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日経新聞 平成30年11月5日(月)朝刊

時流地流
認知症と「神戸モデル」

◆安倍晋三首相が「70歳までの就業機会を確保する」と表明した。人手不足を緩和し、年金制度改革につなげる目的がある。長く現役でいられることは良いことだろうが、一方で2025年には認知症の人が最大で730万人、高齢者のほぼ5人に1人に増えるという推計もある。「人生100年時代」も楽ではない。

◆認知症の夫と暮らす家族の姿を描いた中島京子さんの小説「長いお別れ」で、外出して夕方になっても帰ってこない夫を、妻と娘が心配する場面が出てくる。全地球測位システム(GPS)機能付きの携帯電話があるので居場所はわかるのだが、夫は何度も電車を乗り換える。そのたびに妻は行き先に思いを巡らし、半ばパニック状態に陥る。

◆警察庁によると、17年に警察に届け出があった認知症の行方不明者は1万5863人と過去最高を更新した。5年前より6割も多い。大半は1週間以内に所在が確認されたが、行方不明中に交通事故などで亡くなった人も470人いる。当人に事故の責任がある場合、事態は深刻になる。

◆認知症対策として神戸市が打ち出した事故救済制度が注目を集めている。まず、認知症診断の助成制度を設け、GPS端末を貸し出し、行方がわからなくなれば警備会社が駆けつける。そのうえで、事故を起こして本人や家族に賠償責任が生じた場合、保険会社が最高で2億円を支給する。保険料は市が全額を負担する。

◆事故や火災に巻き込まれた被害者にも最高3千万円の見舞金を支払う。全国でも例のない「神戸モデル」だ。「認知症は加齢で誰でもなり得るので広く薄く負担してほしい」(久元喜造市長)と年3億円の費用は市民税の均等割を400円引き上げて賄う予定だ。

◆住民税の上乗せは現在、東日本大震災の復興のために実施されている。森林整備で課税する自治体もある。年間400円でも「増税は嫌だ」という人はいるだろうが、安定財源がなければ踏み込んだ政策はできない。これから市議会で審議される神戸モデルはどうなるだろうか。

(谷隆徳)

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