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日経新聞(平成27年9月20日朝刊)「リーダーの本棚」欄に、インタビューが掲載されました

270920 日経新聞「リーダーの本棚」
リーダーの本棚
神戸市長 久元喜造氏

近代が立体的に映る瞬間

ー 明治以降の近代日本に関する本が特に好きだ。

 明治政府は近代国家をつくるためには憲法と国会が必要とみて、周到にプログラムを作って取り組みました。御厨貴さんの『明治国家をつくる』はその制度づくりに関わった人たちの群像と経緯を彼らの書簡などをもとにたどっています。
 そこには、伊藤博文や山形有明のようなリーダーも出てきますが、主人公の一人は井上馨です。そのほか、教科書で「鬼県令」と習った三島通や名前すら知らなかった芳川顕正らたくさんの人物が登場します。整然と制度ができたのではなく、様々な役者が競い合い、懐柔と妥協を繰り返して前に進んだのだと、この本で初めて知りました。
 私は西郷隆盛や高杉晋作、坂本龍馬などにはほとんど関心がありません。あの人たちは暴れた英雄です。その後に、天才ではなく、カリスマ性もないが、近代日本のシステムをつくり上げた人々が好きなのです。
 この本の副題は「地方経営と首都計画」です。国家統治のためには地方制度が必要だったわけですが、それが東京という首都をつくる過程とリンクしていた。今、地方創生といわれていますが、そこでも東京をどうするのかという問題を併せて考えるべきだと思います。
 戦後、現在の憲法と地方自治法ができて民主化されたといわれますが、自治法はゼロから生まれた法律ではありません。明治にできた市制町村制などをベースに作られた。戦前との連続性があるのです。
 余談ですが、昭和天皇が日本の民主主義のルーツを問われて、「五箇条の御誓文にある」とおっしゃったことがあります。その発言を聞いた若い時には違和感があったのですが、今はとても理解できます。

ー 読書をすると歴史が立体的に見えてくる。永井荷風の『断腸亭日乗』もそんな一冊だ。

 20年ほど前に大学の友人に勧められました。日記なので最初は気乗りしなかったのですが、読み始めたらすごく面白い。永井荷風は近代国家の形成とその後の暴走を研ぎ澄まされた感性で冷徹に観察している。その観察眼は政治や軍部はもちろん、ゆがめられた国民の意識にも向けられています。そして東京を歩き回り、街の移り変わりを記録している。
 社会に背を向けて自由に生きたというのが一般的な荷風像なのだけれど、荷風は著しく社会に関心があった。だからこそ、時には共感を、時には怒りを込めて日々の生活を書き留めたのだと思います。御厨さんの本と併せて、時代が3Dのように浮かび上がってきました。
 この本をきっかけに荷風に興味をもち、『濹東綺譚』『つゆのあとさき』『日和下駄』などの作品も読みました。『濹東綺譚』が一番好きですね。小説のなかの雰囲気がいい。
 川本三郎さんの『荷風と東京』は『断腸亭日乗』に登場する場所などを取り上げ、東京がどのように変容したのかを克明に描いている。風俗なども含めた優れた都市論になっています。川本さんはエッセーも面白い。『東京残影』なども読みました。

ー 子供のころから音楽が好きだった。音楽評論もよく読む。

 永井荷風は優れた音楽評論家でもありました。R・シュトラウスとドビュッシーを比較した評論などはかなりのものです。『ふらんす物語』の附録に「西洋音楽最近の傾向」という文章があり、書き出しに「欧米の空の下に彷徨うとき、自分が思想生活の唯一の慰藉となったものは、宗教よりも、文学よりも、美術よりも、むしろ音楽であった」とある。荷風のなかで音楽は極めて重要な位置を占めていたのでしょう。
 音楽を聴いて自分自身の観念ばかりを語っている批評はあまり好きではありません。例えば、小林秀雄の「モオツァルト」がそうです。
 対照的に、アルフレッド・ブレンデルの『楽想のひととき』は演奏家自身の音楽論です.この本のなかに「誤解されているリスト」と題した文章があります。実に奥行きが深く、これを読むとリストの音楽に近づける。もともと、ブレンデルは私の好きなピアニストなのです。家内(ピアニストの久元祐子さん)は嫌いだと言っていますが。
 最近は3、4冊の本を並行して読みます。職場、家、枕元にそれぞれ置いているという感じです。今はピケティの『21世紀の資本』を読んでいます。まだ、半分程度ですね。
(聞き手は編集委員 谷隆徳)

ひさもと・きぞう
1954年生まれ、東大法卒。76年自治省(現在の総務省)入省。自治行政局長などを経て2012年11月に神戸市長副市長。13年11月から現職。

【私の読書遍歴】
《座右の書》
『新版・断腸亭日乗』(永井荷風著、岩波書店)
『明治国家をつくる』(御厨貴著、藤原書店)

《その他愛読書など》
①『ふらんす物語』(永井荷風著、岩波文庫)
②『濹東綺譚』(永井荷風著、岩波文庫)
③『荷風と東京』(川本三郎著、都市出版)
④『楽想のひととき』(アルフレッド・ブレンデル著、岡崎昭子訳、音楽之友社)。ブレンデルの『音楽の中の言葉』も優れた評論だ。
⑤『阿片王』(佐野眞一著、新潮文庫)。阿片の利権を巡る争いを描いた。大陸人脈はつい最近まで政財界などに脈々と受け継がれている。
⑥『蟹工船・党生活者』(小林多喜二著、新潮文庫)。「蟹工船」は登場人物がステレオタイプなように感じられるが、「党生活者」はリアリティーがあって面白い。
⑦『言論統制』(佐藤卓巳著、中公新書)
⑧『薔薇の名前』(上・下、ウンベルト・エーコ著、川島英昭訳、東京創元社)

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