久元 喜造ブログ

小さな揚羽蝶は、新宿の夜空に舞い・・・

新宿のマンションに住んでいたとき、ベランダに、山椒の植木鉢を置いていたことがありました。
知り合いからいただいたのですが、別に、植木に趣味があるわけではありませんので、枯れないように、ときどき、朝、水をやる程度でした。

ある朝、いつものように、山椒の植木に水をやろうとすると、山椒の葉っぱに穴が空いているのです。 茎のところを見ると、小さな、黒い毛虫が何匹かいて、彼らが犯人であろうと思われました。
さっそく、駆除したのですが、しばらく立つと、また、現れるのです。いったい、この黒い、小さな毛虫は、何の幼虫なのだろうと思い、ネットで調べてみると、山椒との取り合わせから見て、どうやら、揚羽蝶の幼虫のようでした。

揚羽蝶の幼虫は初めてでしたので、果たして、この黒い毛虫が、あの美しい揚羽蝶に成長するのだろうかと、好奇心が沸き、何匹かの黒毛虫を、採取して、ビーカーの中に入れ、山椒の葉っぱも入れました。

驚きました。
黒毛虫の食欲の旺盛なこと。とても、ベランダの植木では足りず、家内の京都の知り合いに相談すると、庭に、山椒などいくらでもあるとのことでしたので、大量の山椒を送っていただきました。

ビーカーの中の黒毛虫に、山椒を少しずつ、与えました。いつしか、黒毛虫も大きくなり、気がついたら、綺麗なサナギが出来ていました。
もう山椒をあげなくてもいいし、逃げる心配もないので、ビーカーのふたも取って、ほったらかしにしていました。
そして、ビーカーのことも、サナギもことも忘れていたのかも知れません。

家内が地方のコンサートで出かけていた、ある夜のことでした。
マンションの部屋に帰ってみると、灯りがついていない部屋に、何かが飛んでいるのです。
灯りをつけると、それは、揚羽蝶でした。あのサナギが、成虫になって、マンションの部屋の中を飛んでいたのです。
飛び回っていたのではなく、じっとどこかに留まり、私が近づくと、また、飛んで逃げるという感じでした。

ようやく蝶に近づくことができ、気づきました。ふだん、飛んでいる揚羽蝶より、一回りも、二回りも小さい蝶だったのです。
一生懸命、山椒の葉をあげたつもりでしたが、本来の揚羽蝶が必要とする量に足りなかったのかも知れません。

しばらく揚羽蝶が部屋の中を飛び回るのを見た後、私は、マンションのガラス戸を開けました。
なかなか、うまく外に出られませんでしたが、しばらくすると、小さな揚羽蝶は、自由な世界への窓を見つけたようでした。

小さな揚羽蝶は、一瞬、ベランダを一周し、新宿の夜空に舞い上がっていきました。
新宿の空は、決して暗くはないのですが、すぐに、小さな揚羽蝶の姿は見えなくなり、夜空に消えていきました。
私は、揚羽蝶が飛んでいった方向をいつまでも眺めていました。
十分な食べ物をあげられなかったことを詫び、小さな体でも、そして、決して揚羽蝶にとり住みやすいとは言えない、この新宿の環境の中でも、たくましく生きて行ってほしいと願いながら。