久元 喜造ブログ

2021年7月10日
から 久元喜造

齊藤広子+浅見泰司編著『タワーマンションは大丈夫か?!』


経済学、都市工学、都市景観など学界のほか、弁護士、不動産鑑定の実務家など15名の専門家による共著です。
最後に座談会が掲載されており、登場される先生方の中の戎正晴先生、齊藤広子先生は、神戸市の「タワーマンションのあり方に関する研究会」に参画していただきました。

タワーマンションについて、さまざまな観点から考察が行われます。
コンパクトシティ実現に寄与するのか、廃墟化の可能性、供給過剰なのか、投資の観点、居住性、コミュニティ形成の観点、子育ち・子育てなど暮らしやすさ、エレベータが止まったときの対応、管理不全の可能性、修繕積立金など管理面の課題、建て替えの可能性などです。
頭からタワーマンションを否定するのではなく、管理組合の運営方法、管理組合以外の管理方式など具体的な提案がなされており、タワーマンションを含むマンションの管理の在り方について参考になります。

同時に、持続可能性についてさまざまな問題があることが改めて浮き彫りになります。
50年、100年後に廃墟化する可能性は否定できず、その大きな理由は維持管理のハードルが高いことです。
高層マンションでは大規模修繕工事にかかる費用が割高になることが説明されます。
修繕積立金が適切に積み立てられず、修繕やリニューアルが適切に行われなければ、住宅としての性能が損なわれ、資産価値が劣化します。
逆に維持管理コスト高から修繕積立金が引き上げられていけば、同様の築年の中高層マンションより中古市場で劣勢になると指摘されます。
購入後10~15年で売り抜けるべきだという指摘もなされており、このことは持続可能性への疑問を端的に示しているように感じました。


2021年6月19日
から 久元喜造

札幌でのクマ被害に衝撃を受けました。

札幌市の市街地にヒグマが現れ、4人が重軽傷を負いました。
学校は休校になり、近くの丘珠空港を発着する便に欠航が出たとも報じられています。
かつて札幌市でお世話になった者として、大きな衝撃を受けました。
驚くのは、ヒグマが生息する南区などの山林から遠く離れた市街地に現れ、市民生活に大きな影響を与えたことです。
ヒグマの行動に大きな変化が出てきていることは確実です。

私は、市長就任前から、有害鳥獣対策に大きな関心を持ってきました。(例えば、2013年8月2日 のブログ)
そして、市長になってからは、この分野に力を入れ、対策を強化してきました。
基本にある問題意識は、人と自然との関係が大きく変化してきたのではないか、そうであれば、よほどの覚悟で臨まなければならないのではないかということです。

クマがなぜ今まで出没しなかった地域にまで現れるようになったのか。
北海道と本州ではクマの種類や地理的特性が違いますから一概には言えませんが、山村や中山間地域で集落が消滅し、果樹などが放置されていることが挙げられます。
兵庫県でもツキノワグマの被害が広がっています。(2020年11月12日 のブログ)
シカ、サルの生息域が拡大し、神戸市内でもシカの繁殖が見られ、神戸市では監視・捕獲体制を強化しています。
その背景には、農山村地域における過疎化、地域の荒廃が進み、その影響が広域に及ぶようになっていることが考えられます。

野生動物の行動は、ときに人間の想像を超えます。
神戸市の北部地域に突如ツキノワグマが現れることも想定しなければならないかもしれません。
そのときにパニックが起こらないよう、専門的知見も得ながら対応を進めます。


2021年6月6日
から 久元喜造

カナダが向き合う過去について

子どものときの出来事とか、学んだこととかは、意外とよく覚えているものです。
読んだ本の中で、印象の残った一節の中には、ずっと記憶に残っているものがあります。

そのような中に、カナダについて書かれたことがありました。
多分、小学校4年生のときに読んだ本でした。
その本の中に、カナダについてこう書かれていたのです。
「まだ、人やものを入れる場所があるような国です」と。
小学生の私には、意味がわからなかったのです。
いったいこのことは何を意味するのだろうと。
このことは、ずっと大人になってからも疑問に思っていました。

最近、カナダで寄宿学校跡地から未成年215人の遺体が発見されたという報道が世界を駆け巡っています。
カナダでは19世紀から20世紀にかけて、キリスト教会が寄宿学校を運営し、先住民の子どもたちを両親など家族から隔離して収容し、同化政策を行っていたと報じられています。

子どものときに読んだ本と、今回の報道との関係については何の確証もありませんが、もしかしたら、私が読んだ児童書の著者は、もごすごく曖昧な表現で、カナダで行われてたいた先住民隔離政策について触れたのかもしれないと感じました。
ただ、「人やものをいれる場所」の意味は不明です。
「人」はともかく「もの」とは何だったのか。

私は、最近の報道に接し、60年近く抱いていた疑問が少し解けたかもしれないと感じ、言い知れぬ感慨を覚えました。
まったく的外れかもしれないし、何の根拠もないのですが、何か胸のつかえがおりたように感じたのです。
カナダの人々が、過去に起きた出来事とこれからどのように向き合おうとするのか、注目していきたいと思います。


2021年5月17日
から 久元喜造

ワクチン大規模接種会場の設置


コロナ禍を最終的に収束させるために期待されているのが、ワクチン接種です。
スピード感をもって進める必要があります。
国は、東京と大阪に大規模な接種会場を設置することとし、きょうからネットでの受付も始まりました。
この会場で接種を受けられるのは、関西では当面、大阪市民だけです。
国を挙げての取り組みですから、大阪での接種はどんどん進んでいくことでしょう。
ほかの大都市との格差は広がります。
そこで指定都市市長会は、ほかの大都市でも国による大規模接種会場を設置していただくよう国にお願いしてきましたが、難しいとの返答でした。

国の大規模接を担うのは、自衛隊のみなさんです。
国を守るという本来の任務に加えて、ワクチン接種という新しい任務を担われることになり、ご苦労は大きいことでしょう。
人員に限界がある以上、東京、大阪以外での対応が無理であることは理解できます。
同時に、大阪近辺の自治体が手をこまねいているわけにはいきません。
そこで神戸市は、大阪の規模には及ばないものの、独自の接種会場を開設することにしました。
歯科医師会の全面的なご協力いただき、ハーバーランドで、大阪での接種開始の翌日、5月25日に接種をスタートすることにしました。
当面は、1日、1000人程度からスタートし、最大、2000人規模の接種体制を構築します。
すでに神戸市では、市内12か所の集団接種会場、約800か所の個別接種会場を用意しており、ハーバーランドでの大規模接種会場の開設により、大幅に接種体制は強化されます。
7月中のシニア世代の接種完了が視野に入りました。
大阪に遅れることがないよう、火の玉となってワクチン接種を進めます。


2021年5月1日
から 久元喜造

一ノ瀬俊也『東條英機』


帯に「定説をくつがえす本格評伝」とあります。
東條英機に関する定説とは、すでに航空戦の時代になっていたのに飛行機を軽視し、非合理な精神論をふりかざして国民を無謀な戦争に引きずり込んでいったといった類のものでしょう。
著者は、本書の冒頭、東條が「航空戦と総力戦を相当に重視し、それを国民に語りかけていた」と記します。
そして「「総力戦」指導者としての東條の実像を、その発言や行動に基づき明らかにしようとします。

前半で描かれるのは、軍事官僚としてのキャリアです。
東條が陸軍大学校に入学したのは、結婚後の1912年(大正元年)のことでした。
ときに大正デモクラシーの時代、反軍的な雰囲気も濃く、東條をはじめとした陸軍若手将校が「民意」を意識しながら権益拡大に悪戦苦労する様子も描かれます。
日本陸軍は、第一次世界大戦開戦から戦後に至るまで、多数の若手将校を欧州に派遣しました。
東條もその一人で、巨大な総力戦の姿を学んだのでした。
東條は陸軍の出世街道を歩みますが、軍事官僚組織の中の派閥・人事抗争はすさまじいものでした。
かつての上司、「皇道派」頭目の真崎甚三郎と対立するなど、たびたび左遷の憂き目に遭いながらもそのたびに復権を遂げ、「統制派」の中心人物の地歩を固めていったのでした。

私にとって興味深かったのは、東條内閣退陣に至る帝国議会の動きです。
法案審議が紛糾する様子などが描かれ、帝国議会が倒閣に一定の役割を果たしたことが分かりました。
終章では戦争犯罪人となった東條の最後の日々が描かれます。
晩年、急速に仏道に帰依した東條は、1948年(昭和23年)12月23日未明、念仏を唱えながら処刑されたのでした。


2021年4月18日
から 久元喜造

コロナ禍。職員には意味のある仕事を。


東京都で感染が広がり、動揺が広がっています。
都職員が繁華街でチラシを配り、不要不急の外出自粛を呼びかける様子が繰り返しテレビで報道されています。
ご苦労は多いと思います。
しかし、たくさんある都内の繁華街の一部で、職員がこのように呼びかけても効果があるのでしょうか。
財源に余裕のある東京都だからこそできることです。

もちろん神戸市も厳しい状況にあります。
きょう、日曜日の新規感染者数は、159件、昨日の土曜日は、200件。
明らかに第4波が襲来し、病床もひっ迫し、保健所をはじめ関係職員は、感染者の入院先を探すために日夜懸命の努力を続けています。
このような危機にあるときこそ、職員のみなさんには、真に必要な仕事に重点的に取り組んでもらいたいと思います。
とくに神戸市は、震災後の財政危機を克服するために、思い切った行財政改革を断行しました。
震災時の職員数は、その後の20年間に約3分の2に削減されました。
これは、全地方公務員の削減率の倍以上に当たります。
国の財政措置が不十分な中で、避けて通ることができない道でした。

限られた人員でコロナと闘っていく上で、職員が街頭でチラシを配り、不要不急の外出自粛を呼びかけることに大きな意味があるとは思えません。
神戸市は、限られた人員を、積極的疫学調査、変異株検査などのよる感染状況の把握、感染者に対する医療提供、そのための病床の確保と通常医療・救急医療の両立、ワクチン接種などの分野に重点的に配置しています。
兵庫県とも適切な役割分担の下、神戸市は市民の命と健康を守るために何をすべきかを考え抜き、そのような分野に職員を重点配置し、一丸となって危機を乗り越えていきます。


2021年4月17日
から 久元喜造

霞ヶ関。有能な若手が辞めていく・・・


霞ヶ関の中央官庁で働く国家公務員に異変が起きています。
若手が次々に辞めているのです。
私が現役であった10年ほど前は、総務省の旧自治省系の職員が辞めることはほとんどありませんでした。
それが、この年度末にはかなりの若手職員、それも将来を嘱望されていた優秀な職員が複数辞め、関係者に衝撃を与えています。
このような傾向はここ2,3年強くなり、名簿を見ても、若い世代のページを開くと、勤務先が空欄になっている人が目立ちます。

若手の退職が相次ぐ現状はもちろん憂慮すべきであり、その原因を明らかにし、若手を含む職員がやりがいをもって職務に精励できるような環境をつくっていく必要があります。
官民問わず、どのような職場であっても、自分がやっている仕事が、人のために、社会のために役立っているという感覚を持つことができるかが大事です。
ところが、もう20年以上前からしばらくの間、政治の側から激しい「公務員バッシング」が行われました。
いつの時代にも、国民の間には「役人」に対する不満があり、一部の政治家がそのような不満に乗じて公務員批判を繰り広げ、拍手喝さいを浴びたのでした。
公務員制度改革担当大臣が「退職する事務次官をオークションにかける」と嬉々としてマスコミに話していたことも思い出します。

長年続けられてきた批判や攻撃のために、公務員が自らの自画像を描きにくくなっているとすれば、かなり根本的に対応を考える必要があります。
法律の条文ミスを責め立てても、職員は委縮して元気をなくすだけです。
ミスが生じないような手立てが必要です。(2021年4月3日のブログ
官僚組織の劣化のツケは、結局は国民に回ります。


2021年4月3日
から 久元喜造

私も条文を間違えました。②


今から振り返れば、法案の内容や分量にもよりますが、限られた職員で膨大な条文作成の作業をノーミスでやりきるのはかなり無理があるように思います。
大きな法案になれば、「タコ部屋」と呼ばれるチームが編成されて省内から若手の精鋭が集められ、それこそ狭い部屋に押し込められて深夜まで、ときには徹夜で作業にあたります。
とはいえ、条文作成に当たるのは、課長補佐と事務官などごく少数の職員です。
通常の法案では、ほかの課室から応援を受けることはほとんどありません。
そして条文ができれば、法制局の審査を受けることになりますが、法制局審査も基本的に参事官と事務官の二人が担当します。
もちろん法案を所管する課長も法案作成作業に関わりますが、課長以上の幹部職員の関与は法案の内容に関する検討が主で、個々の条文については課長補佐以下の職員と法制局審査に委ねるのが一般的です。
課長以上の幹部が関わるのは、「各省協議」と呼ばれる他府省との協議が難航したときに折衝に入るのと国会議員各位との調整です。

今まではこのような態勢とやり方で何とか回っていたのですが、いよいよ限界に来ているのかもしれません。
少人数の職員で完璧な条文を作成するのは、法案の内容が複雑で分量がある場合にはそもそも無理だと思います。
現在は、手続きが終わった後に条文をホームページに掲載していますが、これでは私が経験したように、そこで間違いが指摘されれば万事休すです。
いっそのこと国会提出前に公開し、広く国民にミスがないかチェックしてもらうことにしてはどうでしょうか。
とくに法律の研究者や学生のみなさんに協力を求めるのは、双方にとって意義があるように思います。


2021年4月2日
から 久元喜造

私も条文を間違えました。①


政府提出法案の条文ミス多発が問題になっています。
多くの報道に接しながら、総務省自治行政局長のときの出来事をほろ苦く思い起こしています。

もう10年以上前のことですが、私が責任者として作成した法案が国会に提出されて間もなく、職員が局長室に飛び込んできました。
法案の中にミスが見つかったというのです。
ミス発見のきっかけは、総務省のホームページを見た一般の方からのメールでした。
「改め文」の引用の範囲が間違っていると指摘してくださっていました。
さてどうするのか。
通報してくださった方は善意で注意をしてくれたのでしょうから、無視してやり過ごす選択肢もないわけではありませんでした。
しかし通報があったにもかかわらず対応しなかったことが表沙汰になれば、それこそ取り返しのつかないことになります。
法案の内容に関わるものではない形式的なミスとは言え、誤りは誤りです。
迷いに迷った末、条文訂正の手続きに入ることにしました。

すぐに原口一博総務大臣に報告しました。
厳しく叱責されてもおかしくはなかったのですが、そのようなことはなく、事後処理を迅速に行うよう指示を受けました。
それから官房長官をはじめ官邸の中枢、そして与野党のたくさんの国会議員各位を回り、頭を下げ続けました。
頭ごなしに怒鳴りつけられることはありませんでしたが、与野党対立の中で条文ミスは政府の大きな失態とされ、衆議院総務委員会の審議はストップしました。
何とか条文訂正で済みましたが、一時は更迭されることも覚悟しました。
あのときのことを振り返ると、条文ミスを防ぐためにやるべきことはあるでしょうが、完全になくすことは無理ではないかと感じます。(続く


2021年3月23日
から 久元喜造

齋藤富雄『「防災・危機管理」実践の勘どころ』


神戸の震災のとき、著者は当時の貝原俊民知事の下で知事公室次長・秘書課長をされていました。
冒頭から地震当日の様子が生々しく語られます。
震災後には、初代の兵庫県防災監、そして副知事を務められ、震災と復旧・復興事業の重要な役割を担われました。
それだけに本書は、長年のご経験に基づく実践的な示唆と提言にあふれています。
個人の心構えと組織的対応の重要性が説かれます。

「陰徳陽報」
「最悪の事態を考えて対応する場合には、敢えて徒労を覚悟で事前の構えをする」こと。
無災害の期間が続くと災害への対応が無駄に感じられ、消防団の定数を減らす動きすら出てくることがありますが、著者は直言し、この動きを止められたと言います。
「羊質虎皮」
「実績を失って形式的な訓練は効果が少ない。実質的な訓練が必要である」。
このことは、ときどき感じることがあります。
大災害から遠ざかると、どうしてもこのような傾向が生じがちです。
著者が実際に指揮されたような抜き打ち訓練も有効だと感じます。

そして「王佐之才」
「自己の上司の立場をよく理解して上司の行動を支えることが重要であり、上司を補佐するためには、上司の視点を持ち考えることが有用である」。
そしてこうも記しておられます。
「混乱のなか上司といえども判断を誤った指示を出すことがあるため、そのときには正しいと思うことを素直に直言する」ことが大事だと。

今も、コロナ禍の中で私たちは危機に直面しています。
私も長くたくさんの上司に使える仕事をしてきて、著者のように行動できたか自問自答しながら、いま上司のいない立場になって、著者の言葉をかみしめ、これからの危機と闘っていきたいと念じます。