久元 喜造ブログ

パウゼヴァング『片手の郵便配達人』

haitatsunin
ヨハン・ポルトナーは、17歳。
大きくて体のがっしりした青い眼の少年です。
彼は第2次大戦の終盤、意気揚々と入隊し、前線に送られるのですが、二日目に榴弾によって吹き飛ばされます。
1944年8月、左手を失ったヨハンは故郷のヴォルフェンタンに戻り、郵便局で働き始めます。
この小説は、彼が美しい自然の中に点在する家々に手紙を配達し続ける日々を描きます。

家族を戦地に送り出している人々は、夫や息子、兄弟からの知らせを待ちわびています。
日一日と悪化する戦局の中で、ひたすら愛する人の無事を祈りながら。
しかし、現実に増えていくのは、「黒い手紙」。
近親者の「英雄的な死」を知らせる通知です。
臨月のおなかを抱えて夫を待つ妻にも「黒い通知」が送られてきます。
どのような言葉を添えて彼女に手渡したらよいのかと悩むヨハン。

ヨハンが訪れる人々の中には、熱狂的なヒトラー信奉者がいます。
その一方で、ヨハンの母親は、ヒトラーを「とんでもない男よ!」と罵ります。
『ヒトラーに抵抗した人々』(2016年2月13日のブログ)で描かれた人々の反応を思い起こしました。
小説では、ルール地方から避難している子供たち、ポーランドやウクライナからの強制労働者、戦車止めでロシア軍と戦おうとする「半人前のヒトラーユーゲント」たちなどさまざまな人々が描かれます。
ヨハンはすべての人々に誠実に向き合い、その心を開きます。

1945年5月9日、戦争は終わり、ヨハンは恋人イルメラを探して、新しい生活へと踏み出すはずでした。
しかし彼に訪れるあまりにも理不尽な運命・・・
衝撃の結末に言葉を失いました。
作者は、戦争の非情さをこのようなラストで示したかったのかもしれません。