新聞記事を読み落としたのでしょうか。
作家の 稲葉真弓 さんが8月30日に亡くなられていたことを、最近知りました。
『風変りな魚たちへの挽歌』 は、私の愛読書です。神戸に帰って来てからは読んでいませんが、東京にいたときは、深夜、この小説を適当に開き、ウィスキーのロックを呷りながらよく読んだものでした。
少し、ボロボロになっています。
「風変りな魚たちへの挽歌」は、主人公が二十歳を過ぎて上京するまで住んでいた故郷の回想です。
二つの大きな河に挟まれた町。その町にあるのは、「真っ黒に変色して黒光りする格子戸、男湯と女湯の仕切りの木の壁が、半ば腐りかけている銭湯・・・・、藻屑や藻で年中澱んでいる運河の水」です。
川の汚染が進む中で、タナゴに耽溺していたモンとの不思議な出会いと別れ、喫茶店<かるかや>を舞台にした友だちとの関わりが回想されます。
このほか、「水の祭り」「青に佇つ」「帰郷」の4編が収められています。
稲葉さんは「あとがき」の中で、
「二十年にもわたって、私はひとつの物語を書いていたらしい。・・・・それぞれが独立した物語になっているが、自分の中に流れていた一本の「道筋」だけははっきり見える。河や魚など、私は自分の故郷の近辺をこれらの物語の中で漂流してきたのだ」
と記しておられます。
連作集になっていて、別々の物語なのですが、いずれも著者の故郷と思われる街を巡って回想と現実が交錯し、不思議につながり、ひとつの物語になっています。
どのページを開いて読み始めても、そこからは、懐かしく、いとおしく、甘酸っぱく、ほろ苦い空気が立ちのぼってきて、適度な酔いともあいまって、愉楽の時間を送ることができたのでした。
長い漂流に終止符を打ち、ふたつの河に挟まれた故郷にお帰りになられたのでしょうか。