神戸市長久元 喜造ブログ

2017年11月18日
から 久元喜造

『ひょうたん池物語』の生き物たち

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選挙中も、
「『ひょうたん池物語』、読みましたよ」
と、ときどき声をかけていただきました。とてもうれしかったです。
登場する生き物たちについて質問を受けたり、話題になることも多いので、少し紹介させていただきます。

主な登場生き物は、ドンコ(どん太)、カワバタモロコ(モロコさん)、スズメ(ちゅんこ)、フナ(ふなじい)、カラスヘビ(からきち)、マムシ、イシガメ、ドジョウです。
このほか、ホトトギス、フクロウ、カッコウなどの鳥たち、イモリ、リス、ネズミなどの動物、カブトムシ、クワガタ、タガメなどの昆虫も登場します。

これらの中には、絶滅危惧種になったり、ずいぶん見られなくなった生き物もいます (神戸版レッドデータ2015)
同時に、神戸市内には、今でも豊かな自然環境が息づいています。
神戸市では、さまざまな団体、大学などと連携し、生物多様性を保全するための取組みを進めており (神戸市の生物多様性に関するポータルサイト) 、このような神戸市の取組みは、自治体の中でも進んでいると思います。
たとえば、三菱UFJリサーチ&コンサルティングが行った、全国665自治体の評価では、神戸市は、生物多様性への取組みについて、最も高いランクの評価を受けています (同社のニュースリリース)
10月10日には、「神戸市生物多様性の保全に関する条例」を公布しました。

今後とも、市民のみなさんとともに、残された自然環境の保全と生物多様性の回復に取り組んでいきます。


2017年11月14日
から 久元喜造

高齢者部分休業制度の導入


『定年後』という本が売れているそうです。
まだ読んでいませんが、定年後の人生は長くなっており、どう過ごすかに関心が集まっているからでしょう。
公務員の場合には、在職中の知識・経験を退職後において活用し、社会が抱える課題に取り組んでもらえるようにするという視点が必要ではないでしょうか。

神戸市がこのほど導入した「高齢者部分休業制度」は、いわば漸進的な退職準備で、なだらかに「定年後」の人生に移行できるようにするものです。
55歳に達した職員は、勤務時間の半分を超えない範囲内で休業できるようになります。
休業した時間は、無給となります。
ご自身の体調不良や親の介護などの場合もあるでしょうが、第2の人生を見据えて、これまで以上に地域活動などに積極的に参画してほしいという願いも込められています。

家族や地域社会のありようが変容する中で、地域ではさまざまな課題が噴出しています。
自治会、婦人会、民生委員、消防団、保護司などのほか、さまざまなNPOのみなさんが献身的に活動されています。
地域課題に民間事業として取り組むソーシャルビジネスも少しずつ広がりを見せています。

中高齢職員が「高齢者部分休業制度」を活用して徐々に勤務時間を減らし、勤務時間外の地域活動にシフトしていくことも考えられます。
ソーシャルビジネスの起業やNPO法人の設立、参画など多様な試みを期待したいと思います。
阪神・淡路大震災への対応など困難な仕事に立ち向かってきた豊かな経験を、それぞれのありようで地域社会に活かしていただきたいと願っています。


2017年11月11日
から 久元喜造

池内紀『闘う文豪とナチス・ドイツ』


ジュンク堂で購入したのはだいぶ前ですが、選挙が終わり、ようやく読むことができました。
朝日新聞の「著者に会いたい」で池内さんのインタビューが掲載されていましたし、読売新聞などの書評も読んでいたので、紐解くのが楽しみでした。

20世紀のドイツを代表する作家、トーマス・マン(1875-1955)は、膨大な日記を遺しました。
ドイツ文学者、池内紀さんが、時代背景を交えながら、文豪の日記を読み解いてくれます。

1933年2月10日、トーマス・マンは、地元ミュンヘン大学でナチス・ドイツを痛烈に批判、その後短期間の講演旅行のために出国しますが、ナチスはこのときを待っていたかのように、マンの入国を禁止します。
家族、自宅、草稿などいっさいを残したままの、突然の亡命生活の始まりでした。
日記は、亡命直後の1933年3月15日から、逝去直前の1955年7月29日まで書かれました。

大戦をはさむ激動の時代がどのような道筋をたどったのかを、後世の私たちは知っていますが、それらは時代を過去の出来事としてとらえます。
これに対し、時代を生きた人々のそのときどきの観察は、危機的な時代の空気を臨場感を伴って伝えてくれます。
透徹した知性を備えたノーベル賞作家が同時代人として書き残した記録は、ドイツのことを知り尽くしておられる最良の案内人を得て、時代背景や周辺事情とともに蘇ります。
流浪の文豪の祖国への想い、交友した人々への感情、通史的な歴史書では描かれないナチス・ドイツの支配構造や行状にふれることができ、文豪の苦悩の日々に想いを馳せることができました。


2017年11月8日
から 久元喜造

政治はマーケッティングではない。


朝日新聞(10月28日)朝刊に掲載されていた「高橋源一郎の 歩きながら、考える」を読みました。
作家・高橋源一郎氏が小池百合子東京都知事と「彼女へのまなざしの中に何を見たの」かが記されていました。

高橋源一郎氏は、小池知事のご著書の「ビジネスでも政治でも『マーケッティング目線』が大切です」という部分に着目し、次のような感想を漏らされます。

「マーケッティング目線」を大切にする政治家にとって、有権者は、「消費者」にすぎない。だとするなら、あの車の上から投げかけられることばのシャワーは、テレビのCMから流れてくるものとまったく同じなのである。・・・車の上の人にとって、「下」にいる有権者たちは、ヒットしそうな政策を喜んで受け取ってくれる「消費者」だ。


この文章を読んで、4年前の選挙のことを思い起こしました。
選挙はマーケッティングだ」と公言する候補者がおられることに衝撃を受け、こう記しました。(2013年9月15日のブログ

選挙がマーケッティングという考え方は、ご自身、あるいは、公約や政策という商品を、消費者である有権者に売り込むことを意味するものと思われます。
このような考え方は、長く一貫して地方自治や民主主義を考え、実践してきた私には、到底受け入れられないものです。
有権者である住民は、決して消費者ではありません。住民は自治の主役であり、担い手です。そして、選挙は、主権者である国民、住民との誠実な対話であり、対話を通じて、国民、住民の代表を選ぶという厳粛な営みです。

政治や選挙の対するこの考え方は、今もまったく変わっていません。


2017年11月5日
から 久元喜造

松宮宏『まぼろしのお好み焼きソース』


前に読んだ松宮宏さんの小説『まぼろしのパン屋』(2017年6月8日のブログ)は、東京の郊外が舞台でしたが、今回は、神戸の長田が舞台です。
神戸市立青葉小学校の新任教師、磯野祥子が出勤初日に、商店街にある「間口ソース店」に入り、遅刻したところから、物語は始まります。
お好み焼きとソースがこれでもか、というほどに登場するB級グルメの物語です。

長田では焼きそばをそば焼きと呼ぶ。お好み焼きにそばを載せればモダン焼き、ご飯と切れ切れにしたそば麺を混ぜればそば飯だ。すべて長田が発祥である。

松宮さんは、丹念に長田を取材され、温もりと人情豊かな世界を描き出します。
現実には考えられないような人々も登場しますが、長田の日常が生き生きと描かれているように感じました。
読み進めると、新長田の合同庁舎が登場したのには、驚きました。

震災から20年経つが、長田の復興は道半ばである。ここは政治の出番と、市長は知事と決断し、長田に県と市の税金関係の合同庁舎を作ることを決定した。3年後、新しい庁舎は稼働をはじめ、長田は千人の公務員が通う町になる。昼飯代だけでも、年間3億円の経済効果があるという試算だ。しかし昼飯だけではいけない。

まったくそのとおりです。
新長田駅周辺には、お好み焼き屋さんをはじめ、味のあるお店がたくさんありますから、職員のみなさんには連れ立って夜もうろちょろしてほしいと思います。
個々の職員の事情もあり、無理強いはできませんが、千人の職員が「長田地域おこし応援団」になって、地域のみなさんと会話を交わし、長田の街づくりのお手伝いをしてほしいと願いながら、本書を読み終えました。


2017年11月2日
から 久元喜造

「総合性」について④


半世紀近く前のことになりますが、神戸市立山田中学校を卒業する時、恩師は、次のような色紙を書いて励ましてくださいました。

小石をいくら集めても岩にはならない。細切れの知識をいくら集めても、それらを関連づけ、統御しようとする意思がなければ、何の役にも立たない。

高校のときはあまりこの言葉を思い起こすことはなかったのですが、大学で社会科学を学ぶようになり、折に触れ、恩師が贈ってくださった言葉をかみしめるようになりました。
大学を卒業して、旧自治省に入り、地域が抱えている課題に向き合うとき、諸制度をどのように関連付けて課題の解決に結びつけることができるのか、という発想で仕事をする努力を重ねてきました。
もちろん、官僚組織の一つの歯車に過ぎない立場では、自分ができることには限界がありましたが、それでも、自分が属している組織の立場を超えて何ができるかを模索する日々が続きました。

自分なりに勉強し、思索を重ねました。
先日逝去された中村雄二郎氏の「共通感覚論」は、説得力を持つ考え方だと感じました。
「五感を統合して、世界を総合的にみること」の大切さを教えられたように思います。

振り返れば、自分は、少年時代からずっと「総合性」を追い求めてきたのかもしれません。
そして今、私は、神戸市政のあらゆる力を結集して「総合性を発揮」し、地域の課題の解決に全力で取り組んでいく責務を負っています。
「総合性」の追求とその発揮という価値観は、私の中に根を下ろし、内面化されており、いかに批判されても揺らぐことはありません。


2017年11月1日
から 久元喜造

「総合性」について③


昨日書きました「総合性の発揮」(2017年11月1日のブログ)が具体的に何を意味するのかについて、敷衍したいと思います。

分権改革前の地方自治体の仕事は、機関委任事務が多くを占め、各省庁の大臣の指揮監督を受けていました。
個々の市民の事情、あるいは社会事象が何であれ、それぞれの制度を適用することが優先されていたのです。

これに対し、分権改革後は、個別の制度をどのようにうまく活用して地域の課題を解決するのかが問われるようになりました。
制度の適用が目的ではなくなり、制度は、課題解決のための手段になったのです。

たとえば、神戸市の一部でも、残念ながら地域の荒廃がみられるようになりました。
空家・空き地が増え、危険な老朽家屋、雑草が伸び放題の空き地、擁壁の崩落、階段の破損などが見られるようになりました。
自治会の役員のなり手がいないために、ごみステーションの管理、街灯の電球の取り換えも行き届かず、防犯カメラの設置も進んでいない、という地域が出てきています。
これらの事象は互いに関連しており、その原因は複合的です。
空家・空き地、防災、防犯、廃棄物、街灯など個別法令を所管している組織がバラバラに対応していても、問題を解決することはできません。

起きている社会事象を全体としてとらえ、神戸市が所管している法令をはじめとした手段を有効に組み合わせ、各組織が連携して事に当たる、という姿勢が不可欠です。
これがまさに「総合性の発揮」です。
いかに知恵を出して「総合性」を発揮し、目に見える成果を出していくのかが問われています。


2017年11月1日
から 久元喜造

「総合性」について②


行政の「総合性」について、少し続けたいと思います。

今年度の当初予算を発表したとき、神戸新聞は、 「「総合性」ゆえに迫力不足」 との見出しを立て、解説を掲載されました。

久元市政の特徴に「総合性」を挙げる市幹部は多い。例えば「子育て施策が地域活性化にもつながる」というように、副次な効果を持つ施策を細かく張り巡らせることで、政策効果を狙っている。ただ、総花的である分、インパクトに欠けることは否めない。

「総合性」の発揮は、私が勝手に唱えているわけではありません。
それは、地方自治体の基本的な役割なのです。
地方自治法は、このように規定しています。

「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする」(1条の2)

この規定は、第1次地方分権改革(1999年改正)によって追加された重要な条文です。
以前は、地方自治体は、機関委任事務を担わされ、各省庁から個別の指揮監督を受けていました。
政府の中でこれらの指揮監督が相互に調整されることはなく、地方自治体は個別には合理的であっても、現場の実態からみれば不合理な事務処理を余儀なくされていたのです。

侃々諤々の議論の末、機関委任事務は廃止され、上記の規定が追加されました。
この結果、地方自治体は、各省庁によってバラバラに分断されていた行政を「自主的かつ総合的に」実施することになりました。
総合性の発揮」は、地方自治体の基本的な任務であり、神戸新聞からいかに批判されようと、私はこの任務に忠実でありたいと考えています。


2017年10月31日
から 久元喜造

「総合性」について①


記者会見で、どうしても記者のみなさんと噛み合わないことがあります。
選挙の翌日の記者会見(10月23日の会見)で出されたのは、
「まず最初に取り組もうと思っていることを一つお願いします」
でした。

振り返れば、当初予算の発表のときに必ず訊かれるのが、
「今年の目玉は何ですか?」
です。
また、人口減少がよく話題になる昨今、
「人口減少を食い止めるためには、まず何をやらなければいけないと考えていますか?」
という質問もよく受けます。

私は 、
「ありとあらゆる施策をしっかりとバランスよく進めるということです」
と、答えましたが、質問された記者の方はご不満だったことでしょう。
これでは記事にしようがない、という記者のみなさんのお気持ちはよくわかります。

しかし、誠実に仕事を向き合おうとしている立場から申し上げれば、そのようにしか答えようがない、というのが率直な気持ちです。
人口減少を食い止めるためには、出生数を増やし、他地域への人口流出を減らし、他地域からの人口流入を増やすことが必要ですが、そのために、何か一つのことだけをやればよい、というものではありません。
医療・福祉、環境、教育、交通、芸術・スポーツなどあらゆる分野の政策を効果的に組み合わせてバランスよく実施し、市民生活の水準を引き上げ、魅力のある地域にしていくこと以外に方策はないのです。
行政が、総合性を発揮し、目に見える成果を挙げることが、地道なようで大事なのではないでしょうか。
何か一つ、話題をつくることは、ときには大事かもしれませんが、いっとき話題になっても、情報の洪水の中ですぐに忘れ去られてしまうからです。


2017年10月28日
から 久元喜造

所有者不明土地対策が動き出した。


一昨日の毎日新聞などに、国土交通省の「国土審議会土地政策分科会特別部会」における所有者不明土地問題の検討状況に関する記事が掲載されていました。
また、NHKニュースでも「所有者不明土地問題研究会」の座長を務めておられる増田寛也さんの記者会見の模様も放映されていました。

特別部会では、国土交通省から、所有者不明土地対策として必要な事項を盛り込んだ法案を次期通常国会に提出する方針が説明されました。
具体的には、道路事業などの土地収用制度対象事案で所有者不明土地について土地収用手続きの簡素化を行うこと、所有者不明土地に自治体の利用権を設定して防災空地の整備や直売所の設置などを可能とすることなどです。
また法務省からは、現在、検察官又は利害関係人に限定されている相続財産管理人選任の申立権者に地方自治体を加えることが示されました。

私はかねてよりこの問題に取り組む必要性を強く感じていたことから、増田さんの研究会と上記特別部会に参画するとともに、私が部会長を務める指定都市市長会総務財政部会において「所有者不明土地対策の推進に関する提言」を取りまとめ、国に対して要請を行ってきました。(2017年7月7日のブログ

このように、所有者不明土地問題については、早くから問題意識を持ち、深くかかわってきましたので、解決に向けた対策が動き出したことをとても喜んでいます。
これらの議論に引き続き積極的に参画し、所有者不明土地問題の解決に向けてしっかりと取り組んでいきます。
神戸市としても、制度改正を見据え、空き地・空家問題、所有者不明土地への対応を強化していきます。