阪神・淡路大震災が取り上げられている、というのが、この小説を読み始めた理由です。
それにしても、理不尽で、不条理で、何の救済ももたらされない、重い小説でした。
9つの章 ― 「孤独」「回想」「カラス」「郵便馬車」「春の夢」「凍結」「幻」「菩提樹」「鬼火」 ― は、ヴィルヘルム・ミューラーのの「冬の旅」からの抜粋です。「冬の旅」は、シューベルトの歌曲で知られます。
物語は、2008年6月8日、秋葉原の事件の日、5年の刑期を終え、主人公の緒方隆雄が出所するところから始まります。
物語は、主人公の回想という形を取り、進行していきますが、緒方に生きる場所はなく、凄惨なラストを迎えます。
阪神・淡路大震災の場面は、次のように始まります。
「なぜかその朝はカラスが鳴かなかった。かなり冷え込んで、いつもより長くフトンの中で愚図愚図して、緒方がロフトから降りたのは5時を回っていた。朝刊を取りに行こうとしたとき、何か巨大なものが近づいてくるようなゴーッという音がして、下から突き上げてくる大きな揺れが襲った。」
緒方は、このとき、新興宗教集団に属していて、被災地の神戸で活動します。
地震直後の神戸の惨状は、「4 郵便馬車」で描かれます。
緒方は、被災地で活動する中で、看護師の鳥海ゆかりと知り合い、結婚します。「5 春の夢」です。
そして、「7 幻」で、妻となったゆかりが失踪するところから、緒方の人生は暗転し、転落していくのです。
ゆかりの人生も不条理なものでした。
緒方も、ゆかりも、本人の力ではどうすることもできない宿命のようなものに突き動かされ、破滅への道をたどっていきます。
物語では、この時代の、神戸、そして大阪の街がたんねんに描かれています。雑誌『大阪人』の記者までもが登場します。
そして、街では、現代の地域社会のさまざまな矛盾が、断層のようにむき出しになっています。
走り回っている毎日ですが、1日に、5分でも、10分でも、読書の時間を持ちたいと思います。