久元 喜造ブログ

饗庭 伸『平成都市計画史』


冒頭、著者は、成熟期を迎えた1968年(昭和43年)の都市計画法には「二つの方向への拡大に対する呪い」が仕込まれたと指摘します。
一つは、横方向への呪い―「線引き」と呼ばれる都市と農村の境界線です。
もう一つは、「容積率」で、縦方向への拡大の防御です。
そして「呪い」を解く方法として「広さ」と「設計」が用意され、大きな土地をまとめて、きちんとした開発計画を提出すれば、線引きや容積率という呪いは解くことができるようにしたと。

著者は、この「呪い」の解き方という視点を用いて、ポストバブルの平成期において、4つの仕掛けで、「都市計画の民主化」が進められたと指摘します。
規制緩和、地方分権、特区、コミュニティで、平成期にそれぞれがどのように進化していったかが詳しく説明されます

通読して正直、理解できたかどうかは微妙です。
その一つの理由が、著者が繰り返し使っている「法」と「制度」の意味です。
著者は、ドゥルーズにならい、法を「行為の制限」、制度を「行為の肯定的な規範」と定義します。
都市計画において「法」を「私権を制限するもの」と位置付けるのはわかるのですが、「制度」を「住民や地域社会、市場が内発的につくりだす規範、ローカルルールのようなもの」と説明されると、それが何なのかは私の理解を超えました。

最後に著者は、「人口の減少とあわせて制度がゆっくりと減り、少ない法だけが残っていくという変化、つまり民主主義から「原野」への変化」に言及します。
原野は「都市計画が不要になる世界」です。
象限を使った説明がなされ、「「よりよい原野」のありようが規定されていくのだろう」と結ばれますが、これも理解不能でした。