久元 喜造ブログ

湊かなえ『ユートピア』


物語の舞台は、太平洋を望む、人口約7,000人の港町、鼻崎町です。
近隣の大きな市に吸収合併されることなく、町として独立できているのは、日本有数の食品加工会社の国内最大工場があるからでした。
岬に向かう途中には、どの区画からも海を見渡せるように造成された〈岬タウン〉があり、都会から越してきた芸術家などが住んでいます。
古くから町に住み、商店街でお店を営んでいる地元の人たちは、外から移り住んできた人たちの協力を得て、商店街の活性化に取り組みます。
新旧住民が微妙な心理のずれを気にしながらも、地域のためにいっしょになって汗を流す・・・物語は明るい雰囲気で始まるのですが・・・

主要な登場人物は、同じ年代の小学生の女の子を持つ、新旧住民の若い母親です。
帯には、「善意は、悪意より恐ろしい」とありますが、確かに、主要登場人物を含め、物語には悪役は登場しないし、あからさまな「悪意」を示すことはありません。
そして「善意」に基づく行動は、ストーリーの中で重要な役割を演じます。
しかし、むしろ印象的なのは、それぞれの登場人物が相手の気持ちを汲み取ろうとする熱意です。
相手が何を考えているのか、自分の言動に対してどのように感じたのかについて、常に神経を研ぎ澄ましています。
そしてそのような他人の心理への詮索は、ちょっとしたきっかけで疑念を生み、ネット上での書き込みなどを通して不信が芽生え、増幅していきます。

読み終わって何かスカッとするものはないと言ってよいでしょう。
解説では、港かなえさんの特徴の一つとして「いわゆる「イヤミス」と呼ばれる極上の後味の悪さ」が挙げられていましたが、そのとおりだと感じました。