久元 喜造ブログ

吉村 昭 『破船』


昨日の朝日新聞読書欄に本書が紹介されていました。
パンデミックの今、世界で読まれているのだそうです。
私が読んだのは20年以上も前ですが、その衝撃は鮮やかに覚えています。
ちょうど先日、神戸大学から図書の推薦を依頼され、本書を挙げておきました。

恐らく江戸時代後期、岬にある閉ざされた村が舞台です。
村は貧しく、家族を飢えから守るため身売りが行われていました。
そんな村の絶対に漏らしてはならない秘密。
それは、夜遅く塩焼きの火を燃やし、灯りに引き寄せられて岩礁で難破する船の積み荷を奪う風習でした。
船乗りたちは村人により全員が殺され、積み荷は村人にささやかな富をもたらします。
村人たちが座礁船を「お船様」と呼ぶ所以です。
「お船様」がやってきた年は、身売りをしなくてもすむのです。

ある晩、村に一艘の船がやってきます。
その船には20人ほどが乗っていて、いずれも赤いものを身に着け、死に絶えていました。
着物が赤、帯、足袋も赤、そして柱に赤い猿のお面がかけてありました。
そしてどの骸にも吹き出物のようなものが無数にありました。
赤い着物は贅沢品で貴重です。
村おさは、逡巡しながらも赤い着物を骸からはがさせ、幼い女児と女たちに与えるよう命じます。
それは村人たちがたどることになる過酷な運命の始まりでした。
村落共同体を率いる村おさが下した究極の決断とは・・・

四季折々の季節の移ろい、そして季節ごとに訪れる海の幸の様子が柔らかな筆致で描かれます。
「茅の尾花が穂をのばし、その頃、磯に寄ってくる小さい尾花蛸もとれはじめている」
美しい自然の光景描写が、最果ての村を襲った悲劇をより一層際立たせているように感じます。