久元 喜造ブログ

ローリー・サザーランド『欲望の錬金術』


昨年読みましたが、ようやく感想を記すことができました。
著者は、世界的な広告会社オグルヴィUKの副会長。
コミュニケーション業界の専門機関である英国広告代理店協会の会長も務めました。
人の欲望や行動をかきたてるものは何なのか。
心理学や行動学、最新の科学の知見をもとに、豊富な事例を交えて語られます。
著者は本書の冒頭で、読者にこう呼びかけます。
「私はこれからみなさんに、人生には魔法の余地があるべきだということを思い出させたい―心に中にいる錬金術師を発見するにはまだ手遅れではないのだ」と。
著者がいう錬金術(Alchemy)とは、「経済学者が何を間違っていたのかを知る科学」だといいます。
そこでは合理性のロジックではなく、「心理ロジック」が重視されます。
「心理ロジック」は、「無意識のうちに働くことが多く、自分が認識しているよりもはるかに強力で広範囲にわたるもの」です。
人間の行動を決定づけるのは「錬金術という魔法」だと著者は強調します。

膨大な事例が次々に繰り出されます。
例えばかつてウォークマンの開発期、エンジニアは録音機能を付けようとしたそうですが、盛田昭夫はこれを禁じたそうです。
ロジックで言えば、ごく僅かなコストで機能が増えることは合理的ですが、あえて機能の幅を狭めることによってこの装置が何を目指しているかを明確にしたのです。
著者はこの発想を「一般的な経済ロジックには逆らっているが、心理ロジックには従っている」と考えます。

豊富な成功事例は人間心理を考える上でとても参考になりました。
同時に、さわやかな読後感を持つことができたかと言えば、そうではなかったことも事実です。
(文中敬称略)