久元 喜造ブログ

松永K三蔵『バリ山行』


文藝春秋9月特別号に収められていた芥川賞受賞作、松永K三蔵『バリ山行』を読みました。
建物の外装修繕を専門とする会社に転職して2年の30代男性社員、波多が主人公です。
飲み会など会社の付き合いを極力避けてきた波多でしたが、同僚に誘われるまま六甲山登山に参加します。
社内登山グループは正式な登山部となり、波多もウェアや道具に凝り始め、登山に熱を入れ始めます。
そこに、職人気質で職場で孤立している妻鹿が参加します。
妻鹿は、あえて登山路を外れる難易度の高いルートを選びます。
抜け道の場所やその地形を熟知しているのか、微かな踏み跡から入って藪の径を辿り、手品のようにまた登山道に抜けてみせるのでした。

波多はやがて妻鹿に付き従い、「バリ山行」にのめり込むようになります。
「バリ山行」-「通常の登山道でない道を行く。破線ルートと呼ばれる熟練者向きの難易度の高いルートや廃道」を辿る登山です。
「切り立った岩場。・・・水の流れる岩に取り付き、僅かな窪みに足先を掛けて伸びあがる。両手で樹の幹に掴まりながらスパイクで土を削って斜面を攀じ登る」。
「激しく水の落ちる音。やがて峪の先に水を散らして落下する大滝が現れ」ます。
西山大滝です。
落下の危険に何度も遭遇し、上等の登山服がボロボロになるまで「バリ山行」に挑んだ主人公がたどり着いた境地とは・・・

六甲山中が舞台と言っても良い小説です。
六甲山中には自分が知らない荒々しい世界があると、何となく想像していましたが、読み進むにつれ、未知の世界がリアルな光景として次々に現れ出てきます。
物凄い迫力です。
改めて、神戸の山が秘めている魅力とパワーに近づくことができた読書体験でした。