久元 喜造ブログ

シフ『静寂から音楽が生まれる』


大好きなピアニスト、アンドラーシュ・シフの対談とエッセイです。
訳は、岡田安樹浩氏。

とても興味深い内容で、一気に読み終えました。
シフは、ブダペストのユダヤ系一家に生まれ、肉親や友人の多くは、ナチス・ドイツによって収容所に送られました。
1953年生まれのシフは、共産主義政権下でレベルの高い音楽教育を受けます。

「偉大な作品はそれを演奏する者よりずっと偉大です」と語るシフの作曲家論は、本書の中心テーマです。
とりわけ、現代のピアノで弾くバッハの作品に対する愛情が言葉の端々からあふれ出、《ゴールドベルク変奏曲》ガイド・ツァーは、この曲を聴く際の良い手引きとなることでしょう。
シフが作品を概念的な解釈ではなく、楽器との関連で語るとき、優れたピアニストとしての経験と洞察が縦横に披露されます。
たとえば、ベートーヴェンは「オープンペダル」の指示を与えているにも関わらず、多くのピアノ教師が「ペダルは和声の変わり目ごとに踏みかえなくてはならない」と教えていることを批判し、「これはベートーヴェンの見解ではない」と言います。
ベートーヴェンは、ピアノ協奏曲第1番、《月光》《テンペスト》《ワルトシュタイン》などでは「風変わりでまったく馴染まない和音同士を一緒に響かせようとした」のだと。
スタインウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタインなどの楽器が作品と関連付けながら語られ、とても興味深い内容を含んでいます。
シフは、楽器すらもひたすら一色に塗り固めようとする音楽の「グローバル化」に抵抗を感じているように感じました。
母国ハンガリーの政治状況に対する怒りも、芸術と政治との関係を考える上で示唆に富みます。