久元 喜造ブログ

片山杜秀『音盤考現学』


近年論壇に頻繁に登場する著者は、慶應義塾大学に学び、現在、慶應義塾大学法学部教授。
専攻は政治思想史のようですが、学生時代は三田レコード鑑賞会に所属し、ピアノ調律師で音楽プロデューサーの原田力男が主宰していた「零の会」の同人でもあったようです。
私も家内に誘われて、一度だけ「零の会」に出席したことがありました。
著者のことは音楽評論家と紹介されることも多いようですが、氏の評論は音楽評論のジャンルを遥かに超越しており、本書でも、内外の作曲家と作品、演奏、録音などが縦横無尽に語られます。

たいへん面白かったです。
結構聴きこんできた作品、聴いたことがある程度の作品、そしてまだ知らない作品が次々に登場し、興味が尽きませんでした。
ブーレーズのピアノ・ソナタ第2番はよく聴きますが、「暴力的に驀進する奔流のごとき音楽をめざしていた」と言われると、ストンと落ちます。
戦後我が国を代表する作曲家に捧げられたタイトルは、『武満徹の嘘』。
武満は、言葉で「嘘」をつき、「自分の音楽への相手のイメージをはぐらかし、さまざまなレヴェルで相反する無数の自画像を作り出した」と。
「よって武満を論じる者は、しばしば彼の正体をつかみあぐね、「嘘」の谷間をさまよってきた」のだと。
演奏家も「嘘」に絡めとられ、あるいはそこから外へ飛び出していこうとしたのだと。

本書の特徴は、戦前戦後に活躍した日本の作曲家、演奏家を取り巻く時代背景が、独自の視点を交えながら取り上げられていることです。
山田 耕筰、團伊玖磨、芥川也寸志、黛敏郎、山田一雄、柴田南雄、伊福部昭などの音楽家の生きた時代が、鮮やかに浮かび上がってきました。(文中敬称略)