久元 喜造ブログ

柏原宏紀『明治の技術官僚』


サブタイトルにあるように、幕末の1863年5月に英国に向けて密航していった、長州藩の五名の藩士「長州五傑」を中心に描いた物語です。
伊藤博文井上馨 は、明治期を代表する政治家となり、その名を歴史にとどめています。
ほかの3人は政治家ではなく、「技術官僚」として生涯を全うしました。
本書では、これまであまり語られることがなかった彼ら3人の生涯に焦点が当てられます。

井上勝 は、我が国における鉄道の導入から拡大までを主導した人物として、東京駅前広場に銅像が建てられています。
遠藤謹助 は、造幣局長として近代的な造幣事業のスタート段階で大きな役割を果たしました。
引退後、東京から神戸葺合村に移り住み、老後を過ごそうとした矢先、伝染病のために逝去しました。
山尾庸三 は、鉄道、電信、造船など西洋を範として進められる諸事業を統括する工部省の創設、理系の知識を指導する工部大学校の設立などに尽力しました。

3人はいずれも、老年に至るまで官界に属し、自らの専門知識、経験を活かして政策運営に当たりました。
安閑として職にとどまるのではなく、職を賭して政策の実現に邁進する「技術官僚」の生きざまには感銘を覚えました。
同時に彼らが官僚組織の階梯を登るにつれ、また政治との関わりに労力が割かれる中で、その専門性の維持、更新との間にジレンマが生じていったことも描かれていきます。

井上勝、遠藤、山尾、そしてその後に続いた人々が、我が国の行政組織における技術官僚の地位を確立していきました。
彼らの行動は、今日における、政治家との関係を含む技術官僚のありように対し、意義ある示唆を与えているように感じました。