久元 喜造ブログ

都市が舞台装置・小林多喜二『党生活者』

日経新聞に、小林多喜二(1903-33)の恋人、田口タキ(1908-2009)についての連載が掲載されていることもあり、小林多喜二について少し。

代表作『蟹工船』は、大学のときに一度読みました。そして10年ほど前、格差社会が議論され出したころにクローズアップされ、改めて文庫本を購入して再読しました。
正直、つまらなかったです。
舞台設定は閉ざされた船の中、登場人物は定型的で、人間像が浮き彫りになってきませんでした。
takiji

ところが、文庫本に収録されていた 『党生活者』 がとても面白かったのです。
ときどき想い出したように紐解くことがあります。

主人公の「私」は、共産党の「細胞」のひとり。
毒ガスのマスクやパラシュートなどを製造する軍需工場に勤めていましたが、仲間の逮捕に伴い、地下に潜って活動することになります。
官憲や密告者の目をかいくぐりながら、仲間と連絡を取り合い、ビラを撒いたり、工場内の抗議活動を扇動するなど、非合法活動を続けます。
女性との恋情や葛藤も綴られます。
肩身の狭い想いで暮らしている母親とひっそりと会い、理解してもらえていることに涙します。

このように、『党生活者』では、極限状況の中で反体制活動を続ける登場人物の微妙な心理が生き生きと描かれ、『蟹工船』とはかなり異なる世界をつくりあげています。

さらに、この小説を魅力的なものにしている背景の一つは、都市という舞台設定だと思います。
工場、下宿、お店、路地など、街のあちこちに、「私」は現れ、歩き、逃げ回り、潜行し、絶望して天を仰ぎます。
おそらくは灰色にくすんでいたであろう1930年代初頭の大都市の相貌が、陰影に富んだ世界を創り上げているように思えました。