久元 喜造ブログ

成熟都市の肖像

8月13のブログ でも取り上げましたが、神戸もまもなく、人口が減少する時代に入ります。
すでに入っているかもしれません。
人口が減ることは寂しいことですが、神戸に限らず、我が国が受け入れていかなければならない「現実」でもあります。

人口が減ることは、悪いことでしょうか。
人口が増えていた時代、とくに、神戸などの大都市で、人口が急増していた昭和40年代は、人口急増対策は、本当にたいへんでした。
学校はすし詰めで、小中学校の建設を急ぎ、プレハブ教室を急ごしらえでつくり、何とか子どもを受け入れることができた時代でした。 プレハブ教室は、夏は暑く、冬は寒く、寒い季節、すきま風が入り込んできて、かじかんだ手をこすり合わせて暖めながら、ノートをとったものでした。
団地開発をいくら急いでも、下水道の整備は間に合わず、汚水は川に垂れ流しで、かつての渓流は、合成洗剤の白い泡が風に乗って舞い上がっていたものです。
いろいろなひずみがあちこちに出て、それらの解消には、時間をかけて取り組まなければなりませんでした。

人口が減少する時代も大変ですが、振り返れば、大変だったのは、このように、人口急増時代も同じだったと思います。
違うのは、大変さの内容です。

人口減少時代は、決して、人口急増時代と比べて、暗い時代ではありません。
何より、人口急増期とは異なり、あくせくすることなく、ゆったりと人生や日々の生活を楽しむことができる時代がやってきたのです。
高齢者が増え、確かに、高齢者福祉などいろいろな対策を講じなければなりません。しかし、何より、豊かな人生経験をお持ちの方がたくさんおられることは、地域社会の財産ではないでしょうか。
豊かな経験をお持ちの高齢者のみなさんが積極的に社会に関わっていただくことにより、私たちの社会は、深みを増していくことができる可能性を秘めています。
そして、社会が成熟していくとき、文化が爛熟して、花開くことは、歴史の教えるところです。

神戸は、成熟都市の段階に入りつつあります。
成熟都市として、どのような都市イメージを描くかは、私たちの想像力、そして、どのような街にするのかという、私たちの意欲にかかっています。