対談・インタビュー

interview

月刊神戸っ子2019年4月号(P.30~P.37)

月刊神戸っ子 2019年4月号(P.30~P.37)

今なお神戸に息づく
平生釟三郎の事績

今なお神戸に息づく
平生釟三郎の事績

神戸市長 久元 喜造さん
甲南大学長 長坂 悦敬さん

グローバルな視野を持ち、マルチな分野で活躍した平生釟三郎先生。神戸のまちに息づいている平生先生の精神を、次の世代へといかに引き継いでいくか。事績を辿りながら、久元喜造市長と長坂悦敬学長に語り合っていただいた。


大正・昭和のダイナニズムによって登用された逸材

久元甲南学園が創立100年を迎えられますことをお慶び申し上げます。優れた人材を輩出してこられ、数え切れないほどの卒業生の皆さんが日本全国、また世界で活躍されています。同時に、戦前から現在に至るまでずっと長く神戸に根を張り、神戸経済を支え、発展に貢献いただいたことに改めて感謝の意を表します。

長坂ありがとうございます。甲南学園は100年前、平生釟三郎先生によって創立されました。平生先生は武家に生まれ、維新を経て大変なご苦労をされましたが、「学びたい」という強い思いを持っておられました。奨学金を得て東京外国語学校に入りましたが、国の施策により閉校になり養子縁組をして学費を得ます。
25歳で高等商業学校を卒業し附属学校で教鞭に就きます。役人の時期を経て、27歳で兵庫県立神戸商業学校の校長に就き立て直しを図ります。その後、東京海上保険に入り実業界に身を置くことになります。これらは全て高等商業学校長の推薦によるもので、「この若者は将来日本の役に立つ」と見抜いておられたのでしょうね。

久元20代で校長に就任され、30代では実業界でばりばり活躍されたのですね。この時代の日本にはいろいろ問題がありましたが、一つ言えるのは官民ともにダイナミックな人材登用をしたということです。平生先生はその典型だと思いますね。重要なポストに自分から就くことはできませんから、若手でも、その才能を見抜き、抜擢した方がいるわけです。教育界、実業界、官界、政界など幅広い分野で若い頃から活躍できるチャンスと経験に恵まれ、その能力を発揮できる、このダイナニズムを今の日本の社会は失いかけているのではないでしょうか。36年間、公務の世界だけで生きてきた私などは、アカデミックなこと、民間のことが分からず恥ずかしい思いをしています(笑)。

今に引き継がれる
グローバルな視野を持つ教育

長坂平生先生は二人の奥様を病で亡くされ、3人目の奥様と共に大阪から住吉村に居を移されました。これが神戸との深い縁の始まりです。当時の実業界には小学校を作ろうという動きがあり、有志の方々と共に直接参画されることになります。並大抵のご苦労ではなく、まず莫大な資金が必要です。平生先生は単に教育熱心というだけでなく、実業界に太いパイプを持ち、その人柄が知られていたがゆえに、伊藤忠兵衛さん、安宅弥吉さんの強力なバックアップ、ひいては実業界のバックアップを得ることができたのだと思います。

久元平生先生は、教師から校長に、そして実業界の経験をされ、さらに文部大臣としても活躍され、当時の川崎造船の社長にも就任されました。幅広い分野を経験され、今で言う「グローバルな視野」を持っておられました。それが今の甲南大学の教育のバックボーンとなっていますね。国際都市神戸の有り様にも通じるものがあるでしょうね。偏った視野に閉じこもることなく、広い視野で物事をとらえ、考えて行動する。時代環境は全く違っても、今の社会に求められる教育と通じるものがあります。

長坂平生先生の名言も時代を超えて生きています。「正志く、強く、朗らかに」。この三つを同時に続けられたら豊かな人生を送れると思うのですが、「朗らかに」が難しい。そして「ワン フォーオール オールフォー ワン」。川崎造船の立て直しに際してもこのラグビー精神で臨まれたとお聞きしています。「神戸からこの職場が無くなってしまったら大変なことになる」と危機感を持っておられたようです。

久元当時の川崎造船は日本を代表する巨大なものづくり企業でしたから、もし破綻すると神戸経済が壊滅的な打撃を受けるのみならず、日本経済が非常に大きな影響を受けると分かっておられ、使命感を持って再建にあたられたのだと思います。同時に従業員を大事にされて、社員の健康にも大変気を使いながら仕事をされたとお聞きしています。
また、大正から昭和の初めにかけて困難な時代、当時の陸軍が画策した軍部大臣現役武官制に反対され、また二・二六事件の陰の首謀者といわれた陸軍大将を難詰する手紙を書いておられます。日本が危機的状況に入っていく中、正しい方向を追い求め信念を貫かれたのではないでしょうか。

長坂正にそうです。戦争回避という思いを持っておられましたね。ベースには「みんなでやっていこう」とう相互扶助の考えがあったのだと思います。
明治45年に私費による育英事業「拾芳会」を創設、大正10年には灘購買組合(現コープこうべ)の結成にも貢献し、昭和6年、甲南病院を創設し、誰もが受けられる医療を実現します。10年、ブラジル視察に出かけ移民の施策でも大きな役目を果たし、11年、広田内閣では文部大臣に就いています。

久元その時代の社会が求めるもの、神戸が求めるものを追求されていました。平生先生の事績がしっかりと引き継がれ、市民がいろいろな恩恵を受けているのが、今の神戸だと思います。

ローカルな行動をもとに、グローバルな視野を広げる

久元神戸のまちと同じく、大学も規模の拡大だけを追う時代ではありません。あらゆる面でクオリティーが問われます。レベルの高い教育でグローバル社会でも注目される存在であってほしいと思います。甲南大学から巣立っていく若者たちには神戸に根付いていただくのはもちろん嬉しいのですが、世界に目を向け、広い視野を持って活躍してもらいたいと思います。

長坂全く同感です。甲南大学では一つひとつの分野、つまり鉢植え教育ではなく、全体の土壌で教育しようとしています。そのためには最適なミディアムサイズの大学です。土壌教育の一環として全学部の学生に一回は海外での学びを経験させようとしています。

久元グローバルに活躍する人間が求められているとはいえ、ローカルに行動するところから素地ができてくるものです。近いものをしっかりと見て、それを踏まえて抽象的思考を培える人間がグローバル社会で生きていける、つまり具体性と抽象性の間を自由に行き来できる人間です。近くにあるものを正確に観察し、抽象的な思考力を高め、実践に発揮できる能力がグローバル社会で求められています。

若者に選ばれるまち
神戸のために学生も参画

長坂学園創立100周年を記念して「KONAN INFINITY COMMONS」、通称iCommonsを開設しました。「INFINITY」というコミュニケーションワードは、教職員、学生たちのインターネット投票で決定しました。そこから「結節点」のコンセプトができました。8学部の融合であり、世代間の融合、地域の皆さんとの融合、いろいろな想定ができる結節点、違った経験を持った人たちが来て刺激し合い、出て行ってまた戻ってくる、そんな結節点です。

久元大学が閉ざされた空間ではなく、外に開かれた存在になっていると感じます。ミディアムサイズだからできることでしょうね。TED×KOBEにも素晴らしい環境を提供いただき、地元だけでなくいろいろな地域・分野の方が来られてアイデアを出され、お互いに刺激しあう場となっているようです。

長坂久元市長にも素晴らしい講義をしていただきました。

久元「民主主義とは何か?」。難しいテーマですが、非常に率直に開かれた議論ができました。

長坂若者に選ばれるまちを目指す神戸市とは包括連携協定を結び、神戸にある大学として具体的にメッセージを発信していこうとしています。

久元選ばれるまちの条件は日常性と非日常性です。大学にはカリキュラムのような日常性とわくわくする非日常性の要素があり、甲南大学には間違いなくレベルの高い教育と楽しいことがたくさんあります。

長坂非日常の学びとしての地域プロジェクトに全学生が一回は参加するという教育プログラムを作成中です。大学都市神戸を発信するプロジェクトにも参加させていただいていますし、スイーツめぐりや豚饅サミットへの参画、チャイルドフェスティバルやボランティア活動などにも積極的に取り組んでいます。
地域とつながり、世代間でつながり、神戸とつながり、世界ともつながる。甲南大学が結節点となってパワーを発揮し、神戸の地で神戸と共に発展していきたいと考えています。今後ともよろしくお願いいたします。

久元心強いですね。こちらこそよろしくお願いします。

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