久元 喜造ブログ

松宮宏『アンフォゲッタブル』


松宮宏さんの今回の作品も、神戸が舞台です。
主人公は、ずばり、ジャズ。
そしてジャズの名曲たちです。
私は、音楽はどちらかというとクラシックの方が好きで、ジャズは深夜にビル・エバンスなどをときどき聴く程度ですが、改めて神戸が発祥の地であるジャズの世界に分け入っていきたいと思いました。

登場人物は、川崎造船所を退職した元潜水艦のエンジニアをはじめ、みんな何らかの形でジャズに関わっています。
現実の世界で活躍中のジャズミュージシャン、広瀬未来さん、高橋知道さんが実名で登場します。
そして、神戸近郊の中学生・高校生が参加するジャズ・ユース・オーケストラは、ストーリーの中で重要な役割を果たすのです。
市長も、ついでにほんの少しだけ顔を出します。
多くの企業、大学、商店街、行政機関、そして老舗テーラー「柴田音吉洋服店」、楠町の老舗寿司店「鮨いずも」などのお店も、実名で登場します。

ジャズが多くの人々を結び、つなぎ、絆をつくっていきます。
そして、つながりを深めていくのです。
試行錯誤や挫折、行きつ戻りつを重ねながら、登場人物たちは、神戸の街を舞台に互いにつながることによって、未来への力を手にしていきます。
定年退職後、自分で周りに壁をつくり、トラブルも絶えなかった元潜水艦エンジニアは、もう一度好きだったジャズの世界を再発見することによって、若者たちに大きなプレゼントを贈ることになります。
そして、先だった妻への愛情を胸に、人生の終焉を迎えます。
終活のエピソードが関わることによって、物語は一層の深みを増すことになったように感じました。
ラストシーンでは、ビル・エバンスの《ワルツ・フォー・デビー》が奏でられます。