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朝日新聞 平成31年1月16日(水)朝刊

阪神大震災24年
生活の質向上に配慮

久元・神戸市長に聞く

阪神・淡路大震災から17日で24年となるのを前に、久元喜造・神戸市長が朝日新聞のインタビューに応じた。神戸の復興の歩みを踏まえ、まちづくりへの思いなどを語った。

――震災によって神戸のまちづくりで遅れが出たとすればどの部分か

 まず、神戸は間違いなく復興したと思う。行政と市民がいろんな対立点を乗り越えて街をよみがえらせた。震災がなければやれたことがあったのは事実だと思うが、もしも震災がなかったら、と考えるのはあまり意味のないことではないか。市民も行政も突然の震災に全力で対応し、いろんな試練を乗り越えて今ここにある。
 ただ、ひとつの例としては1995年は神戸にとっては震災が全てだった。全く予期せぬ大地震で街が惨憺たる姿となり、復旧復興に全力で取り組んだ。
 同時に我が国全体でみれば、「Windows95」が発売された年であり、インターネットが流行語大賞に入賞した年でもあった。この年から急激にネット社会に入っていくことになるが、残念ながら神戸市はかなりの後れを取ったことは事実だ。

――市長は「新たなステージ」という言葉をよく使っている

 復興が一段落し、大阪湾岸道路の西伸部への延伸や三宮再開発、ウォーターフロント開発などの取り組みが始まってきた。全力でかなりのスピード感をもって進めていかなければならない。
 ただ、人口減少時代を迎えているいま、いたずらに都市の規模を追い求めるのではなく、市民生活や街のクオリティーを高めていくという点には配慮しなければならないだろう。

――借り上げ復興住宅では住民側の敗訴が続く

 大多数の方々には市の要請を理解して転居してもらった。今までのところ市の主張が完全に認められていると思う。これからも丁寧に退去の手続きを進めていきたい。

――各地で災害が相次いでいる。阪神大震災が残した教訓をどう捉えているか

 たくさんあるが、極めて想定外の地震だったということ。市民の感覚としても神戸では地震は起きないという安心感のようなものがあったと思う。近年は想定外の災害が続いたが、その典型的なものが阪神大震災だった。これはその後の災害に対する国民の意識に大きな影響を与えたと思う。

(聞き手・野平悠一)

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