手当の方が多いかもしれない、と内心呟いたのでした。


2024年10月18日
から 久元喜造

松永K三蔵『バリ山行』


文藝春秋9月特別号に収められていた芥川賞受賞作、松永K三蔵『バリ山行』を読みました。
建物の外装修繕を専門とする会社に転職して2年の30代男性社員、波多が主人公です。
飲み会など会社の付き合いを極力避けてきた波多でしたが、同僚に誘われるまま六甲山登山に参加します。
社内登山グループは正式な登山部となり、波多もウェアや道具に凝り始め、登山に熱を入れ始めます。
そこに、職人気質で職場で孤立している妻鹿が参加します。
妻鹿は、あえて登山路を外れる難易度の高いルートを選びます。
抜け道の場所やその地形を熟知しているのか、微かな踏み跡から入って藪の径を辿り、手品のようにまた登山道に抜けてみせるのでした。

波多はやがて妻鹿に付き従い、「バリ山行」にのめり込むようになります。
「バリ山行」-「通常の登山道でない道を行く。破線ルートと呼ばれる熟練者向きの難易度の高いルートや廃道」を辿る登山です。
「切り立った岩場。・・・水の流れる岩に取り付き、僅かな窪みに足先を掛けて伸びあがる。両手で樹の幹に掴まりながらスパイクで土を削って斜面を攀じ登る」。
「激しく水の落ちる音。やがて峪の先に水を散らして落下する大滝が現れ」ます。
西山大滝です。
落下の危険に何度も遭遇し、上等の登山服がボロボロになるまで「バリ山行」に挑んだ主人公がたどり着いた境地とは・・・

六甲山中が舞台と言っても良い小説です。
六甲山中には自分が知らない荒々しい世界があると、何となく想像していましたが、読み進むにつれ、未知の世界がリアルな光景として次々に現れ出てきます。
物凄い迫力です。
改めて、神戸の山が秘めている魅力とパワーに近づくことができた読書体験でした。


2024年10月9日
から 久元喜造

『光と風と夢 街角の記憶を歩く』


帯に、「兵庫県内の失われた「時」を求めて」とあります。
海港都市、旧軍都、城下町、温泉街、工場地帯、人工島、そしてサバービア(郊外の光と影)・・・
文は、樋口大祐さんと加藤正文さん、写真は、三津山朋彦氏です。
県内各地の過去と今が、美しい文章と写真で描かれます。

栄町通、新港地区、三宮・元町界隈など神戸の風景も数多く登場します。
それらの中で、とりわけ印象に残ったのは、神戸駅の夜の光景。
「夢の終点と起点」と名付けられた樋口さんの文章でした。
「宵の時分、神戸駅の山側広場を湊川神社方面に歩いてから駅舎をふり向くと、鉄筋コンクリートタイル張りの正面玄関の上に、ライトアップされた窓や時計、KOBE STATIONの文字のプレートなどが視界に飛び込んでくる」。
「闇の中に浮かび出た蜃気楼のよう」に「不思議な印象は、幾重にも修羅をくぐり抜けてきた神戸の近代史の不思議さと通じているのかもしれない」。
明治政府は、大阪・神戸間の終着駅をこの地につくり、北に隣接する楠木正成の墓碑跡に、湊川神社を創建しました。
やがて多聞通が開通し、神社正面から駅に至る街路には大黒座などの芝居小屋が立地し、明治期の神戸芸能の揺籃をなすようになったことを、本書で初めて知りました。
神戸駅は、人々の別れや悲しみの場所でもありました。

私が子供の頃、神戸駅界隈には沢山のお店があり、とても賑わっていました。
今年、神戸・大阪間の鉄道開設150年記念行事がJR西日本さんの主催で行われたとき、お祝いの挨拶の中で、少しだけ当時の記憶に触れました。
神戸駅が歩んできた歴史を大切にしながら、神戸駅前の再整備に取り組んでいきたいと考えています。

 


2024年10月3日
から 久元喜造

宇野重規『実験の民主主義』


新しい時代には、新しい政治学が必要である」。
トクヴィルのこの言葉から始まります。
アメリカのデモクラシー』は以前に読んだことがあり(2016年6月12日のブログ)」、ある種の親近感を持ちながら読み始めました。
本書では、民主主義の考察に関する関心が選挙に向かいがちであるとの反省に立ち、「あえて行政権、あるいは執行権における民主主義の可能性について踏み込んで論じ」られます。
選挙で選ばれ、行政権の一翼を担っている自分にとり、とても興味のある視点です。

「第3章 行政府を民主化する」は、とても新鮮な内容を含んでおり、「官僚や公務員を人間に戻す」という指摘にはとりわけ共感を覚えました。
トクヴィルが感銘を受けた米国のタウンシップでは、普通の市民が「自由に援け合い」ながら、自分たちの課題を解決しようとしていました。
本書は、このようなありようを現代において再現できるかと問いかけ、DXを有効に活用し、公務員がファシリテーターとして直接つながる方向性を提示します。
神戸市が数年前から試みている「地域貢献応援制度」は、職員のみなさんに地域社会の中で市民として活動し、そこから得られる経験を職員としての仕事に反映してもらうことを狙いとしています。
それぞれの行政分野のプロである神戸市職員が、普通の市民としての経験を積み、市民のためにより良い仕事をしてほしいという願いを込めています。

民主主義に到達点はなく、日々進歩するテクノロジーを活用しながら、さまざまな「実験」を通じて進化していく営みであることを再認識することができました。
「実験」の舞台として、神戸市のような基礎自治体が最適であることは確かです。


2024年9月27日
から 久元喜造

フカの刺身


ときどき行く、水道筋商店街・中央市場の魚やさんで、何種類かの刺身の中に「フカの刺身」が目に留まりました。
フカの刺身は初めてだったので、購入し、夜にいただきました。
フカは、関西の言葉でサメのことで、明石や淡路島など瀬戸内海では普通に獲れるようです。
食卓に上がることはまずありませんし、飲食店で出されたこともなかったので、どんな味か未知の世界でしたが、正直、美味しかったです。
味はそんなにはありませんでしたが、食感はコリコリしていて、日本酒にとても合いました。

このお店では、以前、法螺貝ニシガイの刺身があり、両方を購入しました。
半分ずつ刺身で食べ、残りは、オリーブオイルと塩、胡椒、白ワインで味付けし、白ワインと一緒にいただきました。
両方とも、とても美味しかったです。
法螺貝とニシガイの刺身を味比べしていただくことができるのは、最高の幸せです。
神戸では、このように、海の幸がとても豊富です。
東京の友だちが神戸に来たとき、楽しみにしているのが、デパ地下です。
新鮮な魚介類がとても安く手に入ります。
もちろん、商店街にはデパ地下にはない魚があります。
先日、東山商店街を紹介したら、魚やさん巡りをし、あまりの種類の多さに興奮していました。

数多くの種類が生息する瀬戸内ですが、食習慣の違いせいか、フカのように食卓に上らない魚があります。
チヌ(黒鯛)は美味しい魚ですが、関西ではあまり食されておらず、神戸市の経済観光局が関係者と相談しながら、普及の取組みを進めています。
チヌやエイは、ノリを好んで食べ、神戸でも問題になっているので、食用として活用されることは、食害防止の観点からも意義があります。


2024年9月21日
から 久元喜造

佐藤卓己『言論統制』増補版


佐藤卓己言論統制』(2004年刊行)は、私にとり鮮烈な読書体験でした。((2015年9月6日のブログ)
それまで自分の中にあった戦前・戦中の統制社会が一変するような内容を、数多く含んでいたからです。
軍部の検閲を受けた文学者、芸術家、知識人、出版関係者は、戦後、検閲を行った側を厳しく糾弾してきました。
彼らの批判が集中した対象は、陸軍情報官・鈴木庫三でした。
鈴木少佐の名前は、中央公論社、岩波書店、講談社、実業之日本社などの出版社の社史にすべて登場し、「鈴木庫三」の名前は、言論弾圧の代名詞のように使われてきました。
「サーベルと日本精神をふりまわ」す、粗野で無教養な軍人として描かれてきたのです。

旧版の冒頭で、著者は「鈴木庫三が残した手稿や日記を読み終えた今、私の印象はほとんど一変した」と記します。
そして、貧農の家に生まれ、苦学して陸軍士官学校に入校して将校となり、東京帝大で倫理学と教育学を修め、教育将校として頭角を現していく過程を丹念に追います。
寸暇を惜しんで読書と研究に明け暮れる、勤勉で知的な人物像が明らかになっていきます。

旧版でも上記の出版社のほか朝日新聞社との折衝過程が記されていましたが、増補版では新たに発掘された資料をもとに、雑誌関係者が「鈴木詣で」を繰り返した背景や実情が詳しく記されています。
それは、用紙配分をめぐる争奪戦でもあり、世界観の相克でもありました。
増補版では、「昭和維新」をめざす軍人たちの動きの中で、鈴木がどのように関わったのかが、新資料をもとに追加されています。
めまぐるしい動きの中で、鈴木は「思想戦」の重要性を認識し、著作の執筆と宣伝に邁進していきました。


2024年9月15日
から 久元喜造

ロバーツ『スターリンの図書室』


「血まみれの暴君は、「本の虫」でもあった」
アイルランドの歴史家で伝記作家、ジェフリー・ロバーツによる異色の伝記です。
スターリンはどんな本を読んだのか、どのような感想を抱いたのか。
スターリンは、読んだ本の多くに書き込みを行い、膨大な記録が残されました。
著者は、それらを調査・分析し、スターリンの思想や思考方法に迫ろうとします。

スターリンはレーニンを崇拝し、その著作を数百点も所蔵していました。
レーニン、そしてマルクス、エンゲルスの著作に関する書き込みからは、スターリンが最期の日まで、この3人の著作を読み続けたことが分かります。
スターリンは、かつての同志でライバルであり、失脚させ、メキシコまで追いつめて暗殺した政敵トロツキーの著作も熱心に読み、賛辞を示したり、下線を引いたりしています。

スターリンが熱心に読んだと思われるのは、ドイツの鉄血宰相ビスマルクの著作でした。
ビスマルクの回想録第1巻を読み、余白には、第2巻もロシア語に訳し、第1巻とともに出版する指示を書き込んでいます。
外交に関する著作も数多く読んでいます。
マキアヴェッリの『君主論』も所蔵し、「びっしり書き込みが残」っていたという証言もあります。

スターリンは、文学にも親しんでいました。
旧ソ連で外相などを務めたグロムイコは、次のように回想しています。
「ロシアの古典について博識だった。特にゴーゴリ、サルトィコフに詳しかった」
「私が知る限り、シェイクスピア、ハイネ、バルザック、ユーゴーも読んでいた」

スターリンはコピーライターを置かず、演説などの原稿はすべて自身で書いたそうです。
文筆家としての素養は、読書によって培われたと思われます。


2024年9月7日
から 久元喜造

NHK取材班『人口減少時代の再開発』


人口減少が加速する中、全国の都市で再開発が進められています。
本書では、NHK記者のみなさんの取材をもとに、各地の再開発の状況が報告されます。
開発ラッシュが続く、東京の秋葉原、福岡、東京の郊外・葛飾区立石のいま、そして、北陸新幹線の開業に沸く福井市駅前の再開発の光と影。
地方から羨望の的である東京・湾岸エリアの再開発エリアでは、空室率が高止まりしているという意外な実情が紹介されます。
東京では、オフィスやマンションなどの床が供給され続けていますが、人口減少が加速する中で、これまでのように床が埋まるかどうかは見通せないと言います。

一方、住民目線を大事にしながら、じっくりと将来を見据えて進められる再開発の事例が紹介されます。
東京・下北沢は、私も学生時代から知っていますが、「開かずの踏切」を解消するための再開発に小田急電鉄が主体的に関わり、半世紀以上の時間をかけて練り上げられていきました。
高層ビルを建てるのではなく、緑豊かな「下北線路街」が出来上がりました。

最後に取り上げられるのは、神戸の街づくりです。
神戸市の”タワマン規制”が、「異例の施策」として紹介されていました。
私は、神戸に限らず、ほとんどの都市で人口増加に転じる可能性がない中で、タワマンをつくり続けることへの疑問を語りました。
数十年にわたりニュータウンを開発してきた神戸では、交通ネットワークを活用し、郊外の拠点駅を再開発しています。
タワマンの問題点を直視しながら、長い目で見たバランスの取れた街づくりに挑戦しています。
来年は、震災から30年を迎えます。
神戸市は、災害に強い、持続可能な街づくりに取り組んでいきます。