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読売新聞 令和2年1月11日(土)朝刊

阪神大震災25年
災害に強いまち 強化

 阪神大震災から25年となるのを前に、神戸市の久元喜造市長が読売新聞のインタビューに応じた。未曾有の災害に直面した当時の混乱を振り返り、災害に強いまちづくりの継続や記憶の伝承の重要性を強調。最新技術を取り入れた災害対策などに取り組む決意を語った。
(聞き手・安田弘司)

久元・神戸市長に聞く

対策や訓練に最新技術

――――大震災の困難を振り返って。

 当時は神戸の誰もが直下型の大規模地震が起きるとは考えていなかった。国も駿河湾沖を震源とする東海地震の可能性が高いとみて、対策を集中させた。これは大きな誤りだった。
 地震は予知できないし、どこでも起きる可能性がある。それを肝に銘じなければならない。備えがない中での震災は市民にも行政にも想像を絶する困難だった。
 市はこの教訓を生かし、復旧や復興に取り組んだ。国の制度的な支援も十分ではなく、財政再建も並行して街を復興させた。今後も災害に強いまちづくりを続け、震災後に各地であった災害も踏まえ、強化していきたい。

――――災害に強いまちづくりとは。

 特筆されるのは、万一の際に12日間の生活用水を供給できる「大容量送水管」の整備だろう。震災翌年にスタートした事業で20年の歳月をかけ、2015年度に完成した。パイオニア的な事業だった。神戸が初めて導入し、現在はいくつかの自治体に広がっている。
 また震災前から、国の直轄事業を含め地道に続けてきた六甲山の砂防は、18年の西日本豪雨でも効果を発揮し、被害は最小限に抑えられた。高潮対策は、想定される南海トラフ巨大地震の津波と似ている面があり、対応を急ピッチで進めている。「レベル1」といわれる防潮堤などの整備は15年度に完了し、「レベル2」も年度内に完成する予定だ。
 25年前と比べ、はるかにさまざまな災害に対応できる力を、神戸は備えている。ただもちろん、これに安住せず常に進化させていく。
 一方、神戸の役割では、経験をしっかり伝えていくことは当然だが、国内外から多くの支援を受けて復興したことを踏まえ、感謝の気持ちを忘れず、海外も含め被災地の支援に貢献する都市であり続けたい。

――――組織内での教訓や経験の継承は。

 歳月の流れは止められないし、震災を経験した世代が退き、新しい世代に替わることは避けられない。ただ自分の経験していない過去の現実に思いをはせ、想像するのは相当難しい。だからこそ、震災の記憶を継承していく努力は、意識してやらなければならないと感じる。経験した人の思いを、できるだけそのまま伝えられるよう工夫していく必要もあるだろう。
 市役所は約6割が震災を知らない職員になった。一方、退職する幹部職員と話をすると、ほぼ全員が震災の経験を語る。本当にさまざまな思いがある。
 こうした経験、思いを伝えていく努力として、新規採用の職員らを対象に、当時の状況を再現するロールプレイ(役割演技)訓練を実施し、経験した幹部職員やOBに指導を仰いでいる。市独自の取り組みだが緊張感のある訓練になっており、今後も続けていきたい。

――――相次ぐ災害に備え、何を優先すべきか。

 神戸は、戦災と震災の記憶の両方を意識してきた街だ。戦争の空襲では街の7割が焼け野原になった。そこから街をよみがえらせ、また震災で壊滅的な被害を受けた。ただ戦争はかつて起きた悲劇だが、災害はその後も、東日本大震災や西日本豪雨など各地で被害が相次いでいる現実がある。
 だから、いまを生きる世代もそこに関心がある。災害にどう対応し、どう命を守るか、震災を知らない世代にも伝えていかなければいけない。記憶を継承しながら、現実の災害に対してどう立ち向かうかを、セットで考える必要がある。神戸では地区ごとに防災福祉コミュニティを整えているが、地域ぐるみの防災訓練は、そのアプローチの一つだ。
 また昨今、最新テクノロジーを使った災害対策の進化に力を入れている。南海トラフ巨大地震の津波や高潮に備えた防潮鉄扉の遠隔操作、無料通信アプリ「LINE(ライン)」を使った幹部間の情報共有などだ。17日にはラインを活用し、市民参加の訓練も予定している。技術の進化が、災害対策につながっていることを、幅広い世代に実感してもらうことを大切にしたい。

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