久元 喜造ブログ

2025年3月29日
から 久元喜造

竹内謙礼『翔んだ!さいたま市の大逆転』


さいたま市清水勇人市長が神戸にお越しになったときに頂戴し、拝読しました。
清水市長は私より市長として先輩で、たいへんお世話になっています。
本書では、「住みたい街」としても評価の高いさいたま市の施策が、さまざまな角度から取り上げられています。
2022年度のさいたま市の0~14歳の転入超過数は、全国の自治体の中でトップでした。
子育て世帯がどのような理由で住む場所を選ぶのかについては、よく庁内でも議論になるのですが、地価や家賃、交通の利便性などが大きな要因であることは確かです。
同時に、子育て支援策も大事な要因と考えられ、基礎自治体が給付や負担軽減ばかりではなく、子育て世帯に歓迎されるような政策を競い合うことは意味があると常々感じています。

本書で目を引いたのは、「働きながら幼稚園!?」の見出しで紹介されている「子育て支援型幼稚園」でした。
8時間以上の開園で、夏休みなどの長期休業中も幼稚園に子供を預けることができる施策です。
さいたま市民で一定の要件を満たせば、このサービスを無料で利用することができます。
また、「子育て支援センター」で行われている「パパサンデー」は、少しでも男性に子育てに参加してもらうことを目的として実施されています。
このほかにも、さいたま市では父親参加型プログラムが多数用意されているようで、とても参考になります。

さいたま市は、旧浦和市・大宮市・与野市が合併してできた市で、2003年に指定都市となりました。
合併に伴うご苦労も多かったと思いますが、今、清水市長のリーダーシップにより、充実した政策が展開され、大都市として成長されていることに敬意を表したいと思います。


2025年3月21日
から 久元喜造

京都には修学旅行に行けない!?


3月16日の産経新聞に、「修学旅行 京都離れ」の見出しで、修学旅行の異変についての記事が掲載されていました。
インバウンド(訪日外国人)の急増や旅行費の高騰などを受けて、行先を変更する学校が出始めているというのです。
高知市の中学校では、前年、班活動で京都市内の清水寺や仁和寺といった歴史的名所を回ったところ、乗車予定のバスに人があふれ、バスの到着が遅れたり、乗り損ねたりする生徒が相次いだそうです。
校長先生は、「混雑が激しく訪問先を断念することもあり、教育的効果が見込めない」と判断し、名古屋市周辺に変更したと話していました。

京都は、以前から修学旅行先として人気です。
日本修学旅行協会(東京)の教育旅行年報「データブック2024」によると、令和5年度に全国の中学校の修学旅行訪問先で最も多かったのが京都(24.2%)で、奈良(18.7%)、東京(8.7%)、大阪(8.7%)と続きます。
従来の見学型から体験型の学びへと見直す動きもあるようですから、神戸観光局において、人と未来防災センターなどで震災の記録に触れ、防災学習ができるような神戸への修学旅行の誘致にさらに力を入れていただきたいと思います。
その上で、日本の子供たちがインバウンドの激増により修学旅行で京都に行きにくくなっている現状には疑問を覚えます。
京都の豊かな歴史遺産を間近に見て、我が国の悠久の歴史に触れることは、とても意義があります。
インバウンドは確かに経済効果を地元にもたらしますが、日本人の旅行のありようにも影響を及ぼします。
子どもたちを含め、日本人が日本の歴史に触れる機会が減っている現状には、複雑な想いを抱きます。


2025年3月15日
から 久元喜造

高橋義彦『ウィーン1938年 最後の日々』


1938年、ナチス・ドイツはオーストリアを併合しました。(Anschluss)
本書は、1938年2月12日に行われたオーストリア首相シュシュニクとヒトラーとの会談に始まり、ドイツ軍のオーストリアへの武力侵攻、4月10日の国民投票における圧倒的多数での承認、そして併合後の日々が取り上げられます。
政治家・軍人・官僚・音楽家・作家・精神分析医・学者などさまざまな人々の苦悩に満ちた日々が、互いに関連づけながら描かれます。

ウィーンは、さまざまな分野の芸術家が活躍する芸術都市でした。
苦悩するシュシュニクの慰めは、友人である詩人のフランツ・ウェルフェルにゲーテの詩を朗読してもらうことでした。
ヴェルフェルのパートナーは、作曲家グスタフ・マーラーの未亡人、アルマ・マーラー。
アルマが主宰していたサロンには、シュシュニクなど政財界の要人、指揮者のブルーノ・ワルターなど数多くの芸術家が集っていました。
併合により、ユダヤ系のフランツには危機が迫ります。
彼は逗留先の国外に留まり、ウィーンに戻ったアルマも機転を利かせてウィーンを脱出しました。
ナチスが真っ先に焚書の対象としたジークムント・フロイトとその一家も、辛うじてウィーンを脱出することができました。

ヒトラーを歓呼で迎えたウィーンでは、国内に留まったユダヤ人への迫害が始まります。
街頭でのむき出しの暴力には、長年、ユダヤ人など他民族とともに暮らしてきた「普通の」オーストリア人たちが関わりました。
そしてユダヤ人は、次々に強制収容所に送られました。

「終章 それぞれの1945年」
シュシュニクは、戦後米国で国際法を教え、晩年はチロルで過ごしました。


2025年3月7日
から 久元喜造

猪俣哲史『グローバル・バリューチェーンの地政学』


グローバル・バリューチェーン(GVC)については、コロナ禍の時期によく使われていたので言葉としては知っていましたが、本書でその意味をある程度理解することが出来ました。
生産工程が細かく切り分けられ、業務が最も効率よく行われる国に各工程が移転されるようになると、資産や雇用機会、テクノロジーといった<経済的価値>をめぐる国際的なパワーゲームが繰り広げられる段階に入ります。
国家は、このパワーゲームに主体的に関わります。
著者は、「GVCが国家間のパワーバランスを動かす戦略次元の一つを構成するようになった」という認識に立ち、GVCこそが中国経済の変化を極限まで加速させたと考えます。
新興大国・中国による「追う者の驕り」と覇権国・米国による「追われる者の恐怖」という集団心理の交差が、国際関係に破壊的なリスクをもたらすようになりました(アリソン)。
その上で考察されるのが、米中デカップリングの推移とその政治的・経済的含意です。
「デカップリング(分断)」とは、財やサービスの流れを政策的に操作することで、地政学的「懸念国」からの影響を軽減するありようです。
著者は、その政策ツールを具体的に紹介します。
米中デカップリングがこのまま進んでいくと、両陣営とも経済への深刻なダメージを受けるとされます。

本書が刊行されたのは2023年6月、バイデン政権下でした。
2025年1月の第2期トランプ政権の対中戦略を占う上で、本書の分析は参考になると思われます。
国際情勢や国際経済に疎い自分が本書を十分理解できたわけではありませんが、今後予想される激動の中で生起するであろう事象を読み解く視座を提供してくれたように感じました。


2025年3月1日
から 久元喜造

神戸の街の再生(つづき)

令和7年度神戸市予算の柱は、持続可能な形での「神戸の街の再生」です。
都心の再生」、「既成市街地・ニュータウンの再生」、「森林・里山の再生」を一体的にすすめることとし、新しい施策も数多く盛り込んでいます。

都心の再生」は、ほぼ計画どおり進捗しており、三宮、ウォーターフロントにおいて姿を現し始めています。
既成市街地・ニュータウンの再生」は、西神中央、名谷、垂水などの駅前リノベーションが進められており、駅前が次々に変わってきています。
高齢化や人口減少が進んでいるニュータウンの活性化にはさらに力を入れていく必要があり、現在策定中の基本計画の中において具体化を図ります。

森林・里山の再生」は、ここ数年、個別の施策をスタートさせており、いよいよ神戸市の重要政策として、強力に、そして体系的に進めようとするものです。
神戸は、都心に近接した海と山、先人たちから受け継いだ豊かな里山を有しています。
これらの自然環境は、神戸の大きな財産です。
一方、世界的な潮流として、政府・企業・財団や国際機関が森林の保全・再生に力を入れ、大規模な投資を行うようになっています。
神戸の強みを活かした森林の再生は、このような潮流に沿うものであり、グローバル社会の中でブランド価値を獲得できると考えます。
黒田慶子副市⾧をトップとする推進本部を設置し、市民、企業、NPO、大学など多様な主体との協働を積極的に進めていきます。
たくさんのみなさんの参画を得て、暗い森に手を入れて明るい森とし、広葉樹林の木材活用を進めます。
生物多様性の回復にもつながることでしょう。
山の樹木を都心部に移植するなど、街なかの緑と木陰を増やします。


2025年2月28日
から 久元喜造

神戸の街の再生


令和7年度神戸市当初予算の目指す基本的方向は、「神戸の街の再生」です。
これまでの神戸の街づくりを踏まえた上で、持続可能な大都市経営を目指した政策展開です。

かつて神戸市は、山を削って海を埋め立て、ポートアイランド、六甲アイランドを創り、郊外には産業団地やニュータウンを造成していきました。
「山、海へ行く」の開発手法は、「株式会社・神戸市」としてその名が轟きました。
しかしこの開発手法は、いずれ終焉を迎えることが宿命づけられており、震災前の1990年前後には、限界を迎えていたと想像します。
そして神戸の街を、あの地震が襲いました。

震災後の神戸市政は、災害応急対策、震災復旧・復興に全力を注ぎました。
国の財政措置顔が不十分な中、巨額の市債の償還は神戸市の財政力を超え、矢田立郎市長の断固たる決意の下、行財政改革が進められました。
この結果、財政状況は改善していきました。
実質公債費比率、将来負担比率とも、近年は良好な水準で推移しています。

財政対応力が回復した神戸市は、新しい視点で大都市としての発展を期することにしました。
都心・三宮再整備、ウォーターフロントの活性化、郊外の駅周辺のリノベーションなどをスタートさせました。
これらの取り組みが、いま姿を現しつつあります。

今年の4月、神戸空港は、国際空港となります。(2024年12月7日のブログ
神戸空港の国際化により、神戸は、陸・海・空の要衝としての地位を確固たるものとし、飛躍的な発展に向けた可能性を手にすることができました。
この可能性を現実のものとし、かつての姿とは異なる、新しい国際都市として神戸を蘇らせ、再生させることが求められています。(つづく


2025年2月22日
から 久元喜造

エンデ『鏡の中の鏡』


岩波現代文庫(丘沢静也訳)で読みました。
30の短編が収められています。
出版元の岩波書店のウェブサイトには、「ひとつずつ順番に,前の話を鏡のように映し出し,最後の話が最初の話へとつながっていく」とありましたが、短編同士のつながりは、理解できませんでした。
それぞれの物語も、幸福感のあるファンタジーではなく、不気味な、まるで悪夢のような世界が次々に現れます。
ほとんど、意味が分かりませんでした。
そこで、たまたまどこかの書店で目にした絵本のことを想い出し、ネットで購入しました。
絵本画家・junaida(ジュナイダ)による『EDNE』(白泉社)です。


どの絵も合わせ鏡で描かれていて、不思議な迷宮の世界に連れて行ってくれます。

最後のお話、第30話では、冬の夕暮れ、雪におおわれた境界(はてし)ない平原の真ん中に、廃墟の残骸がそびえ立ち、扉がひとつ付いています。

この扉の中に入り、帰ってきた者はいません。
若い闘牛士が王女に促され、扉を通り抜けます。
王女はこう呟くのでした。
「私は、この扉のむこうにいる弟のことを考えていた。かわいそうな弟ホルのことを」
彼女は、向きをかえて立ち去りながら、もう一度つぶやきます。
「かわいそうな、かわいそうなホル」

第1話の主人公は、ホル。
ホルは、からっぽの巨大な建物に住んでいて、そこでは、声に出された言葉は、ほとんど終わるこのない、こだまとなるのです。
絵本には、こう記されています。

Why go through this door.
When, and from which side.
And, who is that actually walks inside.


2025年2月14日
から 久元喜造

楡の町ーーー百田宗治


書棚を整理しているとき、たまたまこの詩集を見つけました。
ずいぶん久しぶりに、開きました。
高校2年のとき、おそらく元町の海文堂で購入したと思われます。
詩集の中に、「楡の町」がありました。
小学生の5年生か6年生のとき、教科書に載っていた詩です。
私は、この詩がとても好きでした。

見渡すかぎりのささ原や、沼や、湿地や、林の中に
高いにれの木が一本あった。
春になると、芽をふいた。
・・・・・・
広い原っぱの西の方には
まるい山や、三角形の山がいくつもかさなり、
その向こうから、原っぱの真ん中をつっきって、
川がひとすじ東北の方角へ流れていた。
夜になると、きつねが鳴いた。
山のかげがくろぐろとせまった。
寒い、お月さまもこおりそうな冬の晩に、
その山の上でおおかみもほえたかもしれぬ。
・・・・・・
――そして、ある冬の寒い日、
にれの木ははじめて自分の方に近づいてくる
見なれぬ人間たちの姿を見た。
いちめんの根雪の上に、
まだ白い粉雪が降り積っていた。
人びとは武者ばかまの上に
陣ばおりのような外とうをかさね、
腰にはみんなまだ刀をさしていた。
・・・・・・
にれの木はなにもかも知っていた。
にれの木はなにもかも見ていた。
――しかし気のついたとき、
うさぎ、りすはもう自分のそばにはいなかった。
きつねの鳴き声も聞えなくなった。
にれの木は自分だけを道ばたにのこして
りっぱなコンクリートの道路が
まっすぐ走っているのを見た。
・・・・・・
北海道の札幌の町がこうしてできた

月が輝く山の上で吠えるオオカミの姿を、小学生の私は想像しました。
大人になって、札幌で仕事をしていたとき、知らず知らず、「楡の町」の一節を口遊んでいたのを思い起こします。


2025年2月8日
から 久元喜造

西桂『兵庫の庭園ものがたり』

神戸新聞の書評で本書を知り、興味深く読みました
著者は日本庭園史家の西桂先生で、神戸市文化財保護審議会の副会長なども歴任されています。

冒頭、写真で紹介されるのは、西区伊川谷・太山寺の安養寺庭園です。
神戸市内をはじめ、兵庫県内各地の庭園が取り上げられています。
さまざまな庭園が、築かれた時代や背景、現代までの変遷とともに紹介されています。
幕末から近代にかけては煎茶道が隆盛した時代で、庭園は「自然の中で茶を煮る」煎茶の空間に近かったとされます。
明治維新になると大名庭園は衰退し、政財界の指導者たちが庭園を営みます。
そこでは、「文人煎茶の庭」の要素と「抹茶の空間」が融合していきました。
このような「煎茶的意匠」を持った庭園の代表が、垂水区の旧木下家住宅です。
北側の中庭は茶庭風の和風庭園で、四畳半茶室「青松庵」に付随しています。
改めて、旧木下家住宅を訪れてみたいと思いました。

一方、本書では「崩壊の危機に瀕する名園」という見出しで、人が住まなくなり、荒れ果てている庭園が見られるようになっていることも報告されています。
そのような事例として、但馬地方に現存する飛蚊泉庭園と古茂池庵庭園があり、著者もその再生に尽力されているようですが、継続的な取り組みには困難を伴うようです。
とても残念なことです。
県内における地域の衰退が、文化遺産の保全にも影響を与えていると危惧されます。
神戸市内では、北区の淡河宿本陣跡が長い間荒れ果てていましたが、神戸市の支援もあり、地元のみなさんの手によって再生されました。
庭園も見事に蘇りました。(2017年6月17日のブログ
こうした努力を今後とも続けていきたいと思います。

 


2025年2月2日
から 久元喜造

野澤千絵『2030-2040年 日本の土地と住宅』


都市部では不動産価格が高騰し、住宅は入手困難になっています。
東京23区の2023年新築マンションの平均価格は、1億1,483万円になりました。
これでは、パワーカップルでも手が出ません。
マンションの高騰は、東京のみならず、大都市のほか中小都市でも見られます。
都心では新築マンションの価格高騰を背景に、中古マンションや新築・中古戸建住宅の価格も上昇しています。
著者は、その要因の一つに、市街地再開発事業の多用を挙げます。
市街地再開発事業では、保留床を多く生み出すために建物を「高く大きく」しがちで、地権者への補償や従前の老朽ビルの解体も加わり、全体事業費を押し上げます。
さらに、円安を背景に外資・外国人による不動産購入が旺盛になり、不動産投資・転売目的の購入が活発になっていることも要因として挙げられます。
価格の上昇が続く一方で、東京圏では供給数が減少しています。
もはや都市圏は都市化しきってしまい、マンション建設の適地が少なくなっているのです。

中古マンションの供給数は減っておらず、郊外でも旧耐震基準のマンションが”ビンテージマンション”などと称され、それなりの価格で売れています。
このように、住宅市場の中で、高額すぎて「手が出ない住宅」と、立地や古さなどから「手を出したくない住宅」が増えている一方、「手が出せる」「手を出したい」住宅の数が増えていないため、住宅の入手が困難になっているのです。
著者は、一般的な世帯に入手可能な「アフォーダブル住宅」の供給が不可欠と指摘します。
人口減少が続く中、将来の解体に困難が伴う集合住宅一辺倒ではなく、手頃な戸建て住宅の供給にも目を向ける必要がありそうです。