久元 喜造ブログ

上田早百合『上海灯蛾』


この小説を読み始めてすぐ、だいぶ前に読んだ 佐野眞一『阿片王・満州の夜と霧』 を思い起こしました。
主人公は、満州を舞台にアヘン密売を取り仕切り、関東軍など軍部に巨額の資金を提供した謎の人物、里見甫(1896 – 1965)です。
上海でも暗躍した里見は、『上海灯蛾』の中でも実名で登場します。
その里見ですら手を出すことができなかったのが、上海に君臨する青幇でした。

『阿片王』にも登場する青幇は、上海の裏世界を支配する組織で、その大きな収入源はアヘンでした。
『上海灯蛾』の主人公、吾郷次郎は神戸からジャズバンドとともに上海に渡り、雑貨店を営み始めます。
ある日、原田ユキヱと名乗る女性から極上の阿片が持ち込まれたことを契機に、青幇との接触が生まれます。
次郎は、青幇の楊直と義兄弟の契りを結び、中国人として生きていくことを決意します。
そして、アヘン栽培、取引にのめり込んでいきます。
上海のアヘンの商いは、すべて青幇が牛耳っていました。
素人の野心家が入り込める余地はなく、青幇に無断で何かを取引しようとすれば、即、死体となって黄浦江に浮くだけでした。
最高級のアヘン「最」を巡る戦いが始まり、次郎は重要な役割を演じます。
物語は1934年から始まり、盧溝橋事件、上海事変と、時代は戦争へと突き進んでいきました。
関東軍の将校も登場します。
日本の軍部も上海を支配する上で青幇の協力を得ることが不可欠で、虚々実々の駆け引き、凄まじい殺戮が繰り返されていきます。
1945年、日本の敗戦によって次郎の戦いも終焉を迎えます。
そして、終末に近づくにつれ、この小説が、壮大な愛の物語であったことを感じることができました。