久元 喜造ブログ

更生への希望 ― 薬丸岳『神の子 上・下』

上下巻、900ページを超える大作です。
godson

主人公の町田博史には、戸籍がありませんでした。
母親は覚せい剤中毒、父親が誰かもわからず、出生届が出されなかったからです。暴力とネグレクトの中で育ちました。
薬におぼれ、主人公を殴り続ける母親の愛人を刺して逃亡、詐欺グループの室井に拾われます。

しかし、町田には、直感像記憶の才能があり、IQ161というずば抜けた頭脳の持ち主でした。
そして、小澤稔という知的障害のある少年だけが、心を開くことができる存在でした。
町田は、稔の戸籍を盗み、室井から稔の殺害を命じられます。しかし稔が室井の手下を殺してしまい、その罪を被って少年院に入ります。

この後、物語は複雑に展開するのですが、外の世界に心を閉ざした主人公を見守り、更生させようとする人物が登場します。
少年院の法務教官、内藤信一は、社会復帰後の町田の受け入れ先を探し、彼を見守り続けます。
そして、すべてを承知で町田を受け入れたのが、苦境の町工場を経営する女社長、前原悦子でした。

一見、サスペンス風に物語は展開されますが、想像を絶する過酷な環境の中で生きてきた主人公の、更生と再生の物語であるように思えました。

罪を犯した人々の社会復帰が大きな課題となっている今、いろいろ考えさせられることが多かった長編小説でした。
少なくとも、出所した人々の地域社会への受け入れが、国の仕事だ、自治体の役割だと押しつけ合うような醜態は、やめるべきです。

5月22日の朝日新聞夕刊には、大阪における少年サポートセンターの活動が紹介されていました。
「触法少年」の立ち直りのためには、多角的な取り組みが求められることが理解できました。