久元 喜造ブログ

2024年2月21日
から 久元喜造

早瀬耕『未必のマクベス』


少し久しぶりに、昨年暮れに読んだ読書の感想を書きます。
600頁を超える大作です。

タイトルにあるように、シェークスピアの戯曲「マクベス」に沿ってストーリーは展開します。
IT企業の敏腕社員である主人公の中井優一、同僚の伴浩輔は、高校の同級生です。
高校の入学式の日、女性教師と交わしたマクベスを巡るやりとりがすべての出発点でした。
このとき、中井と伴の間の机に座っていたのが鍋島冬香。
彼女は、中井が知ることなく二人の会社に入社し、暗号化技術を開発します。
そして、会社上層部から恐喝されて行方をくらまします。
ITや数学に関するやり取りも重要な役割を果たします。
登場人物の意図に関わりなく、マクベスの筋書きが進行していき、衝撃の結末を迎えます。

物語は、中井が伴とともにバンコクから香港に戻る機中から始まります。
管制の都合で澳門に泊まった二人は、カジノを楽しみます。
そして中井は、ホテルで黒髪の娼婦からこう告げられるのです。
「あなたは、王になって、旅に出なくてはならない」。
香港に戻った中井と伴は、底知れぬ陰謀に巻き込まれていきました。

国際ビジネス・サスペンスのジャンルに収まりきらない、多彩な魅力を持った作品です。
香港、澳門、ホーチミン、バンコク、東京、沖縄と、中井の旅は続きます。
それぞれの街の表情、佇まい、香りまでもが季節感を伴って生き生きと描かれます。
伴の好物である雲吞麵、マカオ名物のアフリカンチキン、ポルトガル料理など食の魅力もふんだんに登場します。

ラストシーンは、渋谷のバー。
中井が守りたかった二人の女性が遭遇します。
この小説は、成就することがなかった、切ない初恋の物語だったのかも知れません。


2024年2月12日
から 久元喜造

珠洲市・泉谷市長インタビュー


全国市長会発行「市政」に掲載されていた、珠洲市の泉谷満寿裕市長のインタビューを拝読しました。
昨年(2023年)9月に行われた取材に基づき、取材当時の原文のまま掲載されています。

珠洲市は、昨年の5月5日、「令和5年奥能登地震」に見舞われ、最大震度6強を記録しました。
珠洲市の全世帯数6000弱の半分、3000件近くが何らかの住宅被害を受けたそうです。
3年毎に開催される《奥能登奥能登国際芸術祭》の開催が迫っていました。
コロナの影響で前回1年延期された芸術祭を、地震で大きな被害を受けた中で開催するのかどうか、賛否両論が沸き起こり、泉谷市長はずいぶん悩まれたそうです。
そして「復興の光」としての《奥能登国際芸術祭2023》は、9月23日から11月12日まで、51日間にわたって開催されました。
ご苦労も多かったと拝察しますが、芸術祭の開催は大成功でした。

珠洲市生まれの泉谷市長は、大学を卒業後、大手証券会社勤務を経て、1995年(平成7年)、31歳でUターンし、江戸時代創業の家業(菓子舗)を継承されます。
2006年(平成18年)6月の珠洲市長選挙で当選され、現在5期目です。
インタビューからは、過疎化・高齢化が進む中、創意工夫を凝らした地域活性化の取組みが行われていることがよくわかりました。

今年元日に発生した大地震によって、これまでの努力はまた一から出直しということになります。
泉谷市長の胸中は、察するに余り有ものがあります。
珠洲市の現状と今後の見通しは、珠洲市に派遣され、帰還した職員から報告を受けています。
記事を拝読し、神戸市として息の長い支援を全力で続けていく決意を新たにいたします。


2024年2月4日
から 久元喜造

地震への備え・教訓は生かされたか。


能登半島地震は大震災の様相を呈してきています。
地震発生から1か月以上が経っても被害の全容が不明というのは、異常な事態です。
過疎地で地形などの地理的条件があるのせよ、大地震への備えが十分であったのかどうかが問われていくことになるでしょう。

これまで国を挙げて、南海トラフ巨大地震とこれに伴う津波への対応が進められてきました。
神戸市でも、防潮堤の整備や水門、陸閘の遠隔操作システムの導入を進め、100年に一度、1000年に一度の津波への対策はすでに完了しています。
津波の危険は、広く市民の間に共有されているように感じます。
飲食店などでも、浸水の危険を指摘されることがあります。

南海トラフ巨大地震への対応はもちろん必要ですが、これまでの国の対応を見ると、将来大地震が起きるとすれば、それは南海トラフ巨大地震だというメッセージを与えてきたように感じます。
それは裏を返せば、東京直下型地震は別として、他の地域で大地震が起きる可能性が少ないという印象を与えてきたということではないかと思われます。
能登半島周辺では近年大きな地震が発生してきたにも関わらず、国として十分な対応ができてきたのかどうかについては、今後の検証が待たれます。

想い起こされるのは、半世紀近く前から国が唱導してきた東海地震への対応です。
国は特別の法律までつくり、東海地震への対策を講じてきましたが、実際に起きたのは、阪神・淡路大震災であり、東日本大震災でした。
私は、若い頃から国の東海地震への対応に疑問を感じてきました。(2014年10月4日ブログ
地震はどこで起きてもおかしくないという前提に立って、十分な備えをすることが求められます。

 


2024年1月28日
から 久元喜造

灘校・震災とのたたかい。


灘中学校・灘高等学校の前校長、和田孫博先生のご著書を読みました。
胸に突き刺さるのは、あの震災のときの記録です。
1995年1月17日に朝、大阪市福島区のご自宅は、激しく揺れ、和田先生はすぐにお父上とともにタクシーで灘校に向かいます。
移動は困難を極め、辿り着いたのは、午後2時半でした。
そこから、壮絶な日々が始まりました。
地震発生の夜、灘校の避難者は最大300人余り、体育館の遺体は200体を越えました。
混乱の中で迎えた翌日、警官が来校し、御影のガスタンクからガスが漏れていて、大爆発の危険があるので避難せよと告げます。
「ガスタンクが爆発するかもしれないという騒ぎの際、川辺の途を南の方からリュックを背負い、子供の手を引いて避難する人の列を見て、戦争映画の空襲から逃げ惑うシーンのように思われました」。

震災の混乱の中、大学受験が目前に迫っていました。
灘高の先生方は、余震が続く中、資料を掘り出し、2次試験の調査書の作成に当たったと記されています。

灘校は、被災者への支援拠点にもなり、5日目には、自衛隊の給食が始まりました。
2月に入ると、自衛隊の「お風呂部隊」がやってきました。
北海道の部隊は「ちとせ温泉」、石川の部隊は「かが温泉」の看板をかけて被災者を温めてくれたそうです。
地震後の初めての授業は、2月13日に行われました。
GWは文化祭も開かれ、避難者も参加されて、ともに楽しむ会となりました。
最後の避難者が灘校を退去されたのは、7月19日でした。
当時の灘校の経験が、後輩のみなさんに受け継がれていることは、私も承知しています。
ご著書を拝読し、和田先生や当時の先生方の想いを、改めて深く胸に刻みます。


2024年1月19日
から 久元喜造

神戸ルミナリエが開幕


1月19日、神戸ルミナリエが開幕しました。
1月28日まで10日間、開催されます。
新型コロナの感染期間中は代替行事のみが行われましたので、4年ぶりに本格開催となります。
三井住友銀行神戸本部ビル前広場で点灯式が行われ、黙禱が捧げられた後、小学生のみなさんが「しあわせ運べるように」を合唱しました。
私も一緒に歌いました。
午後6時に鐘が鳴らされ、点灯されると、会場は柔らかな光に包まれました。

私からは、鎮魂のメッセージというルミナリエの原点を考えると、慌ただしい師走ではなく、1月17日に引き続く形での開催が望ましいのではないか、また、回遊性を高める見地から、市内中心部での分散開催を試みる価値があるのではないか、という観点から議論が行われ、今回の開催につながった経緯をお話しました。

今年の会場は、旧居留地や東遊園地のほか、新たにメリケンパークも加わりました。
例年のように、順路を指定せず、自由に歩いて作品を楽しむことができます。
東遊園地の芝生広場南西には、光の壁掛け「スパッリエーラ」を、また、南側園地には光の聖堂「カッサアルモニカ」を設置し、音楽のステージとして生演奏などのプログラムを実施します。
メリケンパーク内には、長さ70mの光の回廊「ガレリア」、入口には玄関作品「フロントーネ」が設置されます。
ガレリアとフロントーネは有料エリアとなり、入場にはチケットの購入が必要です。
ルミナリエに有料のエリアが設けられるのは、初めてです。

来年は、震災から30年の年となります。
今年の開催時期の変更と分散開催は、ある意味で実験です。
今回の開催状況を検証し、今後の継続開催につなげていきたいと考えています。


2024年1月13日
から 久元喜造

能登半島被災地への支援を続けます。


能登半島地震の被災地では、日を追うごとに深刻な実態が明らかになっています。
神戸市は、国などとの調整により、珠洲市の支援を担当しています。
1 月8日より、兵庫県とともに、避難所運営支援を行う職員を派遣しています。
このたび、現地のニーズを踏まえ、新たに避難者の健康管理を行う職員(保健師)を派遣することにしました。
避難所運営支援を行う職員は、交代しながら避難所運営の支援を続けます。
珠洲市では、インフラが大きな被害を受けていますが、被害の調査のための職員も不足しています。
このため、1月12日から、道路・橋梁・法面・トンネル・港湾施設等の被害状況調査及び復旧に向けた事前調査を行うため、建設局の課長をリーダーとする同局、都市局、港湾局の職員4名を派遣しました。

珠洲市以外では、穴水町には水道局が継続的な支援活動を行っています。
給水活動から、水道施設の災害復旧にシフトしています。
甚大な被害を受けた輪島市門前町には、厚生労働省からの要請により、職員5名(保健師3名、その他2名)を派遣しました。
当面、2月中までを予定し、避難所における住民の健康支援、在宅における要支援者の健康管理などの業務に従事します。

神戸市の全体としての被災地支援の状況は、神戸市ホームページ からご覧いただけます。

被災地の住宅被害の割合は高く、仮設住宅の建設にも一定の時間を要すると見込まれるため、各自治体は、被災者への住宅の提供が求められています。
このため、神戸市では、当面50戸程度の市営住宅に入居していただくことができるよう受付を始めました。
入居期間は、原則1年以内とし、家賃は無料とします。
敷金・保証人は、不要です。


2024年1月7日
から 久元喜造

能登半島地震被災地への支援


元日の地震発生からすぐに情報収集を行い、神戸市、また指定都市市長会としての対応について、メールなどで関係者と協議を開始しました。
時間が経過するにつれ、被災地の被害の深刻な状況が明らかになっていきました。
4日の御用始めも、震災対応に追われました。
5日には、恒例の神戸市・兵庫県・神戸商工会議所による合同年始会が開かれ、私からは、内外の支援を受けて発災時の対応を行い、街を蘇らせてきた神戸市として、組織の中に培われてきた知識、経験、ノウハウを最大限に活用し、被災地への支援に全力を挙げる方針を申し述べました。

7日の日曜日、午前10時から予定されていた消防出初式は中止し、同じ時刻に、能登半島地震被災地を支援する会議を開催しました。
会議では、「令和6年能登半島地震 神戸市被災地支援対策本部」を設置し、現時点で判明している情報をもとに、今後の支援方針を決定しました。
国の調整の下、指定都市市長会や関西広域連合の広域支援の枠組みに参加し、兵庫県との県市協調により、神戸市独自の観点を踏まえた支援を行います。
対口支援(カウンターパート支援)先の石川県珠洲市を中心に支援を実施しますが、珠洲市以外の地域においても、現地の支援ニーズに応じて柔軟かつ速やかに対応していきます。
本部の設置は、当面1年間とし、状況の変化に応じて、息の長い、切れ目のない支援を行います。
29年前の阪神・淡路大震災を経験した幹部のみなさんからは、当時を振り返りながら、今後の局面の変化に応じた対応について活発な意見が出されました。
震災対応の経験を有する市役所職員OBのみなさんの参画もいただきながら、神戸市として支援活動を実施します。


2023年12月28日
から 久元喜造

雨宮寛二『世界のDXはどこまで進んでいるか』


「基礎編」「戦略編」「事例編」の三編で構成されています。
「基礎編」では、単純にアナログをデジタルに置き換える「デジタイゼーション」、特定の業務プロセスをデジタル化する「デジタライゼーション」、企業組織全体をデジタル化する「デジタルトランスフォーメーション(DX)」という流れで進化してきた経緯が説明されます。
そして、デジタル化がもたらす効果を最大限に引き出すためには、「開発プロセスの敏捷性を伴うアジャイルなアプローチを組織的に展開できることや、完成度を高めるためにプロトタイプの作成や実験を何度も繰り返すことを歓迎する文化を全社的に醸成すること」などの重要性が指摘されます。

DXを進める上でデータが極めて重要な役割を果たしますが、蓄積されたデータを活用するためには「データ統合」が必要になります。
企業内でテータ統合が進まなければ、収集されたビッグデータはサイロ化されて部分最適に留まることになるため、全体最適に基づく戦略能力の発揮や業務能力の遂行が閉ざされることになるからです。

「戦略編」では、企業がDXを推進して全体最適化を図るための戦略が語られます。
とりわけ、データとロジックに基づく意思決定を進める「データドリブン戦略」、社員のスキルと能力の最適化を図る「ヒューマンスキル戦略」が重要であるように感じました。

「事例編」では、先進的なDXの取組みが紹介されます。
例えば、ウーバーが構築した独自の機械学習プラットフォームの「ミケランジェロ」では、配車アプリを組み込んだサージプライシングなどさまざまなツールが開発されてきており、誰もが簡単に利用できるようにしていることが印象的でした。

 


2023年12月22日
から 久元喜造

日経・神戸の子育てが関西一。


日本経済新聞社と日経BPの情報サイト「日経xwoman」が全国主要自治体の子育て政策について調査した結果が、12月16日に発表されました。
この調査は「自治体の子育て支援制度に関する調査」で、2023年版「共働き子育てしやすい街ランキング」としてまとめられました。
首都圏、中京圏、関西圏の主要市区と全国の政令指定都市、道府県庁所在地、人口20万人以上の都市など180自治体を対象に実施され、157自治体からの回答を基に発表されました。
2015年から毎年実施され、今回で9回目だそうです。
評価項目は44で、今年は、共働き世帯にとって子育てしやすいかの実態を把握するため、認可保育所の待機児童にカウントされない「隠れ待機児童」の数や、自治体の未就学児数の増減などが加わりました。
自治体のダイバーシティ推進の取り組みにも注目し、「自治体の首長部局に勤務する正規職員における女性割合」や「議会における女性議員割合」が評価項目に加えられました。

神戸市は、全国で4位、関西ではトップとなりました。
2位は京都市、3位が堺市、4位が姫路市です。
ランキングに一喜一憂する必要はないのかもしれませんが、我が国を代表する報道機関からこのような調査結果が出されたことを率直に喜んでいます。
記事では、和田岬にオープンした3階建ての大型児童施設「こべっこランド」(写真)が紹介され、市外在住者も無料で遊べること、コワーキング「あすてっぷコワーキング」に無料の一時保育サービスを設け、希望者にキャリア相談などを行っていることも紹介されています。
神戸市は、これからも単なるバラマキに終わることがない子育て支援策を進めていきます。


2023年12月10日
から 久元喜造

『街とその不確かな壁』


村上春樹さんの作品を久しぶりに読みました。
読み始めて思い起こしたのが、チェコの作家、アイヴァスの『もうひとつの街』でした。(2019年11月24日のブログ
いま住んでいる街とは別の街が存在しており、図書館が重要な役割を果たすという点で共通しています。
しかし『もうひとつの街』では、色彩的、幻惑的な世界が繰り広げられるのに対し、『街とその不確かな壁』に登場する「もうひとつの街」は、ひたすらモノクロームの世界です。
煉瓦で高く作られた壁で囲まれた街。
そこには「川柳の茂った美しい中州があり、いくつかの小高い丘があり、単角を持つ獣たちがいたるところにいる」。
「獣たちは雪の積もる長い冬にはその多くが、寒さと飢えのために命を落とすことになる」。
「人々は古い共同住宅に住み、簡素だが不自由のない生活を送っている」。

この街をことを教えてくれとき「僕」が17歳、「君」はひとつ年下でした。
彼女は、その街の図書館に勤めています。
仕事の時間は、夕方の5時頃から夜の10時頃まで。

彼女は、長文の手紙を残して姿を消します。
そして僕の物語が始まります。
上京し、大学に入り、彼女へ手紙を書き続けます。
返事はありません。
僕の人生に大きな転機が訪れるのは、10年以上暮らし続けた東京のアパートを引き払い、Z**町に引っ越してからでした。
この町も、周りを高い山に囲まれた盆地にありました。
図書館に勤め始め、館長と語り合い、イエローサブマリンのパーカーを着た少年が現れ、物語は静かに進行していきます。

650頁を超える大著。
「あとがき」の中で作者は、コロナ禍の中「日々この小説をこつこつと書き続けていた」と記しています。