佐藤卓己『言論統制』(2004年刊行)は、私にとり鮮烈な読書体験でした。((2015年9月6日のブログ))
それまで自分の中にあった戦前・戦中の統制社会が一変するような内容を、数多く含んでいたからです。
軍部の検閲を受けた文学者、芸術家、知識人、出版関係者は、戦後、検閲を行った側を厳しく糾弾してきました。
彼らの批判が集中した対象は、陸軍情報官・鈴木庫三でした。
鈴木少佐の名前は、中央公論社、岩波書店、講談社、実業之日本社などの出版社の社史にすべて登場し、「鈴木庫三」の名前は、言論弾圧の代名詞のように使われてきました。
「サーベルと日本精神をふりまわ」す、粗野で無教養な軍人として描かれてきたのです。
旧版の冒頭で、著者は「鈴木庫三が残した手稿や日記を読み終えた今、私の印象はほとんど一変した」と記します。
そして、貧農の家に生まれ、苦学して陸軍士官学校に入校して将校となり、東京帝大で倫理学と教育学を修め、教育将校として頭角を現していく過程を丹念に追います。
寸暇を惜しんで読書と研究に明け暮れる、勤勉で知的な人物像が明らかになっていきます。
旧版でも上記の出版社のほか朝日新聞社との折衝過程が記されていましたが、増補版では新たに発掘された資料をもとに、雑誌関係者が「鈴木詣で」を繰り返した背景や実情が詳しく記されています。
それは、用紙配分をめぐる争奪戦でもあり、世界観の相克でもありました。
増補版では、「昭和維新」をめざす軍人たちの動きの中で、鈴木がどのように関わったのかが、新資料をもとに追加されています。
めまぐるしい動きの中で、鈴木は「思想戦」の重要性を認識し、著作の執筆と宣伝に邁進していきました。