久元 喜造ブログ

松宮宏『まぼろしのパン屋』


神戸ゆかりの作家、松宮宏さんの作品です。
3編の短編小説が収められています。

『まぼろしのパン屋』の主人公、高橋は、勤続33年の電鉄マン。
東京郊外のつきみ野に住み、田園都市線で通っています。
出世コースとはほど遠いサラリーマン人生を歩んでいましたが、「茨城沼」の開発スキャンダルで財務部長が更迭され、その後任に抜擢されます。
そんなある日、電車の中で、見知らぬ高齢の女性から「しあわせパン」と店名が印刷された白い紙袋をもらいます。
不思議なことに、車両には、高橋と女性のほかは誰もおらず、貸し切り状態。
紙袋のパンにかぶりついた高橋は、その旨さに驚愕し、店を探し出し、そこから謎めいた展開が始まります。

『ホルモンと薔薇』の舞台は、元町高架下のホルモン焼きのお店です。
花隈病院の大腸外科医、村岡久雄は、6件の開腹手術をこなし、こうつぶやき、ホルモンに舌鼓を打つのです。
「人間の腸ほど美しく、麗しい景色はない」
カウンターには、先客、神戸中央郵便局営業課長、武藤則夫がいました。
次々に、個性あふれる神戸人が登場し、ひったくり事件も発生して、最後は、千を越える真っ赤な薔薇があふれて、大団円を迎えます。
映画を見ているような、ダイナミックで、それでいて人情あふれる佳品でした。

『こころの帰る場所』は、姫路が舞台、そして今度は姫路おでんが登場します。
「シケた愚連隊(ヤンキー)」の物語です。
紆余曲折を経て、ヤンキーたちは、再生の道を歩み始めます。

もしも居酒屋のカウンターで、ホルモンやおでんをつつきながら本書を読んだら、さらに至福の時間を送れたことでしょう。