久元 喜造ブログ

二つの辞令

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沖縄県最後の官選知事、島田叡氏の顕彰碑除幕式に出席したとき(6月26日のブログ )、顕彰期成会会長の嘉数昇明さんから、『島田叡氏顕彰事業記念誌』をいただきましたが、このとき、嘉数会長は記念誌を開かれ、ある新聞記事を見せて下さいました。
それは、昭和20年1月13日の朝日新聞に掲載された島田知事の辞令でした。

記事の見出しは、「内台交流人事」で、台湾総督府の幹部人事に関するものですが、併せて、1月12日付で、香川県知事と沖縄県知事の辞令が掲載されています。
島田知事の前任の沖縄県知事を香川県知事に、そして、大阪府内政部長の島田叡氏を沖縄県知事に任命する人事が閣議決定されたことを報じ、二人の写真が並んで掲載されています。(記事の上段、一番左の写真が島田叡氏)
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『沖縄の島守』によれば、島田知事の前任者は、沖縄県知事在任中、頻繁に東京出張を繰り返し、九度目の出張の時に、香川県知事の内命を受けたとのことです。
そして、1984年に86歳で亡くなるまで、二度と沖縄の土を踏むことはありませんでした。

島田大阪府内政部長の上司、 池田清大阪府知事は、沖縄県知事の人事を打診するとき、「断ってもいいんだぞ」と言ったと伝えられます。
上司にとってもつらい判断であり、多くの官僚が尻込みする雰囲気であったことが窺えます。
前任の沖縄県知事の行動を批判することは簡単ですが、そのような雰囲気の中で、即座に敢然と打診を受諾した島田氏の存在は、当時の内務官僚の中でも際立っていたことがわかります。