東日本大震災から6年

6年前の2011年3月11日午後2時46分、私は、総務省自治行政局長室にいました。
地方自治法改正に関する地方六団体との交渉が難航し、その打開策を練っていました。
突然、大きな横揺れが始まりました。
局長室を飛び出て、行政課総務室の部屋に入ると、私の秘書を含め複数の職員が、ロッカーが倒れないよう、手で押さえているのです。
私は、部下を怒鳴りつけることはまずないのですが、そのときは、
「何をしてるんだ。すぐに机の下に潜れ!」
と叫びました。

すぐに片山善博総務大臣に呼ばれ、福島県と連絡が取れないので情報収集に全力を挙げるよう指示を受けました。
テレビをつけっぱなしにし、さまざまなルートで情報収集を行いました。
大槌町では、津波で町長が行方不明との情報も入りました。
災害対策の司令塔たるべき自治体が壊滅している可能性がある、未曽有の事態でした。
選挙部長室にも行き、4月に迫っていた統一地方選挙への対応を促しました。

無我夢中の日々が続きました。
福島第一原発周辺の地域をはじめとする福島県への対応がとくに大きな課題でした。
片山善博大臣に随行して、何度か福島県に赴き、当時の佐藤雄平知事や、双葉郡の町村長さんと協議しました。

翌2012年9月、私は総務省を辞し、11月、40年ぶりに神戸に帰ってきました。
神戸では、震災の経験を踏まえた支援が、市民、企業、行政の各レベルで行われていました。
被災地との交流は、幅広い分野で続けられています。
神戸市では、来年度も被災自治体に職員派遣を行うなど、息の長い支援活動を行っていきます。