戦前最後の沖縄県知事、島田叡氏が発令されたとき、前任の知事はすでに沖縄から東京に出張中で、その後香川県知事に任じられました。
本書は、この人物、第26代沖縄県知事、泉守紀氏を取り上げたノンフィクションです。
泉氏には、米軍上陸が必至の沖縄から「逃げ出した」との「汚名」が着せられてきました。
その実像はどのようであったのか・・・
沖縄戦から40年近い歳月が流れた昭和58年10月、著者は、埼玉県所沢市の古い屋敷を訪ねます。
樹木が生い茂る広大な屋敷の門柱には「泉守紀」と記された表札が。
著者は屋敷を二度訪ね、泉氏の夫人、そして泉氏本人にも面会します。
元知事は、黒い革表紙の日記帳に、そのときどきの出来事を万年筆で几帳面に書き残していました。
筆者は、この日記を手掛かりに泉氏の足跡をたどります。
沖縄に赴任した泉知事は、ほどなく軍と激しく対立するようになりました。
怒りを込めて、次のように記します。
<兵隊という奴、実に驚くほど軍紀を乱し、風紀を紊す。皇軍としての誇りはどこにあるのか・・・>
米軍機の来襲が相次ぐ中、行政の長である知事の苦悩は深まるばかりでした。
任務への責任感、その一方で、できれば立ち去り、愛妻と暮らしたいという思いが交錯します。
そして上京し、沖縄を去ることになるのです。
泉氏に対する沖縄県民の視線は戦後もずっと冷たいものでしたが、筆者は、泉氏を知る人々の証言を織り交ぜながら、当時の状況を忠実に蘇らせようと試みます。
行間からは、当人の心情に寄り添いながら、先入観を持つことなく、過酷な時代を生きた人々の姿を公正な視点で書き残したいという筆者の思いが伝わってきました。