久元 喜造ブログ

STAP細胞騒動の結末

総務省の頃、自分が担当している仕事について国民への広報・PRが求められることがよくあり、ポスター、チラシ、テレビCMなどを制作する機会も多くありましたが、タレントの活用はしませんでした。

理由のひとつは、守りです。
以前から、政府や大企業が広報・広告に起用したタレントが、その後、年金保険料未納、公然わいせつ、暴行、未成年飲酒・喫煙、著しく不適切な言動、選挙への出馬などで降板したり、CMの中止や印刷物の回収など事後処理に追われるケースが多々あったからです。

また、選挙は、国民の厳粛な審判を仰ぐ機会です。投票率の向上のためには、投票環境の改善や選挙運動に関する制度の改革が不可欠であり、これらをなおざりにしたまま、安易にタレントに頼ることには躊躇を覚えました。

さて、STAP細胞について、結論が出されたようです。
今年の1月の、STAP細胞発見の大々的報道が想い起こされます。
理研による記者会見は、研究内容とともに、小保方さんの個人的な魅力、タレント性を強調する形で行われ、STAP細胞は、小保方晴子さんとともに一躍、脚光を浴びました。理研の広報戦略は、「成功」したのです。

私は、このような報道のありように、終始、違和感を抱いていました。
「過熱した報道」への違和感は、 7月11日のブログ でも書きましたように、記者会見でも率直に申し上げました。
神戸市は、STAP細胞騒動に振り回されることはありませんでしたが、一連の経過を振り返れば、一種のむなしさを覚えます。

生命科学を含め研究分野においては、研究の論理的・実証的真正性が、芸術作品においては、作品の芸術的価値が、選挙においては、政策や社会のありように関する論点が、何よりも重視されるべきです。
これら以外の、雰囲気や話題性といった要素は、しょせん二次的なものです。