鈴蘭台に住んでいた中学、高校時代、蛾の採集をするのが好きでした。
夜に活動する蛾には、蝶にはない神秘的な魅力があるように感じられたのです。
夜遅く、ときどき蛾を捕りに行くのは、樹液が出て、カブトムシやクワガタなどが集まる木の幹でした。
家の近くの大歳神社の境内を通り抜け、雑木林に入ります。懐中電灯で足元を照らしながら進むのですが、懐中電灯めがけて、小さな蛾や羽虫、樹液の場所に近づくと、スズメバチが驚いて突進してくることもありました。
ある晩、いつものように、樹液が出る木の幹を照らすと、そこには、体長が15センチは優にある、大きなムカデがいました。
何匹かの蛾が近くに留まっていたり、あたりを飛んでいたのですが、大きなムカデがやはり恐ろしく、昆虫網が当たったりして刺激すると、襲撃されそうな気がして、あきらめて引き返すことにしました。
家に帰って母にその模様を話すと、母は、
「ムカデ1匹におじけづいて帰ってきたんか!それでも男か!」
と、いきなり私を怒鳴りつけました。そして、部屋を出ていくと、
「ついてくるんや!」と、私を従わせ、神社の方向に歩き出したのです。
夜の雑木林を、左手の懐中電灯で獣道を照らしだし、右手に注射器を持って、針を前方に突き出しながら進んでいく母の姿は、鬼女以外の何物ではありませんでした。
さっきの場所に到着すると、鬼女におそれをなしたのか、ムカデの姿はなく、私は、母の助けを借りながら、フクラスズメなど、何種類かの蛾を採集することができました。
それにしても、夜の雑木林は、さまざまな虫の声や、どんなものが発しているのかわからない不思議な声たちで満ちあふれ、それは幻想的だったことを想い起こします。