2020年東京オリンピックの主会場となる新国立競技場の設計者であり、我が国を代表する建築家からは、とても分かり易く、明確なメッセージが伝わってきました。
「自然な建築」とは何か。
著者は、「場所と幸福な関係を結んだ建築」だと、端的に指摘します。
対極にあるのは、「場所を選ばない」コンクリートを駆使した建築です。
コンクリートは、「表象と存在の分裂」を許容します。
表象が独り歩きして肥大化し、表象をめぐるテクノロジーを競い合う20世紀の主役は広告代理店であった、と著者は言います。
興味深い考察です。
「自然な建築」を模索する著者に大きなインスピレーションを与えたのは、安藤広重の『大はしあたけの夕立』でした。
この絵では、「雨が絵画空間の中でひとつのレイヤーを構成し、そのレイヤーの裏に「大はし」が重なり、さらに川面、対岸と重なりあ」います。
すなわち、「自然と人工を対立する現象とはとらえず、両者を連続したものと見なす日本的な自然観」です。
著者は、「そのような自然と人工物との連続性を、具体的な建築の中で表現すること」を目指します。
このような思想に支えられて、著者が設計に関わった個々の建築について、具体的に紹介されていきます。
工期上の制約も、予算上の制約も、所与のものとしてとらえられ、その中での葛藤も綴られます。
しばしば、はるか天上の高みから見下ろして観察しているかのような著作に出会いますが、本書は、それらとは全く異なり、矛盾を抱えた現実との格闘の記録でもあります。