久元 喜造ブログ

早瀬耕『未必のマクベス』


少し久しぶりに、昨年暮れに読んだ読書の感想を書きます。
600頁を超える大作です。

タイトルにあるように、シェークスピアの戯曲「マクベス」に沿ってストーリーは展開します。
IT企業の敏腕社員である主人公の中井優一、同僚の伴浩輔は、高校の同級生です。
高校の入学式の日、女性教師と交わしたマクベスを巡るやりとりがすべての出発点でした。
このとき、中井と伴の間の机に座っていたのが鍋島冬香。
彼女は、中井が知ることなく二人の会社に入社し、暗号化技術を開発します。
そして、会社上層部から恐喝されて行方をくらまします。
ITや数学に関するやり取りも重要な役割を果たします。
登場人物の意図に関わりなく、マクベスの筋書きが進行していき、衝撃の結末を迎えます。

物語は、中井が伴とともにバンコクから香港に戻る機中から始まります。
管制の都合で澳門に泊まった二人は、カジノを楽しみます。
そして中井は、ホテルで黒髪の娼婦からこう告げられるのです。
「あなたは、王になって、旅に出なくてはならない」。
香港に戻った中井と伴は、底知れぬ陰謀に巻き込まれていきました。

国際ビジネス・サスペンスのジャンルに収まりきらない、多彩な魅力を持った作品です。
香港、澳門、ホーチミン、バンコク、東京、沖縄と、中井の旅は続きます。
それぞれの街の表情、佇まい、香りまでもが季節感を伴って生き生きと描かれます。
伴の好物である雲吞麵、マカオ名物のアフリカンチキン、ポルトガル料理など食の魅力もふんだんに登場します。

ラストシーンは、渋谷のバー。
中井が守りたかった二人の女性が遭遇します。
この小説は、成就することがなかった、切ない初恋の物語だったのかも知れません。