久元きぞうのプロフィール

Profile

久元きぞうのプロフィール

久元 喜造  Kizo Hisamoto  神戸市長(第16代)

  • 1954年(昭和29年)2月 神戸市兵庫区生まれ。
  • 神戸市立川池小学校入学、小部小学校卒業、神戸市立山田中学校、灘高等学校を経て、1976年3月 東京大学法学部卒業、4月 旧自治省入省。
    内閣官房内閣審議官、総務省大臣官房審議官(地方行政・地方公務員制度、選挙担当)、同選挙部長、同 自治行政局長などを歴任。
    札幌市財政局長、京都府地方課長、青森県企画課長、石川県財政課など地方自治体でも勤務。
  • 2012年11月1日 神戸市副市長
  • 2013年10月27日 神戸市長選挙において当選
  • 2013年11月20日 第16代神戸市長に就任

○尊敬する人物  島田 叡(しまだ あきら)戦前最後の沖縄県知事

○家族 妻 久元 祐子 (ピアニスト 国立音楽大学教授)

○著書

『持続可能な大都市経営―神戸市の挑戦―』

『持続可能な大都市経営―神戸市の挑戦―』

久元 喜造・増田 寛也氏 共著
ぎょうせい(2017年8月刊行)
定価 1500円
著書の詳細はこちら

hyotan

『ひょうたん池物語』(神戸新聞総合出版センター)

作 久元 喜造/絵 有村 綾
2016年11月刊行。
発売中です。
著書の詳細はこちら

朝日新聞デジタル連載<プロメテウスの罠>より

朝日新聞デジタル連載<プロメテウスの罠>に、総務省の東日本大震災対応の記事が掲載されておりますので、一部引用して紹介させていただきます。

2012年11月27日「避難住民を把握せよ」より引用
■飛び出した町:15

 【神田誠司】昨年3月25日、総務省。

 さいたまスーパーアリーナの報告を聞いた総務大臣の片山善博は、すぐに自治行政局長の久元喜造(ひさもときぞう、58)を呼んだ。
 「避難元の自治体が、どこに住民が避難したかを把握できるシステムを構築できませんか」
 当時、福島県から膨大な数の避難民が県外へと流出していた。3月末時点で避難を受け入れた自治体数は約千にも及んだ。
 「わかりました」
 局に戻った久元は、住民制度課長の山崎重孝(やまさきしげたか、52)と検討を始めた。山崎は住民基本台帳のネットワークシステムに詳しかった。
 局内で連日、関係課による打ち合わせが行われた。
 双葉町など避難元の市町村が、所在不明の住民をいちいち全国の自治体に照会することは不可能だ。ただでさえ混乱し、過労気味の避難元市町村に、これ以上の負担はかけられない。
 全国統一の書式をつくるというのはどうか。その書式に受け入れ自治体が避難者のデータを書き込み、避難元の自治体に打ち返す。それしかないぞ。
 3月末には、その線で「全国避難者情報システム」の骨格がまとまる。
 避難受け入れ市町村は、避難者に氏名、生年月日、性別、避難前の住所、いまの避難状況などの情報を報告してもらう。
 市町村はその情報を全国統一のエクセルファイルに打ち込み、避難先の都道府県に閉鎖系のコンピューター回線で送る。
 情報を受けた都道府県は、それを避難前に住んでいた県、市町村に提供する――。
 このシステムだと、避難元市町村に何も負担がかからない。
 4月第3週から全国でシステムが動き始めた。大量の避難者が一時に発生したとき、住民の所在を確認する道筋がこれで整備された。わが国で初めてのケースだった。
 片山はさらに踏み込んだ。
 5月の連休明け。また自治行政局長の久元を呼んだ。
 片山はそのとき、宮城、福島両県内の被災地でのヒアリングから戻ってきたばかりだった。
 「原発事故で避難した住民を対象に、二重の住民登録制度を考えられませんか」
 片山はなにをいい出したのか、と久元は思った。
朝日新聞デジタル連載<プロメテウスの罠>2012年11月27日より引用

2012年11月28日「総務相を動かした涙」より引用
■飛び出した町:16

 【神田誠司】総務大臣の片山善博に「二重の住民登録」を認めるよう迫ったのは、福島県飯舘(いいたて)村の村長、菅野典雄(かんののりお、66)だった。

 ヒアリングに出向いた片山は、飯舘村役場で訴えられた。
 「飯舘は全村避難しないといけない。避難先で村民が肩身の狭い思いをしないで行政サービスを受けられるよう、住民登録を二つ持てるような制度を認めてほしい」
 菅野の理屈はこうだった。
 ――避難生活が長引けば、避難先に住民票を移す村民が出てくるだろう。それでは飯舘村と切れてしまう。村に住民票を置いたまま、避難先で行政サービスを受け、帰村の日を待つことができる制度をつくってほしい――。
 片山は「飯舘だけの問題じゃない、これは対応しなきゃいかんと思いました」という。現場に寄りそうことが正しいとの確信だった。
 片山には、鳥取県知事時代に一つの経験がある。
 2000年、県西部地震が起きた。民家が倒壊している現場を目のあたりにした片山は、県独自で住宅再建支援金制度の創設に踏み切る。
 国は、個人財産への公費投入に反対してきた。しかしこれがきっかけで07年、被災者生活再建支援法を改正して住宅再建費の支給を盛り込み、鳥取県の後を追った。
 片山の指示に、自治行政局長の久元喜造は答えた。「わかりました。避難先で十分なサービスを受けられる措置を検討します」
 局内の議論は熱を帯びた。「5月中」の期限つきで、時間がなかった。
 肩身の狭さを解消するには、避難先の自治体に行政サービスの提供を義務づけ、避難者にサービスを受ける権利を付与するしかない。国による財源の裏打ちも必要だ。
 他の自治体に行政サービスを委託する場合、ひとつのサービスごとに協議して委託する必要があり、煩雑すぎる。避難先の自治体が提供するサービスを一括して国が告示してはどうか――。
 こうして「原発避難者特例法」が閣議決定され、昨年8月12日に施行された。
 片山は現在、慶応大学の教授になっている。
 「あのとき、菅野村長はボロボロ涙を流していた。それが原動力です。現場主義ですよ。現場で問題が起きていれば解決を考える。それしかありません」
朝日新聞デジタル連載<プロメテウスの罠>2012年11月28日より引用

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