久元 喜造ブログ

2018年12月9日
から 久元喜造

三ツ星ベルト・ニューイヤー・コンサート2019


㈱三ツ星ベルト は、来年創業100周年を迎えられます。
西河紀男会長は、昨年1月17日、NHKニュースに出演され、震災の時のことを語っておられました。
震災時には、会社と街を守り、その後も防災訓練や地域貢献を続け、今日を迎えられました。
創業100周年を記念し、2019年新春、華やかなコンサートが開催されます。

ウィーン・サロン・オーケストラ ニューイヤーコンサート2019」。

2019年 1月6日(日) 午後7時 開演
神戸文化ホール 中ホール

音楽の都、ウィーンで抜群の人気を誇る名門オーケストラで、優雅な響きが新春を彩ることでしょう。
モーツァルトのピアノ協奏曲 第26番 KV537「戴冠式」では、家内の久元祐子がピアノを弾きます。
メインは、ヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」「皇帝円舞曲」などウィーンゆかりの名曲です。

チケット: SS席:10000円(売り切れ)、S席:7000円、A席:5000円

お問い合わせ先:神戸文化ホール のプレイガイド
078-351-3349 (10:00~18:00)

お申し込みフォーム

とても楽しいコンサートになることと存じます。
たくさんのみなさんにお越しいただければと願っています。


2018年12月7日
から 久元喜造

ちょっとしたことで風景が変わる。


神戸市役所の玄関ホール中央に、生け花を飾ることにしました。
きっかけは、兵庫県議会議事堂にお邪魔したとき、生け花が美しく飾られてあったことでした。
神戸市役所でもできないか、庁舎管理課に持ちかけたところ、すでに生け花が置かれていることを知りました。
以前から、生け花は、玄関ホールの隅にひっそりと置かれていました。
私は、不注意で気づきませんでしたが、実はあまり知られていなかったようでした。
そこで、生け花を、玄関を入ってすぐの目立つ場所に移動し、後ろの掲示板も別の場所に移しました。
これで、玄関ホールの雰囲気は、かなり変わりました。

もうひとつ、現在、新長田に県市合同庁舎を建設中ですが、建設現場の囲いには、完成後の庁舎のイメージを掲示しています。

地域のみなさんと長田区役所のみなさんが協力して蘇らせた、獅子が池の写真もあります。

長田区が進めている「緑プロジェクト」の掲示板の前には、ベンチも置かれています。

これらの掲示により、周辺の雰囲気も華やいだものになっていると感じます。

このように、神戸市が管理している施設やその周囲に、ちょっとした仕掛けをすることで、風景が変わることがわかります。
市内には、膨大な事業費をかけて街づくりをしたにもかかわらず、景観的に無機質で、うるおいに欠けるエリアもあるような気がします。
みんなで工夫をこらし、街の風景をよりよいものにしていきたいと思います。


2018年12月4日
から 久元喜造

楽天㈱と包括連携協定を締結


先日の土曜日、ノエビアスタジアム神戸で、楽天㈱の三木谷浩史会長兼社長との間で、包括連携協定を締結し、記者会見を行いました。
まず、私から、ヴィッセル神戸の運営を通じて、神戸に多大な貢献をしていただいていることに感謝を申し述べました。
とくに、ここのところ、ポドルスキ選手に続き、イニエスタ選手が入団され、大いに話題になりました。
内外に、イニエスタ選手と神戸が発信され、注目を集めました。
さらに、この日、ダビド・ビジャ選手の入団が発表され、大いに盛り上がりました。

今回の協定項目は6項目ありますが、とくに、楽天㈱のEC(電子商取引)ビジネスなどのテクノロジーやサービスを活用した新たな仕事の創出、人材育成を進めたいと考えています。

神戸の大学などを卒業した若者たちが新たなビジネスに参入するとともに、都市型創造産業の活性化にもつながることを期待したいと思います。
また、キャッシュレス決済の普及、観光プロモーションを通じたインバウンド誘客の推進も、大事な課題です。
このほか、神戸市立図書館では、すでに楽天㈱の協力をいただき、電子図書館サービス を開始しています。
電子図書には、「英語読み上げ機能」がある英語図書も含まれており、小中学生が英語に親しむ一助になればと思います。
今後は、AIを活用した市民サービスの向上にも取り組んでいきます。

三木谷社長は、「未来型都市のモデルケース」という表現を使われました。
刻々と進化するテクノロジーを活用するだけではなく、神戸がテクノロジーの進化の舞台となり、未来に向けたさまざまな実験を展開する都市となることができるよう、全力で取り組んでいきたいと思います。


2018年12月2日
から 久元喜造

中島らも『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』


先週の夜、JR元町駅のホームで、灘高の1年上の先輩に会い、中島らも さんの話になりました。
帰宅し、さっそく本棚の奥から引っ張り出しました。
ろくに受験勉強もせず、めちゃくちゃな青春の日々が赤裸々に語られます。
1970年前後の神戸がひんぱんに登場し、なつかしい風景を思い出しながら、いくつかの部分を再読しました。

大阪の中華料理はまずい。というよりは神戸のそれがうますぎるのだ
と叫ぶ、らもさんが挙げるのは、三宮の「振華軒」、元町の「丸萬飯店」、鯉川筋の「東亜食堂」、そして、モツ料理の「丸玉食堂」でした。
丸玉食堂」には、今もときどきお世話になっています。

抱腹絶倒の話が多いのですが、友人の自殺についても語られます。
らもさんの友人は、「田舎の一軒家に一人で住んで、受験勉強をしていた」のだそうです。
タヌキが出た話をして周りを笑わせていた彼は、高校を出て日がたつにつれ、だんだん物静かになり、「水子」の話をするようになったのだそうです。
そして、その田舎の家で、自ら命を絶ったのでした。
そのときから18年経って、らもさんは、こう記します。
「こうして生きてみるとわかるのだが、めったにはない、何十年に一回くらいかもしれないが、「 生きていてよかった」と思う夜がある」。

あとがきには、こう記されています。
「通読していただくとわかるが、十代前半の明るさに比べると、後半はひたすらに暗い。ほんとうのところはこの後に「超絶的に明るい、おじさん時代」というものが横たわっているのだ」

あとがきの日付が、1989年5月。
2004年に亡くなるまで、中島らもさんは「超絶的に明るい、おじさん時代」を生き抜かれたのでしょう。


2018年11月29日
から 久元喜造

街を奏でろ!「駅ピアノ」の音空間


NHK BSのドキュメンタリー「駅ピアノ」の録画を見ました。
舞台は、チェコの首都プラハ。
プラハの鉄道駅で最も古いマサリク駅に、1台のピアノが置かれています。
さまざまな人がピアノの前に座り、思い思いの曲を奏でていきます。

それぞれの事情を抱えたプラハの市民、この街で音楽を学んでいる留学生、たまたまこの街を訪れた観光客のカップル・・・
びっくりするくらい上手な弾き手もいれば、たどたどしく、うろ覚えの曲を弾く子どももいます。
定点カメラは、そんな駅の佇まいを淡々と捉えます。

駅を行きかう多くの人々は、「駅ピアノ」が別に珍しいものではないようで、ただ通り過ぎていきます。
そうかと思えば、ときどき立ち止まってピアノの音に耳を傾ける人もいます。
弾き手と通りすがりの人が会話を交わすこともあるようで、このピアノの前で出会ったことが縁で、付き合いが始まり、結婚にこぎつけたる人もいるようです。

「駅ピアノ」について教えてくれたのは、市役所の幹部でした。
「神戸ではむずかしいでしょうね」と申し上げたのですが、若手有志がトライしてみたいと言っています、とのことでした。

いざ進めるとなると賛成、反対両方の意見があるでしょうし、ひとつひとつ解決していかなければならない課題もたくさん出てくるでしょう。
それでも、若手有志のみなさんが、「駅ピアノ」の可能性を求めて、神戸の街を歩き、街の音風景を感じながら、街のにぎわいのためにどうすればよいのかを考えてくれることは、とてもよいことではないかと思います。
そのような試行錯誤を経て、大方の理解が得られ、「駅ピアノ」が実現できれば、とても素晴らしいことと感じます。


2018年11月26日
から 久元喜造

神戸市職員採用試験「デザイン・クリエイティブ枠」


平成31年度(2019年度)の神戸市採用試験に、新たに「デザイン・クリエイティブ枠」を新設することとし、先日の定例記者会見で発表しました。
美術や音楽、映像、デザインなど芸術分野の素養を備えたみなさんに入ってきていただき、人材の多様化を図ることが目的です。

神戸市をはじめ、多くの自治体では、試験区分は大きく、事務系と技術系に分かれます。
事務系の試験を受ける人材の多くは、法学部、経済・経営学部出身で、技術系は、工学部、理学部、農学部出身です。
これはこれでよいのですが、これからの大都市経営を考えるとき、もっと多様な人材に入っていただく必要も感じてきました。

人口減少時代を迎え、もはやいたずらに都市の規模を拡大させていく時代ではありません。
むしろ、都市の価値を上げていくことが求められる時代に私たちは生きており、いかに創造性を発揮して魅力ある街づくりを展開し、生活の質を上げていくことが必要です。
こうした認識に立つとき、魅力のある人材群として立ち現れてくるのが、芸術系の大学、短大、高専に学んだみなさんです。

自治体はこれまで芸術系のみなさんに目を向けてきませんでした。
現実には極めて少数ながら、これらの学校、学科を卒業した職員が存在し、活躍してくれています。
しかし、彼ら、彼女たちは、予備校などに通い、自治体の試験のために特別の勉強を余儀なくされたと思われます。
そのような苦労を経るのではなく、真正面から芸術系の若者たちを迎えたい、そして、神戸市役所で思う存分、能力を発揮してほしいと思います。

現時点における受験資格、試験日程などについては、神戸市ホームページ をご覧ください。


2018年11月24日
から 久元喜造

見田宗介『現代社会はどこに向かうか』

どういうわけか、たぶん違う書店で、本書を2冊購入してしまい、1冊を大学時代の同級生に送りました。
彼は1970年代初め、気鋭の若手社会学者として頭角を顕していた見田宗介助助教授の講義を聴き、何冊かの著作を読んでいたからです。
すぐに、「楽天的だなあ」という感想を送ってくれました。
確かに、著者の以下のような問題意識は、楽天的と言えるかもしれません。

「近代に至る文明の成果の高みを保持したままで、高度に産業化された諸社会は、これ以上の物質的な「成長」を不要なものとして完了し、永続する幸福な安定平衡の高原(プラトー)として、近代の後の見晴らしを切り拓くこと」

その上で、こう述べるのです。

経済競争の強迫から解放された人類は、アートと文学と思想と科学の限りなく自由な創造と、友情と愛と子どもたちとの交歓と自然との交感の限りなく豊饒な感動とを、追求し、展開し、享受しつづけるだろう

ひとり居酒屋のカウンターに佇むひとときを持つことができたとしたら、この美しい文章を反芻しながら、冷や酒をちびちび味わうことでしょう。
現実としての「永続する幸福な安定平衡の高原」は見えないかもしれないが、ある種の幸福感に浸ることはできるだろうと想像します。

著者は、日本の1970年代の若者(つまり、われわれの世代!)と、現代の若者の意識を調査し、とりわけ現代の若者に、生活満足度の増大と保守化の傾向が見られることを指摘します。
「未来に希望を託し今を犠牲にする」生き方から、「今を満足に生きること」への変化です。
そこからさらに進んで、「幸福感受性の再生」を果たすことができるかどうかが問われていると感じました。


2018年11月20日
から 久元喜造

自由にモノが言える市役所になってほしい。


きょうで、市長に就任して、5年になりました。

神戸市は、我が国の自治体の中でも素晴らしい実績を誇り、名誉ある地位を占めてきました。
多くの神戸市職員は、震災時、自らを犠牲にして、献身的に対応に当たりました。
外から神戸市役所に入ってきた私は、これまでの伝統を尊重し、そこから学びたいと思ってきました。
その思いは、今でも変わっていません。

同時に、神戸市役所には、ある種の閉鎖的雰囲気があることも、少しずつ感じるようになりました。
1980年以前に遡るとも言われる「ヤミ専従」は、そのような雰囲気の中で続けられてきたのではないかと想像します。
閉鎖的空間の中で、外の世界の非常識が「常識」とされ、その「常識」に対して異を唱えることができない雰囲気がつくられてきた可能性があります。

仕事をしているはずの職員がほとんど職場にいないことは、周囲のみなさんはわかっていたはずです。
気づいていながら、おかしいと声を上げられない。
疑問の声すら発することができない。
おかしいことを目の当たりにしながら、見て見ぬふりをしないと生きていけない。
そのような職場に身を置くことは、良心的に生きていこうとしてきた人々にとっては、つらいことであったはずです。

ようやく、理不尽な状況を変えていく道筋がつけられようとしています。
まだまだ、逆方向のベクトルが働いている現状も聞こえてきますが、そのような抵抗を排除して、明るい、自由にモノが言える市役所を、みんなでつくりあげていきたいものです。

「市役所改革」は、私がお約束した政策の中で最も立ち遅れています。
心ある職員のみなさんにしっかりとサポートしていただき、断固たる決意で臨んでいきます。


2018年11月18日
から 久元喜造

麻田雅文『日露近代史』


折しも、安倍総理がプーチン大統領と会談され、二島先行返還論がマスメディアなどで議論されている中、タイムリーな読書体験となりました。
ここのところテレビや新聞によく登場する元外務省欧亜局長、東郷和彦氏の祖父 東郷茂徳 は、太平洋戦争開戦時の外務大臣で、本書にも頻繁に登場します。

サブタイトルに、「戦争と平和の百年」とあるように、幕末における日露の接触に始まり、1950年の東郷茂徳の病没までを描きます。
年代記風の叙述ではなく、それぞれの時代おいて日露、日ソ外交に積極的に関与した政治家に焦点が当てられます。

まず、日露戦争前後までの明治期ですが、主人公は 伊藤博文2018年1月28日のブログ) です。
融和的な対ロシア外交を進め、その背後には明治天皇が控え、皇室外交を通じてロシアとの友好を深めていきました。

日露戦争の後、日露協約が締結され、日露は同盟国になりました。
伊藤の暗殺後、大きな役割を果たしたのは、後藤新平2018年7月1日のブログ)でした。
満鉄総裁として、ロシアとの提携を進めるとともに、1928年1月、モスクワでスターリンと会談したことは、本書で初めて知りました。

満州事変から日ソ中立条約までの時代の中心人物は、松岡洋右です。
この頃からの政府の対応は、読むのが苦痛になるほど一貫性を欠き、松岡をはじめとする要路にあった人々の対応はあまりに無責任でした。
戦局は悪化し、破局を目前にした東郷茂徳などの重臣たちは、ソ連の和平仲介に一縷の望みを託すのですが、その結果は悲劇的でした。

これから未来志向でロシアとの連携協力を進める上でも、過去の日露関係を頭に入れておくことは重要だと感じます。


2018年11月15日
から 久元喜造

スマスイ「『尼崎産魚』をひもとく」展


いま、須磨海浜水族園では、企画展「『尼崎産魚』をひもとく~江戸時代はおさかな天国!?~」が開催されています。
『尼崎産魚』 とは、江戸時代中期に描かれ、尼崎藩領内で見ることができた海産物をカラーで記録した書籍で 、尼崎市教育委員会が所蔵されています。
この書籍と実際の生きものを照らし合わせながら、当時のこのあたりの海にはどのような生きものがいたのかについて紐解いていく企画展です。

きっかけは、だいぶ前に目にして朝日新聞の記事でした。
「尼崎藩古文書の魚の正体は?」の見出しの記事で、『尼崎産魚』の存在と、この古文書の中に登場する魚などが紹介されていました。
厚かましいお願いとは感じつつ、尼崎市の 稲村和美市長 に直接電話をさせていただき、『尼崎産魚』に関する展覧会を、須磨海浜水族園で開催することができないか相談いたしました。
稲村市長から、前向きの答えをいただき、関係者間で協議が進められ、須磨海浜水族園での企画展が開催される運びとなりました。

今回の企画展では、『尼崎産魚』原本とともに、『尼崎産魚』に掲載されている、カンパチ、コンゴウフグ、マヒトデ、タコノマクラなどが展示されています。
江戸時代の人々は海の生きものをどのように捉え、表現したのか?
今日では見られない、あるいは謎の生きものはいたのでしょうか?

神戸市埋蔵文化センターの学芸員とスマスイ飼育員がタッグを組み、生物展示を通して書籍をさまざまな角度で解明していきます。

企画展は、12月2日(日曜)まで、本館1階、波の大水槽前エントランスホール東壁で開催されています。
江戸時代から続く、「おさかな天国」の豊かな恵みを感じていただければ幸いです。