歯科医で俳人、異色の作家、西東三鬼(1900 – 1962)の連作短編小説です。
昭和17年冬、「私」は単身東京から脱走し、夕方、神戸の坂道を歩いていました。
「バーで働いていそうな女」が歩いていて、「私は猟犬のように彼女を尾行」します。
そして、そのままバーに入り、1時間後にはその女からアパートを兼ねたホテルを教わるのです。
それは、トーアロードの中途にある「奇妙なホテル」でした。
このホテルを舞台に、不思議なドラマが1話ずつ展開されます。
長期滞在客は、「白系ロシア女一人、トルコタタール夫婦一組、エジプト男一人、台湾男一人、朝鮮女一人」。
日本人は「私」のほかに中年の病院長一人、あとの10人はバーの女たちです。
まさに「戦時とも思えない神戸の、コスモポリタンが沈殿しているホテル」です。
ホテルの裏には銭湯があり、2,30人の客のうち日本人は、2,3人。
「脂肪太りの中国人、台湾人・・・コサック人。彼等のそれぞれ異る国語が、狭い銭湯にワーンと反響」します。
港にはドイツの巡洋艦と潜水艦が、脱出の航路をアメリカの潜水艦に監視されて出るに出られず、水兵たちはホテルの女目当てに坂道を登って来るのでした。
独特の文体で語られる物語は、奇想天外で、ハチャメチャで、悲しいのですが、戦時下、死と隣り合わせにある日常がそうさせるのでしょうか、どこか吹っ切れているのです。
空襲でホテルも焼けてしまい、「神戸」に登場する人物の大方は死んでしまいます。
一方、「私」は、「空襲をみすみすこのホテルで待つ気はな」く、明治初年に建てられた異人館に引っ越します。
そして、米軍占領下の戦後が「続神戸」で語られることになります。