ウンベルト・エーコの傑作『薔薇の名前』は、私の愛読書の1冊で、日経新聞「リーダーの本棚」(平成27年9月20日掲載)でも取り上げました。
ウンベルト・エーコは、今年の2月、逝去し、時を同じくして我が国で刊行されたのが本書です。
舞台は19世紀後半のヨーロッパ。
主人公のシモニーニは、イタリア人で、小説の前半では、トリノなどが登場しますが、後半はパリが舞台です。
物語は、ヒトラーの『わが闘争』にも登場する偽書「シオン賢者の議定書」をめぐって展開されます。
本書を読むと、ヨーロッパの反ユダヤ主義がひじょうに根深いものであったことがよくわかります。
人々の間に存在する反ユダヤの感情を利用して、フランス、プロイセン、ロシアの諜報機関、イエズス会などの宗派、革命家、政治家、文筆家などが暗躍します。
そして、反ユダヤ主義に染まった膨大な著書、刊行物、書簡などが物語にはめ込まれ、次々に虐殺、謀殺、テロが起きます。
パリ・コミューンの凄惨な大量殺人の現場も描かれます。
物語は、シモニーニの手記をもとに展開されますが、彼が意識を失っている間は、イエズス会士のピッコラが手記を書いているようです。
そして、全体の語り手が別におり、手の込んだ進行を見せます。
膨大な数の登場人物ともあいまって、本書が現出する世界は、『薔薇の名前』よりも複雑怪奇でした。
恥ずかしいながら、途中でわけがわからなくなり、100頁ほど前に戻らなければなりませんでした。
19世紀後半のヨーロッパには、中世の僧院とはまったく異なった様相のグロテスクがありました。