久元 喜造ブログ

道尾秀介『風神の手』


四編から成る連作小説です。
ある種の嘘や偶然の出来事が次の世代に引き継がれ、思いもかけぬ展開を遂げていきます。
物語はミステリー風に展開していきますが、全体を通して読むと、何十年にもわたる大河小説のように感じられました。

物語の舞台は西取川という川の畔にある地方都市。
西取川は、川漁師が舟の上で松明を揺らし、鮎を網に追い込む火振り漁で知られています。
町は川によって「上上町(かみあげちょう)」と「下上町(しもあげちょう)」に分かれています。
第1編「心中花」は、下上町に住む親子が上上町にある遺影専門の写真館「鏡影館」を訪ねるシーンから始まります。
この編の語り手は、15歳の藤下歩実。
母親の奈津美の余命は、あと5年足らずです。
二人は奈津美が亡くなった後に祭壇や仏壇に飾る写真を撮ってもらうために鏡影館に向かっているのです。
待合室の木の棚には、この写真館で撮影された遺影が並んでいました。
奈津美はそこで「サキムラ」の写真をみつけます。

物語は、27年前の西取川、火振り漁の夜の回想シーンに移ります。
当時高校生だった奈津美は、この夜、ローカルテレビの取材を受け、そのシーンの放映が契機となって、火振り漁の漁師の息子、崎村と出会うことになります。

ここからの展開は、さまざまな糸が複雑に絡み合い、スリリングな展開を見せます。
ことの発端は護岸工事をめぐる事故でした。
事故の隠ぺいをめぐり犯罪めいたシーンも登場しますが、それらを演じる人物を含め、悪意を持った人物は登場しません。
河口に現れるウミホタルも重要な役割を果たします
川の畔の美しい風景が四季の移ろいの中で描かれます。
さわやかでしみじみとした読後感が残りました。